■日本市場にも魅力的なモデルをどんどん投入
続いて、内田社長につぐ日産のナンバー2で、代表執行役最高執行責任者 兼 チーフパフォーマンスオフィサーのグプタ氏には、日本市場向け商品ラインナップに対する疑問を投げ掛けた。
ホームマーケットであるにもかかわらず、日産の日本市場への商品投入はかなり消極的だ。日産ほどのメーカーが(三菱と共同開発している軽自動車を除くと)3年近くも新車を投入しないというのは常識的に考えてあり得ないし、これだけSUVブームが盛り上がっているにもかかわらず、逆に「ジューク」や「デュアリス」をラインナップから落とし、「エクストレイル」のみに絞るという戦略も理解できない。また、モデルチェンジサイクルも長く、平均車齢はライバル各社の中で最も古い。こうした背景にはどんな判断があったのだろうか?
これに対しグプタ氏は「そのことについては、私も以前から気になっていました。最大の原因は、世界中で拡大路線を進めた結果、開発リソースが不足して日本市場向けのモデルにまで手が回らなかったことです。日本は特殊な市場で、販売されているクルマの63%が日本専用車種。グローバルカーを優先的に開発した結果、その63%が軽視されてしまいました。これは反省すべき点ですし、今後は日本専用車種の開発にも力を入れていきます」と答える。
でも収益的に見ると、多くのメーカーがひしめく日本は厳しいマーケットだ。
「確かにそれもありますが、日本のお客さまは品質や技術に対する要求度がとても高いので、並大抵のことでは満足していただけません。確かに難しいマーケットですが、日産は日本のメーカーなので絶対にあきらめるわけにはいかないのです。むしろ、世界一厳しい日本のお客さまに満足していただけるクルマを作り、それ自体やそこに投入された技術を全世界に拡大していくべきだと個人的に考えていますし、そういう方向性を社内でも強く打ち出しています」(グプタ氏)
つまり、ワールドワイドでは車種を削減して効率化を進めていくが、日本マーケットではその限りではないというわけだ。
「日本市場のもうひとつの特徴が、世界で最も高齢化が進んだマーケットだということです。高齢ドライバーの方にも安心して運転していただくために、日産が得意とする“プロパイロット”のような運転支援技術がきっとお役に立てるはずです。いい換えれば、日産のニューマンセントリック思想、つまり人間中心思想というのは、本来、日本のマーケットに適したものなのです。
ですが、これまでの日産は、商品企画、営業、設計といった各部門がバラバラに動いていたため、結果的に商品としてのメッセージ性を強く打ち出せていませんでした。現在は私の下で各部門の連携を強めたので、今後、その成果が出てくると思います。新型コロナウイルスの影響で新車開発に若干の遅れが出ていますが、日本市場にも魅力的なモデルをどんどん投入していきます。もう少しお待ちください」(グプタ氏)
■状況が厳しくてもなくすわけにはいかないZとGT-R
魅力的なモデルといえば、やはりZとGT-Rの話題を避けて通るわけにはいかない。そこで、話していただける範囲でこの2台の計画について尋ねた。
「先日の決算発表会では、今後発表予定のモデルとともに、新しいZのイメージスケッチをご覧いただきました。まだ正式決定は下していませんが…やる方向で進めています。
では次期型は、どんなクルマにするのか? 現行モデルは2008年デビューの旧いクルマです。特にエンジンやトランスミッションといったパワートレーンは、決定的に旧い。でもそれは、パフォーマンス領域における話であり、デザインは依然として魅力的ですよね?
そのため次期型は、まずパワートレーンを一新します。載せるエンジンやトランスミッションもすでに決まっています。フォードの『マスタング』を始めとする競合車と比べても、かなり競争力があると思います。デザインに関しては、現行モデルと初代のDNAをブレンドしたものになります。いわば『240Z』のモダン版ですね。デザイン部門がとても魅力的なものを作ってくれました。こちらも決定済みです」(グプタ氏)
パワートレーンとデザインが決まっているとなれば、あとは時間の問題。次期Zは非常に楽しみだ。一方、GT-Rは超ハイパフォーマンスカーのため、刷新は困難なように思われる。
「確かに今、GT-Rの開発は止まっています。一番の課題はパワートレーンです。いろいろな案が出ていましたが、その中のひとつである電動化プランは、私がストップをかけました。実はイタルデザインと共同開発した50周年記念限定モデル『Nissan GT-R50 by Italdesign』は、110万ドル(約1億6000万円)という高額車にもかかわらず、予定していた50台が完売したんですよ。営業サイドには『なぜ200万ドル(約2億1100万円)にしなかったんだ!』といいました(笑)。
2021年の1月には方向性を固めたいと思っていますが、こちらもZと同様、やる方向性です。これはもうコストの問題ではありません。GT-Rは日産自動車の文化、ブランドアイコンですから、いくら状況が厳しくてもなくすわけにはいきません。同様に、モータースポーツ活動も続けていきます」(グプタ氏)
もちろん、無い袖は振れない。しっかりと収益を生み出していくことも重要だ。となると、中型/大型のSUVや乗用車が重要となるが、この領域でのプラットフォーム戦略はどうなっていくのだろう? やはりFF車ベースになるのだろうか?
「FR車は確かに、ダイナミックパフォーマンスの面では優れているのですが、現在は環境性能をどんどん高めていかなければならないので、FRプラットフォームを新規に開発するのは現実的でないと思います。先日発表したアリアに使っている“CMFプラットフォーム”をさらにアップグレードさせ、そこに電動化技術の“e-POWER”を組み合わせつつ、車種に合わせてホイールベースを変える方向となるでしょう。とはいえきっと、日産らしいクルマになるはずなので、こちらももう少しお待ちください」(グプタ氏)
■久しぶりに日産の経営陣と“クルマの話”をした
グプタ氏と話していて印象的だったのは、話の中に“数字”がほとんど出てこなかったこと。商品力とか、日産らしさとか、ブランド力とか、そういった話題を日産の経営陣と最後にしたのは、いつのことだったか。思い出せないくらい昔のことだ。
ゴーン時代はクルマ好きであることを公言すると、ゴーンに叱責されたという。「クルマ好きの視点では経営判断を間違えるぞ」と。それがゴーン流経営の限界だった。自動車メーカーの決算資料に載る数字を作るのは、ほかならぬユーザーの支払う購入代金なのだから。そういう意味で、ZやGT-Rの話題もさることながら、個人的に一番うれしかったのは、日産の経営陣と“クルマの話”ができたことだった。
ならば、内田社長はどうか? 公の場では社長らしく振る舞う内田社長だが、先日のインタビューではその人となりを垣間見ることができた。プライベートでは常にMT車を所有し続け、趣味は愛車のメンテナンス。「社長がこんなことをいったらディーラーさんに叱られるかな」と苦笑いしつつ、車検はいつもユーザー車検だと明かしてくれた。
トヨタの豊田章男社長や、プジョー/シトロエンなどを傘下に収めるグループPSAのカルロス・タバレス会長など、クルマ好きを公言するトップがいるメーカーが好調な経営を続けているのは、決して偶然ではないと思う。クルマを儲けるための手段と考えるトップがいるメーカーと、クルマ好きのトップがいるメーカーとでは、生み出されるプロダクトは自ずと違ってくるからだ。そういう意味で、内田社長とグプタ氏が率いる今後の日産には大いに期待したい。
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文/岡崎五朗
岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。