ーーあらためて伊藤さんのプロフィールを眺めていると、これまで異業種を渡り歩きながら、その時々でいろいろなものを売って来たんだなと感心してしまいます。ご自身で振り返ってみて、どう思われますか?
伊藤:たしかに、いろいろなものを扱って来ました。ただ、ソニー・ピクチャーズ時代はブルーレイディスクやDVD、アディダス時代はシューズやアパレル、その前のDELLやLenovo時代はPC、日本コカ・コーラ時代が飲料と、たしかにアイテムは変わっていますが、それを必要な人に、ちゃんと届くような仕組み作りをしてきたという意味では、業種が違っても共通すると思っています。ただ、そのやり方が“よそ者”だからこそできたのは間違いないと思います。
ーー現在のハイアールアジアでも「コトン」が好調だし、AQUA「DIGI」によるサブスクリプション(定額制)ビジネスを打ち出していますね。徐々にではありますが、伊藤さんの考えるハイアールアジアがやろうとしていることが、市場に理解され始めている印象を受けます。
また、これまでにないニッチなアイテムとして、スケルトン洗濯機「Clear」や「R2-D2型の冷蔵庫」など、ユニークな製品の全貌も見えてきました。家電業界の“よそ者”として、今後どうやって売っていこうとしているのか教えてください。
伊藤:コモディティ化を避けるために差異化を図ってきたように、ニッチ戦略は重要です。商品展開でも、ニッチこそ“もののあり方”だと思っていて、ニッチは爆発的に売れたら、それが最終的にマスになると確信しています。ニッチというのは、確実にそれを求める層を狙って行けば、一定数の数字が必ず出る。その層が広がったらマスになるだけで。
そもそもマスを狙いに行って、当たるわけがないとうのが僕の持論。それをビジネスの世界では、所属する先々の会社で実践してきたのです。ハイアールアジアでも同じです。競合他社と同じような製品ばかりを作り、これまでと同じように量販店に過剰に依存した形で販売し続けるのではなく、自らの手で利益を生みながら、最終的なユーザーであるお客様に満足して頂けるようなものづくりと販売方法の開発や工夫が必要だと考えています。
ーー社長就任2年めで、その考え方が浸透したのではないですか?
伊藤:いや、まだまだこれからです(笑)。今朝、スケルトン洗濯機「Clear」の開発会議がありました。初期モデルの価格を高く設定し、続く第2世代・第3世代の量産型モデルの価格を一気に下げる戦略を開発担当チームが提案してきました。僕から逆に「初期モデルと量産型は性能が違うのか?」と確認したところ「基本性能は同じです」との回答。初期モデルは「誰よりも早く入手可能で、ほぼ1台1台ハンドメイドに近い仕上げになります……」との回答に、再考するよう依頼しました。
日本の家電量販店や家電メーカー凋落の大きな原因のひとつに「過度にお客様へ提案しすぎた」ことにあるのではないか、と考えています。「過度」というのは、「不要な、欲しくないスペック」のことです。それらを安売りし、半年で半額になってしまうため、価格を再設定するために無理やりモデルチェンジを繰り返すという、“負のスパイラル”を続けているからです。
なぜこんなことを繰り返すのか? 素晴らしい新製品の冷蔵庫を20万円で売り出したのに、あっという間に半額になる。であれば、誰もが「ボーナス商戦まで待てば価格は下がるだろう」と買い控え、本当の価値ある値ごろ感で購入するお客様がいなくなってしまう。弊社を含めた全て、全メーカーの責任です。同じスパイラルを繰り返してしまい、自らの手で自分たちの大切な製品の価値を下げる。これは家電業界だけではなく、これまで渡り歩いてきた業界でも起こっていることなのですが。
ーー家電の価格の落ち方はひどいですよね。半年も経てば“あの値段はなんだったの?”となります。
伊藤:メーカーのそんなエゴとスパイラルに、大切な販売店、特に家電量販店を巻き込んでしまっているのです。販売店間の競争が熾烈であればあるほど、販売店同士のさらなる負のスパイラルが増幅し、勝者なき価格下落と販売不振が慢性化していくことになるのです。
本当の価値に対する値ごろ感を大切にし、不要なモデルチェンジを無理に追い求めない。ひとつ一つのモデルをロングセールスし、お客様がどこで購入しても“損をした気分にならない”ように、安定した価格で、安心して買えるような形にしたいのです。
