■ランクルが“働く場所”を開発者自ら確かめる
日本においてランクルといえば、多くはアウトドアレジャーの相棒、というのが一般的なポジショニングだと思います。一方、近年、主要な輸出先となっている中東地域では、ランクルはアラビア人たちによるレジャー、砂漠移動や観光客ための砂漠ツアーなどを中心に活躍する一方、働く人々の生活にも欠かすことのできない道具となっています。
「現地のランクルオーナーたちは『砂漠のどこかに集合』となれば、そこまでランクルで向かい、砂漠の丘を掛け上がるなどして楽しんでいます。一方、働く人たちや都市から離れた場所に住む人々にとっては、ランクルは必需品であり、家族のような存在となっています。
実は以前、総走行距離が200万km、300万kmという現地ユーザーの20系や40系を見せてもらったことがあります。当然、それだけの距離というのは、ひと世代で走れる距離ではありません。まずは首長が購入し、それが代々受け継がれて…といった具合に、歴代のファミリーが綿々と所有してこられたクルマでした。
しかも、ホントかウソか分かりませんが、そのランクルは一度もエンジンをオーバーホールしていないというのです。そのため、走るというよりは動くといった状態で、さすがに上り坂では、まるでロバのようにヨタヨタでした(笑)。でも、それ以外はまだしっかり動いていて、とても驚かされました」(小鑓さん)
こうしたエピソードからもお分かりの通り、実際に世界各地のユーザーの元を訪ね、ランクルの使用状況を日々チェックするのも、ランクル開発者にとっては重要な任務。辺境の地では、先輩技術者から受け継がれる“信頼性”、“耐久性”、“悪路走破性”という3つのキーワードの意味、そして、ランクルが存在する意義や使命を改めて確認できるのだそうです。
「ランクルというクルマには使命があります。それは“人の命と荷物、そして、夢を運ぶ”というもの。また、夢とは“移動の自由”であり、人も荷物も運ぶけれど、夢がないと“愛車”と呼べる存在にはならないと思っています。
先ほどお話した“ヨタヨタ”のランクルもその一例ですが、例えば、次のガソリンスタンドまで900kmも走らなければならない、なんていう辺境の地が、地球上にはまだまだたくさんあります。どこかへ行くと帰れない、そんな命を守れないクルマでは、仮に荷物を運べても意味がありません。そういう場所においては、クルマは移動手段というよりもライフライン。だから“信頼性”、“耐久性”、“悪路走破性”がとても重要なのです。行きたい時に行きたいところへ必ずたどり着けて、しかも、無事に戻って来られる。このクルマなら行ける! という安心感や信頼をオーナーの方々に提供することが、ランクルの大きな役目なのです」(小鑓さん)
世の中には、本格的なクロスカントリー4WDであることを謳うクルマが少なくありません。とはいえ近年では、そうしたモデルも高級志向が強まり、生活に密着したクルマといえば、ランクル70系くらい、といっても過言ではない状況にあります。
「アフリカの奥地へ行くと『トヨタのことは知らないが、ランクルのことは知っている』という人も少なくありません。私たちは40系、70系のことを、BJ型や20系といった始祖の血を引く“直系・根幹モデル”と呼んでいるのですが、これらはランクルの骨太の部分、本来、果たすべき役割を担っているモデルです。プラドや200系は、そこに、人々を快適に運ぶという目的が付加されたモデル、といったところでしょうか」(小鑓さん)
こうした開発に携わる皆さんの“世界行脚”は、中東やアフリカといった灼熱の地域だけにとどまりません。
「近年、ロシアもランクルにとって大きなマーケットとなっています。近代化が進むロシアですが、ロシアの伝統的文化で、モスクワのような大都市の住人でも、週末は郊外にある“ダーチャ”と呼ばれる別荘的な山小屋で過ごす人が多いようで、そこへの足として、ランクルを選ばれる方が増えています。
ロシアといえば、ツンドラや降雪地帯といった泥濘地が多く、万一、そこでスタックすると、皆さんなんとか脱出しようと、ぬかるみの中でもがきます。その時の運転操作が少々荒っぽいのか、駆動系パーツに相当な負担が掛かるのです。他のマーケットでは、特に大きな問題は生じていないのに、ロシア向けのランクルでは、駆動系にトラブルが発生する事例があるのです。また、マイナス45℃を下回ると、ゴム部品がガラスのように硬化してしまうのですが、ロシアではマイナス50℃を記録する極寒エリアも少なくなく、その対策が必要となります。
そのほかでは、パプアニューギニアも驚きの多い市場のひとつですね。首都のポートモレスビーから飛行機で1時間ほど離れた田舎街から、標高3500mを超えるガス鉱山まで、設備の保守などで70系が活躍しているのですが、なんとそのうちの1台に、フレームに亀裂が入るというトラブルが発生しました。それまで70系では起こったことのないトラブルで、開発時も強度を重視している部分ですから、最初は『本当か?』と思いました。
でも、実際に現地を訪れてみると、私たちの想像をはるかに超える使用環境でした。道はあるにはあるのですが、雨が降れば土砂崩れ、といったような場所。道路の勾配や凹凸もすさまじかったですね。こうした過酷な路面も、ランクルにとっては“日常道路”なのかもしれません」(小鑓さん)
このように、ランクルの開発に携わる皆さんが実際に現地へ足を運び、市場調査を繰り返すのは、よほどの辺境好きでも訪れないような過酷な土地ばかり。もはや冒険家さながら、といった業務ですが、そこで得られる知見は少なくなく、ランクルの開発にも大いに役立っているのだそうです(Part.2へ続く)。
(文/村田尚之 写真/村田尚之、トヨタ自動車)
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