使い方は簡単。植物の近くにサスティーをΩマークより深く土に差し込み、たっぷり水をあげます。30分前後で芯材が白から青に変わるとセッティング完了。
土が乾燥すると色が青から白に戻り、そうすると水やり時というシグナルになるわけです。
この商品を開発・販売しているのは株式会社キャビノチェの代表取締役社長・折原龍さん。某航空会社のパイロットを4年半勤めた後に独立したという異色の経歴を持つ実業家です。
一体なぜ大空を飛ぶ仕事から、ガーデニング関係の商品を手掛けるようになったのか、その魅力と制作秘話に迫ります。
――会社の設立はいつですか?
折原:創業は2013年の7月29日で、会社を建てるときに、現在のオフィスに移動しました。最初はまだ実物がなくて、サンプルという形で自作の水量計を作っていました。
会社を起こす3カ月前に東京造形大学の准教授でデザイナーの中林鉄太郎さんと出会ったことが大きかったです。中林さんは黒川雅之さんの事務所でプロダクトデザインをされていまして、ペンやフラワーベースのデザインを手掛けていました。
すぐにプロトタイプの制作をお願いし、そこから工場を探し始めて会社を設立したという流れです。
――プログラミングなど、デジタルで「ものづくり」をされる方が多い中、アナログな商品の開発をするようになったきっかけは?
折原:中学のころからプロダクトデザインに興味はあったのですが、なかなか周囲の賛同を得られず、すごく悩みまして……。その頃、一度倒れたことがあったんです。そのときに病院に運ばれて、お医者さんから「まだ将来のことで悩むのは早いから、違うことをしなさい」と言われました。
そのころ、ハーブに興味があったので自宅の庭で育ててみようと思ったのがきっかけです。今も趣味として植物を育てていますけど、とりわけハーブを中心にハマってしまって(笑)。
でも、何度も何度も枯らしてしまうハーブがありまして、なぜ枯らしてしまうのかが分からなかったんです。いろいろと調べていくうちに、どうも水をあげすぎて枯らしてしまっていたということが分かりました。
よく、元気がなくなってくると水をあげますよね。実は植物にとってはそこで窒息を起こして「根腐れ」してしまっていることが多いのです。さらに調べてみると、多くの人が「根腐れ」を体験しているようなのですが、自分では原因に気付かない。
土の表面が乾いたら水をあげてくださいと言われても、実は保湿性の高い土なら中は湿っていたりするんですね。「水やり3年」と言われるぐらい、農家さんでも3年ぐらい懸けて水を上げるタイミングを会得します。
それを一般的な人がきちんとできるようになるには、時間がかかり過ぎてしまう。だから水分計を探し始めたのですが、いろいろな土や植物に使えるものがなかった。
「pFメーター」(写真上)というツールがあります。一般的に水分計として使われているものです。pFというのは、土の乾湿を現す基準値になっていまして、pFメーター自体は1万円前後するので、気軽に使えるものではありませんでした。
pF値に設計の基準が合っている家庭用のものは今までなかったので、そこがクリアできるものがあればと思いました。最初は「IoT」のようなものを考えていましたが、園芸を楽しまれている方は50代から上の年齢層が多くて、お話を聞くと「電池を使用するもの嫌だ」という声がすごく多かったんですね。
電池式のものですと、2、3カ月に1回電池交換をしないといけないとか、1週間に1回は水を拭き取るという手間があるんです。スマホと連携したりLEDで光らせたりと思いましたが、おそらく、そういったものは望まれていないんだろうなと。
そこで、どういう風にタイミングが分かるのがいいのかと考えたところ、水に触れると色が変わる特殊なシートを見つけて、採用するに至りました。
特徴としては、pF値という値を採用していて、サスティーが家庭用としては初めてです。水をあげた時は低い値を示します(pF1.5~1.7)。そこから徐々に乾燥を初めて有効水分域といわれるゾーンになります(pF1.7〜2.3)。
どの植物でもストレスなく水を吸える環境にあるということです。pF値が2.3を超えてくると有効水分域から外れて乾燥していきます。植物によっては水を引き上げる力が弱いものは徐々にしおれてくる。
その初期のしおれ点というのは植物によってまちまちになってくるんですね。ということは、pF値2.3ぐらいから植物は水が欲しくて下に根を張ってくる。
そのタイミングで水をあげると非常に健康的に根を育てることができるということで、pF値2.3を基準にプラスマイナス0.1から0.2ぐらいのところで色が変わり始めて2.5くらいまでには色が白くなるような設計になっています。
――中身の構成を教えてください。
折原:シンプルに中の芯材と、色が変化するシートだけです。設計も植物のメカニズムとかなり近くて、根の代わりに芯材が水を吸い上げてきて、用紙の部分が葉っぱということですね。
そして横に空いた穴で水を蒸散していくという形になります。穴の配置と面積でpF値をコントロールしています。そのデータを弊社で計測していまして、pF値をコントロールできるというところが特許になっています。
――どんな植物にも対応するのですか?