「ハイアールブランド」の販売方法は、ある意味とても正しいのではないかと考えています。一方で反省として、弊社の「AQUA」はそれが出来ていません。冷蔵庫にしても洗濯機にしても、1年も経たないうちにモデルチェンジしたところで、飛躍的かつ革新的に性能が変わることはないと思います。であれば、リソースやコスト、リードタイムを要する“スペック”や“物性的価値”で競争するのではなく、“情緒的な価値”を強化し、差異化した方が健全です。
カッコいい、欲しいとか、自慢したくなる、美しいとか……。そういった単純ではあるけれど、お客様が純粋に感じて、製品にいくらの対価を払って頂けるかが大切。そして、それをしっかりと欲しがってくれる方に、適正な価格で買って頂きたい、そう思います。
ーーなるほど。
伊藤:メーカーのエンジニアが、「これがあった方がいいだろう」と無理やりかつ半ば強制的に、使われるかどうか分からない機能をてんこ盛りにした製品よりも、本当にユーザーが必要だと思う機能に特化させた製品を作るべきです。特にハイアールアジアは、日本の大手メーカーには規模でも宣伝力でもかないません。ですから、分かりやすい製品開発戦略を立てなければなりません。他社と同じようなものを、同じように作って売ってもダメだと思います。
だからこそ「コトン」であり「Racoon(ラクーン)」を開発したのです。弊社の9割の人間は元三洋電機の社員であり、15年間赤字に苦しみ、一度はなくなってしまった会社です。そんな弊社で、いきなり「最新テクノロジー製品を」と思っても無理です。技術開発に投資を重ね、蓄積したものを一度手放していたり、そのための専門家を新たに採用し続けているわけでもありません。
それでも売り上げを伸ばし、利益を生み出していくにはどうすればいいのか? そこでまず取り組めることは「過去から引き継いできた既存の技術やパテント(特許)の見直し」です。そして、これらの中でも本当に必要な価値以外をそぎ落とし、もう一度本当に必要とされる製品を生み出すしかない。
これは僕からすると、「ニッチ戦略」となるかもしれません。「Racoon」は、人気のあった洗濯機のひとつの機能だけを取り出して製品化したものですし、「コトン」は小さいけど気になる染みや汚れを即効的に洗うことを主眼に置いて開発しました。このような「新しい考え方」へシフトを目指していますが、まだまだです。過去何十年も続いてきた会社で、いきなり新しい考え方へのシフトは難しく、油断するとあっという間にかつての考え方や進め方に戻ってしまいがちです。そうならないよう、会議のたびに毎回、意識して新しい考え方で進められるようにしています。
ーーたしかに、一度身に付いたやり方というのは、変えろと言われても難しいですよ。メーカーに限らず、あらゆる業種でも同じことが言えると思います。
伊藤:他にないものを作ったうえで、さらに売り方を考えないと。2015年1月に新製品「コトン」をメディア向けにアナウンスさせて頂いたのですが、発表翌日に量販店のwebサイトに「10%還元」と掲載されていました。これまで誰も見たことのない世界初の新製品を発表翌日にいきなり値引き情報と併せて掲載する必要性が本当にあるのでしょうか? 世界初ですから、お客様にどのくらい認めて頂いて、どのくらい購入頂けるのかの判断も難しい状況です。
中国本社でも導入に前向きな製品であり、大きく販売が伸びた場合、どの程度の生産・供給が可能か未知数でした。これでは本当に欲しいと思って頂けるお客様にかえってご迷惑をおかけしてしまうことになりかねません。結果的に、いち早く流通各社さまにご説明、ご理解頂くことができまして、弊社ウェブサイトのみで慎重に販売する形でスタートしました。
ーー「コトン」は発売当初、Web限定販売でしたよね。
伊藤:流通各社さまからお叱りを受けました。これまでの弊社であれば、新製品の発売と同時に値引き販売してしまい、数週間〜1カ月もすれば「自分が買った価格は高かったのではないか、もっと安く購入できたのではないか、損をしていないか?」と猜疑心を常に感じさてしまうような販売方法をしていました。なので「なぜ急に」とお感じになられたこともあったかと思います。特に今回は「世界初」の製品なので、どれくらい売れるのか予測が難しく、生産供給の面でご迷惑をおかけするリスクを避けねばなりませんでした。
発売日程のタイミングと価格設定はデリケートであり、流通各社さまのご理解とご協力を頂かなければ次に繋がらないリスクもあります。流通各社さまとは、これまでも工夫を重ね、メーカーとしてお客様のご期待を裏切らないよう努力を重ねてきました。それはソニー・ピクチャーズ時代も同じでした。
ーーどういうことですか?
