現地の"おいしさ”を日本に!『無印良品のカレー』ができるまで

■過酷だけど楽しい海外リサーチ

ーー橋本さんは何年くらいカレーの開発をされているんですか?

橋本さん(以下 橋本) 食品の開発は8年ほどで、以前はお菓子を担当していました。カレーに移ってからは2年ほどです。みなさんご存知の商品では、プラウンマサラの開発や、バターチキンのリニューアルなどを担当してきました。開発担当は企画から社内プレゼン、海外でのリサーチ、試作、パッケージデザイン、販売の際のキャンペーンなど、ひとつの商品ですべての段階に携わります。

ーー素朴な疑問なんですが、無印良品って食品工場があるんですか。

橋本 私たちは工場を持っていません。なので開発は実際に作っていただく食品メーカーさんや、アドバイザーの先生とチームを組んで行います。

ーー「海外でのリサーチ」というのがすごく気になります! やっぱりあの本格的な味は、海外での調査が関係しているんですね。

橋本 海外リサーチは本当に地獄のようなカレーの日々です(笑)。企画やテーマが決まってから、インドやタイ、スリランカやインドネシアなど、カレーを日常食としている国にチームで行きます。もちろん朝昼晩カレー。カレー三昧です。

ーー朝からカレー!何軒も回って食べ歩くん感じでしょうか。なんだかすごくハードそうな…。

橋本 ハードな部分もありますね。やっぱりスパイスと油がすごく強いんですよ。夏は暑くて、みんな胃薬片手にカラダを張ってやっています!

ただ3食カレーではあるんですが、テーマは変わります。

インドなら、ホテルの朝食にもカレーがある…というか、カレーしかない(笑)。ここで現地のおうちカレーに近いものが食べられます。

お昼は何軒かカレー屋さんを回って、ひたすら同じ種類を食べたり。

夜は人気のお店で、いろいろな種類を頼んで傾向を見ます。「高級店だとリッチ系だね」とか「屋台では、こんな工夫で安く作っているんだな」とか。

ーーなるほど!さまざまな角度から縦横無尽にカレーを食べまくるんですね。ちなみに、そういった橋本さんのカレー経験から「インドでおいしい店を選ぶコツ」があったら教えてください。

橋本 高けりゃいいというわけでなく、本当に普通のお店。“インド人に流行っているお店”が、おいしいと思います。「日本人もインド人もおいしさはみんな一緒なんだな」と感じますね。

これはチームの間でも一緒で。「おいしい」と思うカレーはみんな一致します。そこで共感したおいしさが、開発のヒントです。でも完全コピーを目指すわけではなく「あの店のトマト感がすごい」とか「この店のバター感がいい」とか、いい要素を集約して1個の商品を作ります。

ーー無印良品のカレーには、現地のたくさんのお店の良いところのが凝縮されているわけですね。

橋本 いいお店を見つけたら質問してみます。インドはいい人が多くて「そんなに興味があるのか! 厨房見てみるか?」なんて、いろいろ教えてくれて。

よくあるのは、レシピは普通なのに、その土地の素材がそもそもおいしいという場合です。「このトマトは何?」と聞いたら「店の裏で育てたトマトだけど」と。そのトマトを持って帰るわけにはいきませんから、チームで「おいしさ」の印象を持ち帰って、現実的な値段で再現するための技を考えるんです。

 

■カレーは食べれば食べるほど好きになる!

ーーレシピをそのまま真似るのじゃなく、現地での「感動」の部分を再現するスタイルなんですね。そうして、みんなで持って帰った「おいしさ」は、日本ではどのように商品になっていくんですか?

橋本 チームで「あのときのおいしさ」をどうやって出すのか会社を超えて議論をします。そこからメーカーさんに頼んで何回も試作して。商品になるまで半年ほどかかりますね。100回くらい試食したこともあります(笑)。

ーー試食! やっぱりたくさんするんですね。カレー開発チームの試食風景ってどんな感じだろう。興味津々です。

橋本 1回に20皿、30皿のカレーが出てきます。一口ずつ食べてまた戻って、次にご飯と組み合わせてみて全部…と何度も。同じカレーの「トマト○○%バージョン」をいくつも食べたりもします。よく「楽しそうだね」って言われるんですが、とにかく食べるので、なかなかしんどい時も(笑)。

ーー確かに20皿・30皿となると、かなり苦しそう(笑)。そんな繰り返しから生み出される「無印良品のカレーの味」なんですが、かなり攻めているようにも感じます。現地感が強いというか。それでも、私たちが気づかないところで、日本人の口に合わせている部分もあるんですか?

橋本 カレーライスとして食べられることが多いので「ご飯と組み合わせた時に、特徴が活きるように」という意味でアレンジをすることはあります。

基本的に日本人の「口」に合わせることはしません。逆に、日本で食べても本来のおいしさを感じてもらえるように、ということですね。ポイントになるのは『粘性』ですかね。

ーーこれは思ってもみなかった真逆の発想! 私たちの舌に媚びることなく、しかし食のスタイルに寄り添ってくれているんですね。ただ。やっぱり橋本さんも日本人なわけですよね。海外では3食カレー、日本では試食の嵐となると、カレーがツラくなったりはしませんか?

橋本 それが、イヤにならないんですよ。カレーの担当になってから「カレーは食べれば食べるほど好きになるんだ!」と、日々驚いています。プライベートでは仕事を忘れて楽しむためにカレー屋さんに行きますし、カレー部を結成していたこともあります(笑)。

ーーすごい。底知れないカレーの魔力と、橋本さんのカレーへの強いリスペクトを感じますが、そんな橋本さんの考える“無印良品のカレー”の面白さは、どんなところにあるのでしょうか。

橋本 カレーの郷土食としてのストーリー性を大切に開発をするのが、すごく面白いところです。

例えばインド北部なら、山が多く動物がたくさんいて、牛からは牛乳が採れます。ナッツ類も豊富でそれを保存する文化があります。そして比較的寒い。ゆえにチキンやマトンなどのお肉と、生クリームやナッツのペーストを使った濃厚なカレーが多い、というストーリーがあります。

逆にインドの南の方に行くと、海に近くココナッツがたくさん生えています。それでココナッツミルクでコクを出して、魚介を具材にするあっさりしたカレーが多い。

土地土地の暮らしに馴染んだカレーがある、その空気感を伝えたいと思っています。

ーーカレーの物語や現地の風景に想いを馳せながらカレーを食べたら、もっと美味しく感じられそうですね!

橋本 「売れるものを」というより、世界の風土や、伝統、文化を無印良品として発信し、「食の楽しさ」や「初めて食べるおいしさ」に共感してもらいたいと考えています。さらに安心・安全で、やさしいものであるように、現在は化学調味料と合成着色料と香料を使わずに商品開発をしています。

あくまでコストダウンを目指しながら、きちんと美味しいもの、良い素材を、と。原点的で、日々の暮らしにリアルになるものが無印良品らしいと思っています。

【次ページ】食べ方も現地風を提案

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