折原:基本的にはそうですね。大体、草花から観葉植物まで。例えば胡蝶蘭のような水苔で育てるような植物にも使えるのは、サスティーが初めてになります。
――開発で難しかった部分はどこでしょう?
折原:まず水を吸い上げる時、毛管現象の毛管力を使って上げているのですが、目的に合った素材がなくて……。数百という種類の素材で試しました。アルパカの毛も試しましたが、うまくいきませんでした。
あるとき、特殊な加工によって水を吸い上げる方法が見つかったんです。それで実験を始めましたが、土の中には200万種類もの菌がいて、1カ月くらいでボロボロに分解されてしまうんですね。
それを防ぐために防腐剤を添加しています。防腐剤も人や植物に優しく、かつアルカリでも酸性の土壌でも使えるものを探すのにはすごく時間がかかりました。
防腐剤のメーカーにもいろいろな菌のデータはありますが、200万種類はさすがにないと言われました。そうすると、我々の方で実地試験をしなくてはいけなくて、もう単純に2、3千本のプロトタイプを土に挿して実験しました。
防腐剤の濃度も0.1%単位で全然効果が違ってきますから、データ取りを3年くらい続けていました。
当初、プロトタイプはもっとパーツが多かったんです。パーツの一部(中継ぎ部分)を立体成型で作れる会社がなかったんです。
半年間くらい関東周辺の工場を回り、やっと協力してくれたメーカーさんも50年間ペンをずっと作っているところで、こういう長さをやったことはないと。
最初は苦労しましたが、なんとか作ってもらいました。プロトタイプは7つのパーツで構成されていますが、現在は4つです。つなぎ目が難しかった。
――サスティーの購買層は?
折原:50代から上の男性が多いですね。意外にも男性の購入者が多い手ですね。4、5本まとめ買いされているようです。
――鉢以外でも使えますか?
折原:長野県のブルーベリーの農家さんや、静岡の柑橘系の農家さんでは畑や樹の根元に直接使っていただいています。ただpF値が2.3を基準としていますが、植物にはそれぞれ適した値があります。
例えば、トマトはpF値で水分量を調整することで、収穫量や糖度などが変わってきます。今後は東京農業大学と実際にpF値を変えたときに収穫量や味、花持ちの差など、共同試験を始めようとしています。
――サスティー(Sustee)の由来を教えてください
折原:まず環境を保全しつつ接続可能であるという意味の”サステナブル(sustainable)”と、サスは地面に”挿す”からで、ティーはゴルフの「ティー(地面に差すもの)」を連想させると。
そして土の乾きがサースティ(thirsty)なので、そこも掛かっています。そして、差すとイイので「サスティー」というわけです(笑)。
――販売数はどれくらいでしょう?
折原:今は3万本を超えたくらいです。Lサイズが今年の2月にから、Mサイズが3月から販売しているので、半年くらいの売上になります。売り場はLoftなどの雑貨店から園芸専門店、ホームセンターなどですね。
――今後の展開、方向性をお聞かせください。
折原:今のところバッテリー搭載やIoTなどは考えていません。5年10年たったときにスマートフォンが高齢者でも当たり前となったときは考えるかもしれませんが……。
その場合もデジタルのみではなく、アナログの良さとデジタルの良さを共存させたような製品がいいのかなと思います。
他には、まだ研究開発の途中ですがイチゴ用、トマト用など植物に合わせて変えられるものを開発しています。
ガーデニング系のものは、ともすれば土臭いデザインのものが多くなってしまい、なかなかデザイン性が重視されるものはありません。
現在のライフスタイルに合わせられるようなものが少ないと思っていまして、そういう意味ではデザインとしてまだまだやれるところがあるんじゃないかなと。
植物を大切にしたい人の気持ちは、そんなに変わらないと思います。その気持ちに寄り添うような、100年後にも欲しいと思ってもらえるものをつくりたい。デジタル、アナログという前に、使い勝手の良さを大切にしたいですね。
(取材・文/三宅隆)
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