伊藤:当時の業界の常識として、レンタル盤とセル盤は同時に発売され、同時に棚に並んでいました。これにはかなりの無理がありました。セル盤は3000円、レンタル盤は300円です。本当に観たいと、リリースを楽しみにしていたお客様に価格的に差がある形で提供してしまうと、価格の安い方へ流れてしまいます。
ですから、マイケル・ジャクソンの『THIS IS IT』においては、まず本当に欲しいというお客様を大切にし、レンタルで楽しみたいというお客様との間に価格差と発売時期の時間差をつけることにしました。
ーー同じものを見るのに、単純に1/10の支払いで済みますからね。
伊藤:レンタル盤の収益構造はレンタルチェーンとメーカーで折半です。セル盤の1/20の利益しか残りません。だから、僕はなんと言われようとも先にレンタルしてはいけないと考えました。レンタルチェーン各社さんにはかなりの無理をお願いし、お叱りを頂きました。ですが、本当に期待して、欲しいと思うお客様を裏切る訳にはいきませんでした。
ーーでも、その決断ができたのは、伊藤さんがそれまでのやり方に染まっていない“よそ者”だったかったからじゃないですか?
伊藤:そうかもしれません。社内のレンタルチェーン担当者からは「二度とうちの盤を扱って頂けないかもしれません」と、厳しい報告ばかり上がってきました。
ーー小売店に自分たちの製品が置かれないと売れない、と思うのは当然ですよね、営業サイドからしたら。
伊藤:はい。しかし、お客様にとっての価値を守っていくために必要なことでした。その前の、アディダス・ジャパンで営業統括の副社長をやっていた頃にも、同じような努力をしていました。
ーー量販店と意見の相違があったんですか?
伊藤:取引先は日本を代表する大手量販チェーンさんです。何十店舗と新規出店され、そのたびに、アディダスとナイキを必ず目玉商品にされます。当時はアディダスとナイキがシェアトップで並んでいました。アディダス・ジャパンの利益が前年比20%以上落ちこんだ時に、僕の仕事は早期に回復することでした。分析したら、その量販店にいくら売ってもらっても、利益がほとんど出ていないことが判明したんです。
ーー数を売っても利益がなかったら意味がないですね。
伊藤:販売量の確保と利益の確保のバランスは大変重要であり、どの業界、どのメーカーでも非常に苦労するポイントです。しかし、メーカーがある程度利益を確保しなければ、新製品の開発や新技術への投資、品質や供給の安定化が難しくなります。結果的には流通先でもきちんと利益を出して頂ける販売スキームを組みにくくなってしまいます。
購入側も、自分が購入した価格が適正だったのか、時期を選べば価格が一気に下がるのではないかといった不安やストレスを感じることになります。全くの“負のスパイラル”で、誰も喜ばないマーケットになってしまうのです。
ーー結局、戦略をしっかり立てて、ブレずに粛々と実行することが大事だということが分かりました。あらためて今のハイアールアジアの話に戻したいのですが、伊藤さんがCEOに就任されて2年め。1年で黒字化に成功、つまり、止血は成功しました。でも、伊藤さんはいつも言われていますが、止血が難しいのではなく、その先、つまり2年、3年めに利益を上げていくことで、組織自体に勝ち癖を付けることが重要だと。実際、今のハイアールアジアはどうですか?
