日産トップガンが語る GT-Rの真実(3)テストドライバーに必要な素養、それは我慢

ーーおふたりが信頼し合える仲になれたのは、何かきっかけがあったのでしょうか?

加藤:決定的だったのは、1990年からいっしょにレースを戦ったことでしょうね。互いにわがままなのは認めます。ただそれでも「松本のいうことだったら仕方がないな」と思うことはありますね。

松本:フェアレディZを開発していた時は、加藤はシャシー専門の部署にいて、私は商品性実験の担当でした。なので、加藤が仕上げた足まわりを目標どおりにできているかどうかを確認するのが私の役目だったのですが「彼が作るものなら間違いない」と感じていましたね。

ーー逆に、互いの仕事にダメ出しをした経験などはありますか?

松本:まだちょっと煮詰めが足りないな、と感じたことはあったかな(笑)。

加藤:それはもう、乗るたびに、ですよ。100%の自信はなくても、我々にはハンドリングの専門家だというプライドがある。私には私の、そして、松本には松本の見方、評価があるんです。ただ、クルマ全体として見た時の商品性などを的確に指摘してくれるので、彼の意見はとても尊重しますね。

ーーさて、最近のおふたりでの仕事といえば、やはりR35 GT-Rを外すわけにはいきません。GT-Rのようにニュルブルクリンクでのタイムアタックや、300km/hという速度域が目標になってくると、テストドライバーも従来とは異なる緊張感を強いられるのではありませんか?

松本:我々がドライブするのは試作車なので、何が起きても不思議ではありません。そういう意味では、整備をつかさどるメカニックがきちんとクルマを見てくれているかどうかも重要です。整備自体の腕もさることながら、人間性を見て「コイツの組んだクルマなら大丈夫」と納得できない限り、安心して走れません。

加藤:おかしな話に聞こえるかもしれませんが、私はテストコースを走る試作車を信じていません。信じ切ってドライブしていて、万一、何かが起きた時「え! 来ちゃったの?」と思うか、何かが起きることをあらかじめ想定していて「ほら、来た!」と思うか。それによって対処の方法やスピードが大きく異なりますからね。

我々の仕事は、発表前のクルマをテストすること。あくまでテストですから、いつも100点満点のクルマをドライブできるわけではないのです。その日に乗るクルマが50点なのか、60点なのかは分かりませんが、足りないところがあるクルマなら、何か起きた時でも「ほら、来た!」と思えるくらいでなければ、命がいくらあっても足りません。

でも、お客さまに完成した製品をお渡しする時には「え!」なんてことが起こってはいけません。だから我々は、入念なテストを繰り返すのです。

ーー今までに「ほら、来た!」といったトラブルに遭遇されたことはありますか?

松本:万全を期していてもクルマは機械ですし、テストでドライブするのは試作車ですから、もちろんゼロではありません。実際、ニュルでもタイヤを留めるハブボルトが折れ、走行中にタイヤが1本外れて飛んでいった、なんてことがありました。そのほか、エンジンや燃料系などの細かいトラブルは、数え切れないくらい経験していますよ。

そういえば、R35 GT-Rの開発時は、タイヤのバースト試験という前例のないテストを担当しました。これは、サスペンションを“トーアウト”の状態で走らせてタイヤに負荷を掛け、発熱させるというものです。トーアウトはタイヤが発熱しやすくなり、バーストの危険性が高まるため、市販車では絶対に設定してはいけない状態。ですが、実際にその状態で走ってみるとタイヤにどんなことが起きるのか、それを確かめるのも我々テストドライバーの仕事なのです。

加藤:やはりサーキットでのテストは、過酷ですね。実は以前、レーシングドライバーがドライブ中、タイヤがバーストしたことがあったのです。もちろん、タイヤメーカーの技術者は「バイブレーションが出たらスピードを抑えて下さい」と注意していたのですが、レーサーは振動に気づくことなくそのまま走行し、結局、タイヤがバーストしてしまったのです。

