■“もっとみんなに知ってもらいたい”という思いで履く、自身のルーツ
【お気に入りの1足】
KEEXS(キークス)
「IJINLE CLASSIC」
そもそもゲーム制作に携わっているとは聞いたが、イマイチどんな仕事をしているのかは分かっていない。なので、まずはそこから尋いた。
「肩書き的には、ローカライズ・スペシャリスト。ひと昔前まで“洋ゲー”と呼ばれていた海外ゲームの日本語版を発売することが、近年ではすごく増えています。そういった際に、作中に登場するキャラクターのセリフから、チュートリアルで目にするゲームの操作方法まで、ゲームに付随する全ての英語を日本語に翻訳するのが僕の仕事です」。
大島さんは東京生まれ東京育ちの41歳。ゲームが大好きだった10歳上と9歳上の2人の兄の影響で、昔から子どもでは手が出ないようなゲームにも慣れ親しんでいたそう。「中でも鮮明に記憶しているソフトが『スナッチャー』です」。
同作は、「メタルギアソリッド」シリーズなどで知られる小島秀夫氏が企画とシナリオを担当したアドベンチャーゲーム。のちに小島氏の代名詞となる映画的作風を確立するとともに、ゲームデザイナーとしての名を知らしめた傑作とされる。
「もちろん、ファミコンやスーパーファミコンのソフトも通っていますが、それまで遊んでいたゲームとは全然違ったんです。すごくハードボイルドな世界観で、ストーリーを追って自分の心が動くような感覚を初めて味わい、『こんなゲームがあるんだ!』と感動しました」。このとき、大島少年はゲームに大きな可能性を感じた。「あの出会いがなかったら、今この道には進んでなかったような気がします」。
その後、中学校からはインターナショナルスクールに。自分の名前をアルファベットで書くのが精一杯だった大島少年は、3年間の中学校生活の中で英語をイチから学び、アメリカの高校に留学するまでに成長。同地の大学で生物学を専攻。大学卒業後は帰国し、日本の医学部への編入を目指す。なんとも真面目なストーリー。“辿ってきた道程は近しいはず”なぞと思った自分が恥ずかしくなる。が、そんな古典RPGゲームのチュートリアルのようにトントン拍子に進んできた彼の人生が、ここから大きく動き出す。
「このまま医療の道を目指して本当にいいんだろうか?っていう思いが生まれたんです」。立ち上がった大島さんは“自分探し”のためアフリカに飛び、ウガンダのHIV/エイズ支援団体にボランティアとして参加。そこで医療や貧困の現実といった社会的問題を目の当たりにした彼は、帰国後、同じ問題意識を思った日本の仲間たちと、HIV/エイズで親を亡くした孤児たちの支援活動団体を立ち上げて働き始める。
それから数年後、「自分のしたいことにチャレンジしたい!」と転職を決意した大島さん。次なるステージを求め、新たな道を模索する中で彼が“自分の武器”として考えたのが英語力であった。「自分が好きなのが映画やゲーム。その2つに英語力を結びつけて何が出来るかな?と考えた際に、短絡的ですが翻訳かなって」。ただ英語は出来ても翻訳スキルは別物。そこで1年間、翻訳学校に通って基礎を学ぶ。この男、本当によく学ぶ。
当時、需要は拡大し続けるものの、映画などの字幕や吹替翻訳に比べると人材が不足していた“ゲームの翻訳”という仕事に着目した大島さんは、SIE(当時の名称はソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE))にアルバイト社員として入社し、翻訳を始めた。2015年のことである。
今年でキャリア9年目。現在は、先述のようにローカライズ・スペシャリストとして様々なタイトルに関わっている。その一例を列挙しても「Horizon」シリーズ、『ゴッド・オブ・ウォー』(2018)、『The Last of Us Part II』に「Marvel’s Spider-Man」シリーズなどなど、最近のゲームにはめっきり疎い筆者でさえ知っているようなビッグタイトルを数多く手がけていると知って、改めて驚かされる。
好きで就いた仕事とはいえ、大変と感じる部分はあって当然。「僕が担当している作品の中でも、シリーズ化していたり原作が存在するタイトルに関しては、作品の世界観など色々なレファレンスをイチから学ぶ必要があります。そういった情報を取り入れる作業に関しては、時間的制限などもあって大変に感じることはあります。あとはクオリティを追求しつつ、どこで完成の見切りをつけるかも難しい問題です」。
近年は自由度の高いオープンワールドゲームが増加したことで、セリフやテキストの量も増え続け、開発やローカライズにかかる期間も増大傾向。場合によっては数タイトルを同時進行しつつ、長いものでは1年以上もかかるとか。オリジナル版があるがゆえのプレッシャーの大きさも想像に難くない。
