ONE MAZDA RESTOREプロジェクトの第1弾に選ばれたのは、ロータリーエンジン車の偉大なる源流「コスモスポーツ」。しかし、ベースモデルのコンディションは想像以上に悪く、作業は困難を極めたと、車両開発本部のベテランエンジニア、木下新朗さんは振り返ります。
「レストアして走らせるためには、まずは安全第一。なので、ブレーキ関連の部品はすべて新品に交換するなど、作業は徹底して行いました。でも、ステアリングのギヤボックスなど、組み立てに経験やノウハウが必要な箇所のパーツが壊れていたり、部品の分解や組み立てを行った結果、オイル漏れが生じたりといった苦労をたくさん味わいました」
こうした中、プロジェクトチームが門をたたいたのは、コスモスポーツが生産されていた当時、パーツを開発・製造していた専門メーカーや協力企業。ONE MAZDA RESTOREプロジェクトを提案・牽引した若手社員の阿部瑞穂さんは、その理由をこう語ります。
「基本的に今回のプロジェクトでは、昔の、本来の格好に戻し、昔のままの性能で走らせる、と決めていましたから、現代の技術は盛り込んでいません。手に入らない部品はサプライヤーさんにご協力いただき、改めて作ってもらいました。例えば、シール類やゴム系の部品は劣化しているので新たに作っていただき、メッキ部品は再メッキをお願いしました」
ご存知のとおり、自動車メーカーといえど、クルマの部品すべてを自製しているわけではありません。細かいパーツ類は、専門メーカーや協力企業から調達することが一般的です。現行車種でなくても、10年ほど前に生産されたクルマであれば、ストックされているパーツを入手できますが、何しろコスモスポーツが生産されていたのは、今から50年も前のこと。部品調達でも相応の苦労を経験するのは、想定の範囲内でした。
「中には、我々のレストアプロジェクトと同様に、当時の製造法を振り返るいい機会だといってくださるメーカーさんもいらっしゃいました。また、現在ではサプライヤーさんの経営陣に名を連ねておられる方が『コレは私が設計したものです』とわざわざ名乗り出てこられて、作業に協力いただいたこともありました。サプライヤーさんはどこも本当に協力的で、非常に助かりましたね」(阿部さん)
そうしてレストア作業が軌道に乗ってくると、“マツダのDNA”を探るという本来の目的において、当時の技術者たちのこだわりや苦労を感じられる発見が相次いだそうです。
「例えば、ロータリーエンジンは、圧縮を保つためにローターとハウジングの“シール”が重要な役割を担っています。シールはハウジングと密着させるためにバネで保持しているのですが、ローターとバネとの装着部分にわずかなクリアランスを設け、ここに燃焼圧を掛けることで、密着性をさらに高めていたことが分かったのです。この構造は、コスモスポーツの頃にはすでに完成していて、後の『RX-7』や、現在のところ最後のロータリーエンジン車である『RX-8』にも受け継がれています」(阿部さん)
こうした工夫は、ボディにおいても散見されたといいます。そして、プロジェクトメンバーたちはさらに調査を重ねることで、今のマツダ車にも通じる、ある思想に気づいたのだとか。
「コスモスポーツは後期型へのモデルチェンジに際し、ホイールベースを150mm延長していますが、これって車体をゼロから作り直すのと同じくらい、大変なことなのです。プロジェクトのメンバーも『なぜ、これほど大きな変更を行ったのか?』と不思議に思っていました。コスモスポーツは耐久レースに挑戦していたので、サーキットでの直進安定性を向上させるためではないか、と考え、当時を知るドライバーに尋ねてみたのですが、回答は『直進性の改善が目的だとは思うが、レースとの直接的なつながりまでは分からない』というものでした。
そこで、さらに調べてみると、後期型が誕生した当時は名神高速道路の開通直後であり、デモカーを借りて名神を走ったレンタカー会社から『直進性に改善の余地あり』という意見を頂戴していたことが分かりました。そうした不満の声を解消するために、当時の技術陣はコスモスポーツに大規模な改良を施したようです。つまり、お客さま指向といいますか、ユーザーの視点でしっかり問題を改善しようとした結果が、後期型でのホイールベース延長だったというわけです。
コスモスポーツというと、ロータリーエンジンの印象が非常に強かったのですが、決してそればかりではなく、操縦性や乗り心地などもかなり徹底して追求していたことが分かりました。そして、最新の技術や発想を定期的に投入し、絶えず性能をアップデートしていくという技術陣の姿勢は、まさに現在のマツダ車にも通じるものがありますね」(阿部さん)
「2016年のレストア作業でも、題材となった『R360クーペ』が、当時としてはかなり先端を行くクルマだったことが分かりました。R360クーペの新車当時である1960年頃は、舗装された道路は日本全体のわずか7%ほど。なので、乗り心地がとても重要だったのです。R360クーペは、ゴムの弾性を利用した“トーションラバースプリング”という珍しい形式のサスペンションを採用していますが、これにより、乗り心地と軽量化、さらに、エンジン周辺のスペース確保にも成功しています。また、ステアリング機構にリターンスプリングを用いることで、キビキビと意のままに操っていることを感じられる走行フィーリングを実現しています。そういえば、軽自動車で4サイクルエンジンを採用したのも、当時としては先進的だったんですよ」(木下さん)
こうして、コスモスポーツ、R360クーペのレストア作業は無事に完了。イベント会場などで、新車と変わらない凛々しい姿、力強い走りを披露してくれています。そして今度は、2020年のマツダ創業100周年に向け、3台目のレストア作業がスタートしています。
「2017年度の題材には、ルーチェ ロータリークーペを選びました。イタリアのカロッツェリアであるベルトーネが手掛けた美しいデザインだけでなく、ロータリーエンジンと前輪駆動の組み合わせなど、技術的にも見るべき点が非常に多いクルマです。商業的には決して成功したとはいえないクルマですが、マツダの歴史をしっかりと振り返るならば、マツダが良かった時だけでなく、良くなかった時のこともきちんと触れるべきだと考え、題材に選びました」(阿部さん)
メンバーにとってONE MAZDA RESTOREプロジェクトは、あくまで業務の一環に過ぎません。でも同プロジェクトには、ストイックに自分自身や自社を見つめるための場、という意味合いが含まれているようにも思います。自らの手で先人たちが生み出した傑作に触れ、そして、厳しい気持ちでプロジェクトに臨むからこそ、得られるものは少なくないと阿部さんは胸を張ります。
「このプロジェクトに携わるようになって、何よりも自分の“マツダ愛”が深まりました(笑)。プロジェクトがなければ知ることのなかったマツダの歴史に触れられたばかりか、技術に対する熱意や、お客さまに対する真摯な姿勢といった、当時の設計者たちの思想なども知ることができました。また、そうしたものが連綿と受け継がれているマツダって、本当にすごい会社だと思います。きっとほかのメンバーも、同じ思いだと思いますよ。最近、イベントなどでユーザーの方と直接お話すると、マツダへの期待をひしひしと感じるのですが、今では『それにしっかりと応えなければ!』という思いを強くしています」(阿部さん)(完)
(文/村田尚之 写真/村田尚之、マツダZoom-Zoomブログ)
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