■ゼロから始めて実現した、オンリーワンのスマートフォン
Windows 10 Mobile スマートフォン「NuAns NEO」が生まれるまで
——まず、トリニティという会社について教えてください。
星川:2006年5月に創業しました。ちょうど10年目ですね。元々輸入オーディオ関係の商社にいました。その頃、iPod関連製品の繋がりがありまして、オーディオのアクセサリーを輸入販売する会社を立ち上げました。
その後、iPhoneやiPadが出てきて、アップルのデバイスが増えてるなか、それらのケースやアクセサリーを始めました。最初は、海外ブランドの輸入販売で、2007年後半くらいから自社のオリジナルで「Simplism(シンプリズム)」ブランドを始めました。主にケースやフィルムといったシリーズを作ってきましたね。今は、9:1でオリジナルです。
——どうしてWindows 10 Mobileを搭載したスマートフォンを作ろうと思ったのですか?
星川:「Simplism」でケースやフィルムをずっとやってきましたが、それら以外の周りのデバイスには、手はつけてなかったんです。ただ、ケース、フィルムも長くやってきて、新しいことにチャレンジしたいと考えていました。
トリニティには「デジタルライフを豊かにしよう」というキャッチフレーズがあるんです。デザインや使い勝手もそうですし、デジタル周辺のライフスタイルを良くしたいと考えています。
デジタルライフには、ケースやフィルム以外にもケーブルやバッテリーや充電器、スピーカーなど色んなものがあります。そちらも手がけてみたいと、2013年くらいから考えていました。ケース、フィルム以外に、例えば充電するときに使うケーブルや充電器、持ち運んで外で充電するのにバッテリー、そして、家で使うスピーカーなどを「NuAns(ニュアンス)」というブランドで始めました。
——「NuAns」は2015年4月に代官山で発表したLEDデスクライトやLightningケーブルなど(&GP過去記事)ですよね。
星川:はい。今までにはないようなスタイル、デザイン、質感、そして使い勝手を考えて発表しました。それが昨年一段落しました。もちろん、今取り組んでいる商品もありますが、ひとつの区切りとなりました。さらに起業してからちょうど10年。なにか凄く面白いことをやりたいと考えていました。
NuAnsシリーズでは、基本的にはiOS用の製品を作っていました。つまり、iOSを中心としたデジタルライフです。iPhoneは日本で50%ぐらいマーケットシェアがあるので、そこに対しては我々の世界観でいいものができたかなと思ってはいるんですが、逆に言うと50%の人はiPhoneを使ってないんですよね。なのでその人達に対しては、我々の思う良さを伝えられてないと思っていました。
それで残りの50%に対して、このNuAnsの世界観を作っていこうと思っていたんですが、Xperiaの周辺機器なのかと言われれるとそこまででもない。そんなことを考えている中で、そもそもスマートフォンそのものを作るハードルが下がっているよねって話が出てきました。
そんな中で、Windows 10のモバイル版の登場がありました。ただ、マイクロソフトが手がけるLumiaは日本では発売されないのでは?という話になって、これは可能性があるんじゃないかと。
ならばやってみたいと思い、現実に走り始めたのです。実際にプロジェクトとして正式に始めたのは、2015年ゴールデンウィーク明けでした。
——スマートフォンそのものをやりたかったんでしょうか?
星川:デジタルライフスタイルの中心を担うという意味では、一番やりたかったですね。やはりスマートフォンが今の人々のライフスタイルの中心にありますから。
今まで10年やってきたことの中心に、iPhoneがありました。彼らの世界観はいいと思ってます。でもそうじゃない、自分たちの世界観を作れたらいいなと思っていました。なので、実際に「できるかもしれない」となった時、ほとんど躊躇しませんでした。
ゼロから開発するという苦悩
——会社としての10年間の蓄積があったと思いますが、ケースや周辺機器とスマートフォンは全くの別物だと思うのですが。
星川:そうですね、全く別の会社とやりとりします。ただ、“モノづくり”という視点で言うと、スマートフォンをただ作るだけなら、お金さえあれば簡単にできます。世の中にいろいろ出ている、いわゆるリファレンスモデルのスマートフォンを作っている中国の会社が何百とあるんです。
あとは、そこから選ぶわけです。ロゴだけ入れられたり、カバーの色を変えるくらいはすぐにできます。そういった製品が実際には世の中に色々出ています。
ただ、我々は当然それと同じモノを作っても何の意味もありません、「NuAns」の世界観を生み出すには、ゼロから作らないといけない。しかし、ここが本当にハードルが高かった。
今、ビジネスモデルとして自社製品で、最初から設計している会社は、大手以外はほとんどありません。大部分がリファレンスモデルからサンプルをいくつか出してきて、どれにしますかという感じです。
そうじゃなくて、私たちが作りたいのはこうだと、例えば、USB Type-C端子を付けてくれと要望を出しても「やったことがないから無理」と製造サイドから言われます。
最終的には我々がやりたい仕様のかなりの部分を「やったことないけれどやってみよう」というパートナーの会社が現れまして。そこで話が進みました。彼らと出会ってなければ、できなかった可能性はありますね。
——リファレンス以外のスマートフォンを作るのはそんなに難しいんですね。
星川:経験やノウハウが一切ないけど、やりたい事だけは決めているという中で、それを実現してくれるパートナーを探すのが大変でした。
——特にこだわったポイントは、外装のカスタマイズ性の部分ですか?