「もちろんプレッシャーは感じます。その上で、常にユーザーのことを考えながら作業しています。キャラのセリフひとつとっても、英語版の意味合いに近づけるのがベストなケースもあれば、デフォルメした方が日本のユーザーは楽しめるだろうと結構ガラッと変えるケースもあるので、そのサジ加減はチーム内で話し合いますし、日本語版の声優さんの意見を聞くこともあります。シリーズもので何年も同じ役で出演されている方は、僕たち以上にキャラクターのことを理解されていますので」。
オリジナル版のニュアンスをどのように解釈して、演技してもらうか。この指示を出すのも、ローカライズ・スペシャリストの大事な仕事である。「僕が書いた吹き替え台本をイメージ通りに演じてもらえたら100点。でも、その予想をさらに超えて、キャラクターに命を吹き込むような120点、いや200点の演技に遭遇することだってあります。『だからこの仕事はやめられない!』と強く思う瞬間です」。彼の仕事について十二分に理解出来たので、ここらで本題となるスニーカーに話を移す。
とはいえ、筆者も初見のこちらのモデル。聞けば、KEEXS(キークス)というブランドで、アフリカはナイジェリア発。足のサイズが大きすぎて悩んでいた創業者が、「自分の足にフィットして格好いいと思えるデザインに巡り会えないのならば、自分で作ってしまえばイイ」と2015年に決意し、オランダで靴づくりを修行。帰国後に立ち上げた同ブランドは、今やナイジェリア国内で十数店舗を構えるにまで成長したのだとか。
2015年といえば大島さんのキャリアスタート年にも一致する。しかも縁深いアフリカ生まれのブランドで、利益の10%を貧困削減のプロジェクトに使うといった活動にも力を入れていたりと、なにかとリンクする部分も多い。
大島さんは、かつて所属していたNPO団体の元・同輩がSNSに投稿したポストで存在を知り、2019年に購入。ファッションのこだわりはほぼ持ち合わせておらず、「普段は奥さんに服を選んでもらっています」と話すが、最近はゲーム雑誌のインタビューを受けたり、ゲーム関連のイベントに登壇することもあるため、自分なりにファッションには気を遣っている。
この日は黒を基調としたスマートなウェアに、エネルギーや愛を象徴するブランドカラーの赤を効かせた着こなし。同じくキークスのキャップとのカラーマッチングがしっかりキマっていた。
モデル名の「IJINLE」は、ヨルバ語で“ルーツ”を意味するそう。地球環境に優しいビーガンレザーで作られたアッパーを包むエキセントリックな総柄プリントもまた、その名に相応しく、生誕の地であるナイジェリアとブランドの背景に由来したもの。いわゆるローテクモデルに属するシンプルなフォルムに唯一無二の個性を与える一因となっている。耐久性に優れたラバーカットソールは一日中快適に過ごせる優れたクッション性を有し、大島さん曰く、履き心地ももちろん良好だ。
「日本ではあまり履いている人がおらず、まだまだ知られていないブランドですが、このエネルギッシュなデザインを履くことでテンションも上がりますし、社会的活動を応援する意味でも愛用しています。音声の収録現場や久しぶりに会う友人など、キークスのことを知ってほしい人たちに会いそうだなっていうタイミングで履いていくことが多いですね」。
ファッションに興味が薄いといっても、そこは生来のオタク気質。映画やゲームとのコラボアイテムには、ついつい手が出てしまうようだ。今回も小島監督の「メタルギア」コラボスニーカーを履いてこようかと検討したものの、愛用しすぎて痛みが激しいため断念したと吐露。ほかにもゲーム系スニーカーをお持ちのようなので、また別の機会にぜひ!
ひと通りの取材を終えた後、“お互い40代を迎えた今、現場の一線で働き続けることの大変さ”について話す中で、「まだまだ現場で仕事をして、さらにスキルアップしていきたいという思いはあります」と、大島さん。スペシャリストの肩書きを得てなお、まだまだ成長中。そこで最後に聞いた。あなたがクリエイターとしてやり甲斐を感じる瞬間は?
「SNSやYouTubeの実況動画やレビュー動画を通して、ユーザーの皆さんがゲームを楽しんでくれているのが伝わってきた瞬間が一番うれしいです。ローカライズについて言及されないくらいが本来はベストですが、さらにオリジナル版との違いに気付いてもらえて、かつそれが作品にとってプラスに働いていると感じてもらえると、頑張って良かったと達成感を感じますね。産みの苦労は忘れますが、作品はいつまでも残る。だからこそ手を抜くことは絶対に出来ません」。
* * *
眼鏡の奥に光る瞳に仕事に対する強いプライドを見た。5月末には2人目の子どもが誕生予定。いつか我が子が自身の手がけたゲームに触れるそのときまで、あの日感じた“ゲームの可能性”を信じて、父は今日も働き続けるのだ。
>> スニーカーとヒト。
<取材・文/TOMMY>
TOMMY|メンズファッション誌を中心に、ファッションやアイドル、ホビーなどの記事を執筆するライター/編集者。プライベートでは漫画、アニメ、特撮、オカルト、ストリート&駄カルチャー全般を愛する。Twitter
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