伊藤:かなりシンプルに説明すると、ビジネスはふたつの方法しかないのではないか、と考えています。“save or sale”です。究極的な言い方をしますと、「もっと売るか、それとも節約するか」しか、利益を出す方法はないのです。1年めは、製品開発をするのに半年掛かるため、その間に止血をしました。いわゆる節約モードです。
今後はと言いますと、すでに発売している「コトン」や、これから発売する「DIGI」や「Clear」などで、利益を確保するフェーズに入っていけたら、と考えています。これらをどのように育てていくか、そのために必要な話題性の打ち出し方は何で、どう続けていくことが出来るのか。これまでの家電製品とは明らかに異なる製品ばかりですから。
私どもハイアールアジアは大手総合家電メーカーに比べ開発費は1/10くらいですし、社員数も20万人に対し、300〜400名です。広告宣伝費や営業も、ガリバーと蟻ぐらいの差があります。
ーーたしかに規模感で言ったら、大げさではなくそうかもしれません。
伊藤:同じようなものを作って同じように販売しても、競争できません。だからこそ差異化し、戦略を立てて行かねばなりません。ハイアールジャパンセールスのように、グローバル・リソーシングの強みを生かし、日本のメーカーが追随できないような価格帯に集中し、お客様のニーズにきちんと対応する戦略を確実に徹底しているのは、ひとつの好例と言えるでしょう。
繰り返しますが、ガリバーに真っ向勝負を挑んではいけないと考えています。ですから、「コトン」のようなユニークな「イロモノ」が大切なのです。純粋に「シロモノ家電」ではなく、少し視点を変えた「イロモノ家電」でも、お客様に喜んで頂ければいいと考えています。ある記事では「変態家電」と見出しをつけてくれましたが、最高の褒め言葉だと感じました。
ーーイロモノでも、ニッチなものでも、最終的に支持されれば、いつかマスになると。
伊藤:逆に最初からマスを狙いに行くと、結局、平均点を狙いに行くことになってしまいます。日本の大手メーカー各社が商品を開発するプロセスがまさにそうなのではないかと感じているのですが、決定までにあまりにも多くのプロセスがあると、お客様のニーズやもともとの尖ったアイデアを、上層部の人間がどんどん削って行き、丸くなってごく普通の目新しくないものになってしまいがちです。
ですから、その部分を意識的に減らして、15段階あった決定プロセスを4段階にしました。「できるだけ尖ったものを出せ!」と言える環境になったのです。しかし、“長年の経験”が邪魔をして、すぐにユニークなものが出てこない。だから、当面は自分が先頭を切って走り、自分が欲しいと思うものだけを作るようにしています。
ーー発表会のプレゼンテーションでも、社長自ら“欲しいものシリーズ”と言っているのは、他では聞いたことないですよ。
伊藤:僕はワクワクするものを世の中に送り出したい。ワクワク感を持って一緒に取り組めない社員はいりません。特にメーカーの人間には、世の中に対してその責務があると思います。メーカーにとって製品は自分の子どもと同じです。中途半端な気持ちで作って欲しくないんですよね。それを買うお客様にも失礼になりますし、価格の設定もそうだと思います。
もし自分が顧客としてメーカーにがっかりさせられたら、二度のそのメーカーの製品は買わなくなります。特に「AQUA」には高いレベルを要求されますし、ブランドとしての誇りやアイデンティティを築いていきたいと思っています。メーカーが自分のブランドを大切にできないなら、ブランドを語る資格も製品を作る資格もありません。
ーービジネスというのは綿密に戦略を練ったうえで、それをきっちり遂行していくことで初めてヒットが生まれるんだなとつくづく感じました。
伊藤:本当にそう思います。“ヒット”は英語で“叩く”という意味ですよね。叩く=覚醒なんですよ。野球でもそうですよね、叩いてこそ初めて「ヒット」ですよね。フォアボールは「ヒット」とは言いません。叩いてこそ、状況や空気を振動させ、共鳴させて覚醒を起こします。目を覚まさせる瞬間こそが「ヒット」なのだと信じています。
ーーまさに御社発表会でのキーワードじゃないですか? 覚醒というのは。
伊藤:僕はずっと“日本覚醒”って言い続けますよ。日本は今、ものづくり大国と言われながらも、どのメーカーからも世界的なヒット商品を出せていません。日本の市場も閉鎖感に満ちています。トライすることしか、生存の道は残されていない。差異化するとなると、新たなカテゴリーを作るか、あるいは新たなビジネスモデルを考え実行するしかないのです。
ですから、ハイアールアジアは家電というこれまでの売り切り型のビジネスから、サブスクリプション(定額制)型のビジネスを試みて行きます。なぜならば、そうしないと生き残っていけないからです。もちろん、これが成功するかわかりませんが、もしこれでダメなら、日本の家電メーカーすべてに未来は残されていないと思います。本当の意味で、シロモノ家電業界というのは、今がまさに分岐点だと思っています。
だから挑戦しなければならないのです。おそらく他社から見たら、僕のやり方は間違っているように見えるのかもしれません。しかし、これまでのやり方が当たり前で正しいと信じてやってきた結果が、今の現実です。「業界の方々」にご意見を伺いたいです、“今までのやり方で生き残っていけるのでしょうか”と。私どもハイアールアジアは現状での生き残りは難しいと考えています。だから、ひと足先に次のフェーズへ進みます。
【End】
(取材・文/滝田勝紀)
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