星川:外装に関しては我々がアクセサリーメーカーなので、色々コンセプトを考えていたんですが、スマートフォン自体はどうしても中国でしか作れない現状があるんです。なので、見た目、手に持つ部分、手に触る触感に関わる部分は別にやりましょうと。これらは本体と分離して考えました。
普段手に持つことを考えると、プラスチックで高級感があるもの、長く使いたいものはそんなにありません。身の回りにある手帳や財布、名刺入れ、鞄などを見るとその質感や触感はすごく重要だと思っていました。金属、プラスチック、ガラスにはないものです。
ライフスタイルの中で、溶け込めるような素材や触感、質感あるものを作る、ということが「NuAns」ブランドにありましたので、そこは必ず実現しようと考えました。
また、金型からコネクターの選択や全てを最初から設計するというのは、今までにありません。日本でスマートフォンは色々出ていますが、“作った”という意味で、ここまでやってる機種はほとんどないと思います。
——Windows 10 MobileというOSを採用したことにも苦労はありましたか?
星川:Windows 10 Mobileという普及していないOSでしたが、今からAndroidを作ってもね、と思っていました。
セキュリティ面でも、企業向けも含めて作っているということもあり、Androidよりしっかりしていることもポイントでした。あとは、Windows 10 Mobileの「Continuum」に対応しようと考えていたのですが、採用したSoC(プロセッサ)で動作するという確証がない中で、対応すると信じて進めました。
「NuAns NEO」にはSoCとしてクァルコムの「Snapdragon 617」を採用しました。この時点で、クァルコムは対応すると言っていましたが、マイクロソフトはより上位のSoCしか認定していなかったんです。最終的にはマイクロソフトに対応してもらえました。これも大きな分かれ道でしたね。
——デザイン周りでもかなりこだわったと聞いています。
星川:例えばコネクターの位置を直線にあわせるとかですね。通常は本体を薄くすることを優先するので位置は揃わないんですが、我々は薄くすることよりも持ちやすくする、長く使えることを優先しました。コネクターの段を揃えて、楕円形の意匠に合わせるとか。
これらはデザインを依頼したTENTと深く詰めて、それをエンジニアリングと戦いながらやっていく形でしたね。最初は製造元が勝手に位置を変えてきて、「ダメだ!」と戻しながらやっていきましたね。
ただ、今回一緒にやってくれたパートナー企業は、結構頑張って受け入れてくれて、ハードウエアの満足度は高いです。
“初めてのスマートフォン”で大切にしたものとは?
——「NuAns NEO」は脱着型のカバーも特徴ですね
星川:この外装にもすごく大きな分かれ道がありました。カバーが「Uの字型」になっていて、付け替えができるようになっています。これはインモールドラベリング(IML)という製法を使っていまして、プラスチックの樹脂を金型に流し込むんです。カバーに使ったクラレのクラリーノや、東レのウルトラスエード、そしてテナージュという本物の木ですね、これらを挟み込んで、樹脂を入れるんです。
プラスチックの上に貼るのではなくて、樹脂と一体化しているので、はがれません。外装はプラスチックで作るんですが、どうしても質感がおもちゃっぽくなってしまうので、最初からやるつもりでした。
ところが、丸めながらIMLをやっている例がほとんどないんです。元々は本体同様に中国で作ろうと思っていたんですが、できるところがない。あきらめかけたところで、ART&TECHという会社を紹介してもらいまして、なんとか作ることができたんです。なのでカバーは日本製なんです。
——ツートンカラーの素材も日本製ですよね
星川:素材も東レ、クラレといった日本を代表するメーカーですね。また、テナージュという曲げられる薄い木も日本の特許技術を使った純日本製です。とはいえ、日本生産を売りにするわけではなくて、日本でしか、日本の素材でしかできなかっただけなんです。
——スマートフォン用のケースやフィルムを手がけてきたノウハウは活きていますか?
星川:例えば本体の防指紋コーティングです。iPhoneには付いていますが、それ以外のスマートフォンにはあまり見かけません。また、使っていない時でもさりげなくみえるストラップホールを付けました。
もうひとつが、カバーの中にカードを1枚入れられる仕組みを用意したことです。交通系ICカードを差し込んでおくと、電子マネーのように使えます。おサイフケータイやモバイルSuicaなどもありますが、最も普及している交通系ICカードタイプのほうが便利だと判断しました。チャージが必要な方のために、スロープ状にしてサッと引き出せるようにしてあります。
——そうしたこだわりが、リファレンスモデルだと一切できないわけですね
星川:絶対できないです。ボタンの位置も変えられないんです。
——発売してみて反応はいかがでしたか。
星川:ハードウエアやその触感とコンセプト。そして、こだわったパッケージ。これらのアイデアやデザイン、ハードウエアに関してはご好評頂いてます。
ソフトウエアとサービスの部分に関しては、我々ではどうしようもできないところがあり、まだまだというお話を頂いたりすることもありますが、これからだと考えています。
我々としてはこのWindows 10 Mobileが広がるような形での取り組みを、今後もしていきたいなと思ってます。
(取材・文/コヤマタカヒロ)
PCやタブレット、スマートフォンなどのデジタルギアからオーブンレンジ、炊飯器、ロボット掃除機などの白物家電までカバー。実際に製品を使い、その体験を活かした原稿を手掛ける。スペックからは見えない使い勝手などを解説する。
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