■時計界の新星は、なぜ新興ブランドを選んだのか?
“アクセシブル(手の届く)ラグジュアリー”を哲学とするフレデリック・コンスタント。創業は1988年であり、老舗が多い時計業界では、どうしても歴史が浅い新興ブランドの扱いとなる。しかしその一方で、自社ムーブメントや複雑機構を開発することで、他にはない個性を発揮しており、スイス時計業界のトレンドセッターとしても名高い。こういった戦略のカギを握るのが、このピム・コースラグ氏である。
【プロフィール】
Pim Koeslag(ピム・コースラグ)
1981年オランダ出身。地元のアートスクールを経て、18歳でアムステルダムの時計エンジニア学校に入学。優秀な成績を収めて注目を集める。2003年にフレデリック・コンスタントに入社し、自社ムーブメントの開発に携わる。複雑機構の研究にも力を入れる若き天才。
■時計界の新星は、なぜ新興ブランドを選んだのか?
オランダの時計学校に在学中からその才能を高く評価され、卒業時には多くの有名時計ブランドからスカウトがあったというピム・コースラグ氏。しかし、彼が選んだのは、当時創業15年という若い時計ブランド「フレデリック・コンスタント」だった。
「フレデリック・コンスタントを選んだのは、時計師としての才能だけでなく、アイデアやクリエイティブの能力も評価されたから。私にとっては、理想の環境だったのです」
その見立ては正しかった。彼は入社前からフレデリック・コンスタント用の自社ムーブメントの研究開発をスタートさせ、入社翌年の2004年には、ブランド初の自社ムーブメントCal.FC-910の量産化をスタートさせた。
通常であれば5年近くの時間を要する新型ムーブメントの開発を、これだけのスピードで実現させることができたのは、入社前の若者に自由な裁量を与えたからだ。
「私はすぐにテクニカルディレクターとなり、ムーブメントの開発研究に対して、とても大きな権限を与えられました。もしも私が巨大ブランドに努めていたら、トゥールビヨンを触れるまでに20年はかかったでしょう。しかし私は7年目には、自分でトゥールビヨンを開発してしまったわけです(笑)。
もちろんピーター(・スタース。フレデリック・コンスタントグループ社長)自身もクリエイティブな人間ですから、あれこれと口も出しますしアイデアも豊富です。しかし技術面は、かなり自由にやらせてもらいましたね。さらには組織も小さいので、何かあった時にはすぐにピーターと相談できるという環境もよかったのでしょう」
ムーブメント開発には相応のノウハウと資金力が必要になるので、自社製ムーブメントを持つブランドはほとんどが老舗の名門に限られていた。それを創業16年目の小さなブランドが成し遂げたのだから、誰もがその快挙に驚いたのだ。
■フレデリック・コンスタントだからこそ生かされたピム氏の個性
「ムーブメント開発で最も大変なのは、“ターゲットプライス”を意識する事。フレデリック・コンスタントは、高品質であっても、手の届く価格でなければいけない。
例えば永久カレンダーとトゥールビヨンという複雑機構を搭載したハイコンプリモデルを作ろうとなった時は、まずピーターが“二万スイスフランに収めよ”と、ターゲットプライスを決めるのです。
他社が数千万円で発売している機構を約200万円に収めるというのは、普通に考えると無理ですよね。でもそこにチャレンジするというのが、やりがいなのです」
FC-975S4H6
クラシック パーペチュアルカレンダー トゥールビヨン マニュファクチュール
(価格:281万8000円/税別)
では、どうやって品質を維持しながら価格を抑えるのだろうか?
「時計を製造する上で、最もコストがかかるのは人件費です。ご存知の通り、スイスは世界で最も高コストな国ですし、コンプリケーションモデルを組み立てる熟練職人の賃金はとても高い。これでは“アクセシブル”にはなりません。
そこで私は、複雑機構をモジュール化し、しかも設計をシンプルにすることで、若手時計師でも組み立てるようにしたのです。さらにパーツの工作精度を上げることで、手のかかる調整工程を減らすことにも成功しました」
全てを理論的に整理し、必要なところにリソースを投入する。そうすればコストを抑えつつ、優れた時計を作る事ができるのだ。こういった発想は、多くのベテラン時計師を抱える名門ブランドで実現させるのは難しいだろう。
良い意味でフレデリック・コンスタントには、歴史も伝統もなかった。だから新しい考え方を取り入れやすかった。そして、その恩恵を最大限に生かしたのが、ピム・コースラグだったのだ。
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(取材・文/篠田哲生 写真/&GP編集部、フレデリック・コンスタント)
時計ジャーナリスト・篠田哲生(しのだ てつお)
男性誌の編集者を経て独立。コンプリケーションウォッチからカジュアルモデルまで、多彩なジャンルに造詣が深く、専門誌からファッション誌まで幅広い媒体で執筆。時計学校を修了した実践派でもあり、時計関連の講演も行う。
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