アトモフ株式会社の代表取締役・姜京日(かんきょうひ・35歳)さんは、2014年に日本を代表するゲーム会社・任天堂から独立。アメリカの大手クラウドファンディングサイトであるキックスターターで出資者を募り、世界初のデジタル窓「Atmoph Window(アトモフウインドウ)」を開発しました。この製品は、過去に「&GP」でも2回紹介していますが(その1、その2)、つまり縦型ディスプレイに世界中で撮影された4K映像を流し、室内にいながらにして超美麗映像で外の景観を楽しめるというシロモノなのです。今回は、その姜さんに「アトモフウインドウ」開発までの道のりやコンセプトを聞いてきました。
■独立するまでの経緯
任天堂以前、NHN Japan(現在のLINE株式会社)に4年ほど勤めていたという姜さんはゲーム部門でエンジニアを担当。WebにおけるUIなどの開発に携わっていたそうです。任天堂に転職した理由は?
「ちょうど『LINE』というものが誕生して、僕は人とのつながりであるコミュニティを作っていきたかったのですが、それはLINEが担っていくし、(仕事的には)ゲーム作りに特化していくというスタンスがあったんです。私はゲームづくり自体に興味がありませんでしたので、転職のきっかけになりました。そんな折、任天堂はゲームデバイス、つまり『ハードウェア』があるので、独創的なことができるのではと思いましたね」
そして任天堂に勤めて1年ほど経過したころ。4Kカメラ・ディスプレイ・コンピュータという、「デジタル窓」をつくるために必要な機材が安くなってきたため、独立に踏み切ったそうです。クラウドファンディングで資金調達した理由は何でしょうか。
「製造などいろいろと開発を進めていくと、思ったより費用がかかることが分かりました。さらに、どんな人にニーズがあるのかということも含めて、キックスターターを利用しました。35歳という年齢や、ふたりの子ども、いろいろ考えた上で飛び込むなら今しかないと思いました」
■「窓」ができるまで
「ひとり暮らしをしているときに、なにかモヤモヤすることが多かったんです。何だろうという思いは昔からありました。気が付くと、窓から見えるのがビルしかなくて……。これだ! と思いましたね。それからはPCのデスクトップ画面をビーチに変えてみたりしましたけど、当時はそこまでしかできませんでした。それが10年前くらいでしょうか」
10年越しの構想を練っていた姜さんは、その間、テレビやプロジェクター、iPadなどで試してみたものの、手応えがつかめずにいたそうです。最初はひとりでしたが、任天堂時代に出会った中野恭平さんがデジタル窓のアイデアに賛同。
そしてデザインを担当するのは、なんと姜さんの奥様! 企業デザイナーやデザイン事務所勤務を経て独立したという経歴をお持ちで、夫婦で協力し合いながらの設立となったそうです。
元々住んでいたのは東京ですが、会社の所在地は京都。任天堂が京都にあったことも理由だそうですが、退職後も引越し費用を抑えたり、製造に関する工場が関西圏に多かった、という理由があったそうです。そして、やはり京都の風景に魅了されたと言います。
■「アトモフウインドウ」の持つスペック
映像は全て撮影しており、リアルな風景が楽しめるのがアトモフウインドウの魅力。
「2016年3月には200本ほどの映像を提供予定で、今は80~100本ほどを用意しています。まだ京都の風景はあまり多くないのですが、これから紅葉などのシーズンが来れば、撮影していきたいと思っています」
データの保存容量は32GBで、追加コンテンツのダウンロードも可能。1本500円ほどでネットワーク販売するとのこと。データはクラウド上で管理されており、好きなときに映像を入れ替えることができます。ディスプレイはパソコン用の16:9を縦に使っています。ディスプレイが4Kではないのが驚きでした。
「4Kカメラで撮影して、それをネットワーク配信のためにハイビジョンに変換して提供しています。PC用のディスプレイは、ドットの密度が精細で、テレビでいう4Kのクオリティに劣りません。だから、4K映像をハイビジョンにしてもすごくキレイに見えます」
また、ディスプレイを3つ横につなげて使用する方法もあるらしく、その場合は横専用の映像を配信するということでした。
■誰が撮影し、どんな映像を撮っているのか
「5年位前から趣味で撮影していたもので、本格的に窓の風景の撮影を始めたのは1年前からです。縦で窓用の映像はなかったので、どんな形が違和感なく感じられるのかを考えました。水平位置・構図・角度など『窓っぽいとは何か?』という実験から始まりました。今は日本・ドイツ・アルゼンチンなどにいる5人のカメラマンに撮影を依頼しています」
カメラマンへのオーダーはどんな形でするのだろう。
「富士山周辺なら富士五湖、など土地のイメージで決めています。大体はカメラマンにお任せしていますね。あまり詳細にオーダーすると、絵が全部同じになってしまいますから」
また、「焚き火」といった絶景以外のコンテンツもあります。
「意外と絶景に興味がないという人も多いですね。そういった方は秋葉原の街の風景が流れていればいいなど、さまざまな要望があります。だから普通と違うようなコンテンツの提供も当然考えています」
水族館、流星、宇宙からの視点など、これからどんな「窓」が見られるのでしょうか。楽しみです。
■映像以外の機能
川のせせらぎ、鳥の声、風の音といったサウンドが流れることにもこだわっています。「窓」としての純度を高めることのみを考えており、将来的には「匂い」「風」といった機能も搭載したいと考えているそうです。
「一番実現したいのは風ですね。風が出ればアロマによる匂いも出せますから。ただ、排熱やモーター音などの問題もありますし、今のところは願望ですね」
操作方法はスマホがメイン。ほかにアップルウォッチ上でのコントロールも可能。本体自体にはセンサーが付いており、手をかざすことで画面情報を消したりすることはできるとのこと。
■今後の展開
開発する上で一番苦労したのは、やはりどうすれば「窓」に見えるのかというポイント。
「映像をタイミングよくスムースに再生したり、ネットワークから配信したり。動画がカクカクするのもNGですね。それを操作するスマホも面倒だったら嫌なので、UIなどに気を遣っています」
販売開始は2016年3月を予定。現段階では個人の顧客が多いのですが、中には医療系のクリニックなどからも注文があるそうです。確かに、待ち合い室などに設置されていれば良いヒーリング効果が得られそう。
「初回出荷台数は500台くらいを予定しています。現在400台ほどが確定しているので、おそらく目標には達するでしょう。その後、1000台と増やせればいいですね。今はまだ少ないですけど、今後は5000台、数万台と大きくしていきたい。『市場』といえるほどの規模になるよう頑張っていきたいと思います!」
(取材・文/三宅 隆)
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