ーーR35 GT-Rは、2017年モデルから開発責任者が田村宏志氏へ変わられましたが、クルマ作りの方向性などに変化はありましたか?
松本:大きく変わったのは、クルマの性格を明確に、2系統に分けたことでしょうね。「基準車」と「ニスモ」に分けたことで、技術陣も我々も作りやすくなったと思います。GT-Rはベースがしっかりしているクルマなので“コンフォート”路線にも“スポーツ”路線にも、意外と簡単に作り分けられるんですよ。元々の体幹が良ければ、あとはどういった筋肉をどこにつけるかで性格が変わる、という感じですね。
R34の時にも「Mスペック」という、グランツーリズモ性能を意識した仕様がありましたが、2017年モデルの基準車は、それに近いかもしれません。足まわりは基本的に、柔らかくセッティングしています。
ただしGT-Rですから、従来モデルよりも遅くなってはいけませんので、その辺りはキープしています。ニュルのテストでは基準車を試していませんが、国内のサーキットではタイムが落ちることなく、むしろ上手く荷重を使って走れるようになっていると思います。例えば、雨などの悪条件で速く走ろうと思うと、2017年モデルの基準車のしなやかな足の方が、接地感が優れていると思います。従来はピーキーなソーンがありましたが、2017年モデルは懐が深くなったといいますか、そういう部分が少なくなっています。
ーーニスモも乗りやすくなったように感じたのですが、変更点などはあるのでしょうか?
松本:従来と同様、ニスモは速さを前面に押し出しており、サスペンションなどは従来からあまり変えていません。でもあえて挙げるなら、以前のニスモと比べると、フロントウインドウまわりの剛性を高めています。これは基準車も同じなのですが、こうした部分が快適な乗り味にうまくつながっているんだと思います。
加藤:あとニスモには“ボンディング”という接着加工を新たに採用しています。これとフロントウインドウ周囲の剛性アップが効いているんだと思います。
松本:実はニスモの場合、フロントウインドウの接着剤も基準車とは異なるものを使っています。これも剛性アップのためなのですが、接着剤の備蓄と台数の問題があったので、まずはニスモにのみ採用しています。
ただし、同じお接着剤が基準車に合うかというと、実はそうでもないんです。サスペンションの硬さやボディとの微妙なバランスが崩れる。ここが微妙なところであり、我々のこだわりでもあるのです。
ーーところで、2017年モデルのニスモから、加藤さんが再びGT-Rのテストに参加されるようになったのは、何か理由があったのですか?
加藤:そもそもは、ニスモは速さを前面に押し出した仕様なので、レーシングドライバーにも開発に参加してもらおう、というのがきっかけでした。松本でもニュルを7分30秒で走れますが、ニスモのようにR35の速さをフルに引き出そうとした場合、やはりレーシングドライバーを起用した方がいいわけです。でもそうすると、速さに特化したクルマになりかねない。それを止めるのが、今回の私の仕事だったのです。ニュルを知っていて、そして、日産自動車の人間として「ダメなものはダメ」というお目付役ですね。
日産自動車社内のテストドライバーは、厳密に資格が分かれています。私も松本も最上位の“AS”資格を持っていますが、ひとつ下のグレードである“A1”だと「250km/hまでしか出してはいけない」という決まりがある。じゃあ、R35のように「300km/hを超えるクルマの開発はどうするの?」といった場合に、その取りまとめを行うのが私の立場なのです。
ーー実際にレーシングドライバーの方といっしょにテストを行われてみて、新しい発見とかはありましたか?
加藤:ある時、とあるレーシングドライバーが「スピードを優先したニスモは乗りづらいと思うシーンがある」と訴えてきました。その上で彼は「これを基準車として出すなら加藤さんたちの意見が正しい。でも我々はタイムを出すことが仕事なので、乗りづらいけれどスピード優先の仕様でいいと思う」とも付け加えてきました。そんなやり取りが、2017年モデルのニスモの開発では度々ありましたが、そうした開発のやり方は初めてでしたね。
スピードを優先した仕様にするのか、快適性に重きを置くのかは、最終的に開発責任者が判断しますが、そう簡単には答えを出せない。R35はスポーツカーですからスピードは大事ですが、完成された市販車としてお客さまへお届けしなければなりませんからね。ですから、レーシングドライバーがスピードを狙いつつ、松本たちが市販車としての評価もしっかり行うわけです。タイムアタック自体はレーシングドライバーたちに任せますが、速さだけではダメ。取りまとめ役として、日産自動車の人間として、自分でも乗って意見をいわせてもらう。それが今回の私の役目でした。
ちなみに今回、ニスモでのタイムアタックの際には、基準車をニュルには持ち込みませんでした。持ち込んでしまうと、基準車もスピード志向に進んでしまう恐れがありましたし、ニスモの開発にもブレが生じる可能性がありましたからね。タイムが逆転することはないと思いますが、条件によっては基準車でもかなりイイ線までいけたはずです。ボディを見てもパワーを考えても、基準車だから遅くなるという理由はありませんからね。
松本:なので私は、今回は基準車でアウトバーンを走ってばかりいました。R34 GT-Rまでは、アウトバーンは「走れればいい」という感覚でしたが、300km/hを楽に出せるR35では、走りながらしっかりとテストを行うようになりました。雨の日でも欠かさずテストしますし、250km/hで走行中にワイパーのテストも行います。かつては、そんなテスト項目など考えたことはありませんでしたが、300km/hが当たり前になったR35からは、商品性実験も変わりましたね。
ーーGT-Rは本当に、世界レベルのスポーツカーへと成長しましたが、日産自動車ならでは、R35ならではのテスト項目というのはあるのですか?
加藤:やはり、ニュルでのタイムアタックと、300km/hでの巡航テスト、その両方を行うことでしょうね。他の量産車メーカーでは、なかなかやらない項目です。
松本:カタログ上で最高速度315km/hと謳っている以上、本当に出せるのか、そこまで確認しないと世には出せません。我々はコンピュータだけでクルマを作っているわけではありませんからね。
加藤:そう。お客さまに商品としてお渡しする以上、品質には絶対の自信を持たなければならないんです。そうした、絶対的な品質をお届けする、それが、我々テストドライバーの仕事なんだと思います。(完)
(文/村田尚之 写真/村田尚之、ダン・アオキ、日産自動車)
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