そこで、実際にバイブレーションが起きているのかどうか、私自身が確認のためにコースインしてみると、270km/hくらいでかすかな振動を感じたのです。でも、270km/hで走行中の振動なんて、よほど気をつけていなければ分かりませんし、その速度域ではまだ何も起きない。でも何かが違う、きっと何かがあると思い、タイヤを組み替え、もう一度コースへ出ていくと、やはり同様に、微かな振動を感じたのです。

そこで、タイヤメーカーのスタッフにタイヤをチェックしてもらうと、走行中にできたものなのか、トレッド部に5mmほどのキズを発見できたのです。それ以上走っていたら、バーストしていたかもしれません。でも、神経を研ぎ澄ましてドライブしていると「何かが違う」と分かるんですよ。「ほら、来た!」と。

ーー豊富な経験をお持ちのおふたりからご覧になって、今の若いテストドライバーの方々に足りないものってありますか?

加藤:先ほど挙げたトラブルはほんの一例に過ぎませんが、中にはそういった危ない思いをしたことのないドライバーもいます。すると、お客さまに渡しているクルマと同じメンタリティでテスト車両をドライブしがちなんですね。それが当たり前になり、クルマを信じきっていると、いつの日か危ない目に遭うんですよ。心構えがあるのとないのとでは、とっさの時に歴然とした差が生じるんです。

あとは、車種に関しての経験も必要でしょうね。私はコンパクトカーのマーチも、海外向け大型SUVの「パトロール」も担当していますが、そういった経験はすべてムダにはなっていません。いろんなクルマの経験なくしてGT-Rの開発ができるか、というと、恐らく無理でしょうね。

松本:その辺りは、単純にドライビングテクニックだけの問題ではないので、本当に難しいんですよね。

ーー経験豊富なおふたりからご覧になって、テストドライバーに必要な素養とはなんでしょうか? 速く走れる腕でしょうか?

加藤:我慢できること、ですかね。クルマが好きなら好きなほど、我慢が必要です。

松本:耐久試験なんて、本当に我慢の連続です。数カ月で市場換算距離にして数十万km走ったのと同じくらい、走り続けなくてはならない部署もありますからね。

加藤:自動車メーカーですから、もちろん社内にクルマ好きはたくさんいるんですよ。でも、マーチから「キャラバン」、輸出用のパトロールまで、すべてのクルマが好きという人は、むしろ少ない。例えば、「スカイライン」が大好き! という人でも、ある時はずっとキャラバンをドライブしなければならない。「クルマには乗りたいけれど、これには乗りたくない」というワガママは、テストドライバーには許されませんからね。

ーー近い将来“トップガン”であるおふたりがリタイアされた場合、日産自動車のテストドライバーはどうなると思いますか?

加藤:全く心配していません。優秀な人間が必ず出てくるはずです。次の時代に必要とされる人間が絶対に出てきます。

クルマの開発って、独立独歩なんですよ。今の実験部の形態は、我々が日産自動車に入った頃、昭和40年代の終わり頃に出来上がったものです。かつては、自動車工学を指導しておられた大学教授の方が作られた試験機を活用し、テストしていたのですが、それを日産自動車のエンジニアが分解・研究し、どういうデータをどのようにして採れば、クルマの性能を数値で示せる、とシステム化したのです。

同様の研究は、当時、他社でも行われていたと思います。でもかつては、メーカーどうしの交流なんてもちろんなく「ウチはこういうデータを採っています」といった技術交流が本格的に始まったのは、21世紀に入ってから。そうやって、時代は変わっていくものなんです。

もちろん、仕事ですしライバルですから分別はわきまえますが、若いテストドライバーとともに、他社のテストドライバーとニュルで食事に出掛けることもあります。そういう交流の中から、新しい世代を担うテストドライバーが出てくると思うんです。きっと我々が“ああだこうだ”といわない方がいいんですよ。必要な時が来れば“次世代のトップガン”がきっと頭角を現すはずです。(Part.4へ続く)

(文/村田尚之 写真/村田尚之、日産自動車)


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