――スノーピークのアパレルでは「Home⇆Tent」というコンセプトを打ち立てていますね。この言葉はかなり早い段階から頭にあったのですか?
山井:「Home⇆Tent」は立ち上げ準備で試行錯誤している中で出てきたものです。「人はなぜキャンプに行くのか?」を考えたとき、友人や家族など気心が知れた人と自然の中で過ごすのを心地良いと感じるのは、誰もが持っている感受性だと思いました。これは私自身もキャンプに行って感じたことです。
キャンプでの拠点はテントになりますが、そこでの心地よさは都市での生活の拠点となる家=Homeで感じる心地良さと同じ。どちらの場所でもリラックスした状態でいられるウエアをこのコンセプトから作っていけたらと思っています。
――具体的なユーザーはどのような人が多いのでしょう?
山井:私がファッションに感度が向いていた背景があることもあり、表参道や渋谷などファッション感度の高いエリアにいて洋服にこだわりをお持ちの人をイメージしています。
ところが実際に動き出してみると、当初考えていた方々はもちろん、大学生から上は80歳くらいのおじいちゃんまで、ユーザーの幅が広いんですよ。この振り幅には私自身とても驚いています。
共通しているのはライフスタイルにこだわりを持っていること。最近ではファッションの感度=生活の感度なのかなと思うようになりました。スノーピークのアパレルを手に取ってくださるのは生活感度の高い方が多いと感じています。
――スノーピークのギアは道具としての“本質”を追究して開発されています。アパレルからもギアと同じように“本質”へのこだわりを感じます。山井さんが考える“本質”とはどのようなものでしょう?
山井:いろいろな要素があるのでひと言では表しにくいですね(笑)。シンプルに表すなら、もともと当たり前のこととしていろいろなものに備わっていたこと。家、食べ物、洋服……。元来、衣食住は自然ありきで生まれたものだと思います。自然環境の中で工夫してどんどん研ぎ澄まされてきたもの。言い替えるなら生活するための知恵なのかな。
――“本質”とは人間が自然の中での生活で身につけたもの。
山井:ただ、現代の暮らしは環境が整い過ぎていて、そういうことを考えることすらしなくなりました。自分で家(テント)を建ててキッチンをレイアウトして、その日食べる食事を作る。私はキャンプに“人が生活する”ことの原点回帰のようなものを感じています。大きな家があってクーラーが効いている生活が当たり前になると自然の中で生きていることになかなか気付けなくなりますよね。自然と常に共存しているということはアウトドアの本質だと思います。
――シャツやジャケットに触れると、素材の柔らかさが際立っていることに気付きます。これも山井さんが考える“本質”のひとつですか?
山井:そうですね。天然素材は肌に一番優しく感じますが、自然と向き合うことを考えると合成素材も上手に活用した方がいい。合成素材の肌触り、テクスチャは自分が触って気持ちいいと思えたものだけ使うことを徹底しています。興味のある素材があったら生産地までしつこく電話したり(笑)。素材に関しては毎シーズンかなり貪欲に探し回っています。
――商品開発やデザインはどのようにしているのでしょう。スノーピーク全体でこういう方向性で行こうというものがあるのですか? それともギアとアパレルは独自に方向性を決めているのでしょうか。
山井:ギアの開発は新潟で行い、アパレルは私が東京をベースに行っています。ブランドとしてこういう方向性という話はないですね。
ただスノーピークは商品開発から店頭スタッフまで『自分たちもユーザーである』という立場で仕事をしている会社で、自然に対するスノーピークならではの本質がみんなに備わっているんですよね。自分が欲しいものをそれぞれが作っても、最終的にはブランドとしての統一感が生まれている。それは強く感じています。
――スノーピークではスタッフが自らキャンプをしてそこから「こういうものが欲しい」と感じてギアが生まれてくるというのがありますね。アパレルに関しても新潟のスタッフから「こういうものを作ってよ」という意見がありますか?
山井:ありますよ。たとえば焚き火を囲んでいるときに、ダウンジャケットやウィンドシェルだと合成素材なので火が飛んで溶けてしまう。火に強いものが欲しいとよく言われます。
――現在はアウトドアギア、ファッションを普通の感覚で選ぶ人が増えました。でもそういう人は機能よりも色やデザインで選ぶことが多いですね。ブランドに親しみを持つのはいいことですが、一方で流行り廃りが生まれるので時代の流れに沿っていく必要も出てくると思います。そうなると“いいものを長く”というスノーピークのブランドコンセプトとの矛盾が出てこないかなと心配してしまうところもあります。
山井:アパレルのビジュアル面はある程度時代に合わせることも必要だと思います。でも時代の中で感じることは世代やタイミングによっても違うかなとも感じています。ベースの考え方、提案したい価値感が変わらない限りは、アパレルでも継続して提案できるはずです。新しいものを作る中で、ずっと残せるアイテムが増えていったら嬉しいですね。
たとえばフレキシブルインサレーションのパーカは初めてスノーピークのアパレルを作った2014年の秋冬から継続しています。「スノーピークのアパレルって何?」というときからファンがついてくださって、今はシャツやプルオーバー、スカートなど8つの型を作っています。このシリーズは毎年ちゃんとアップデートしながら大事に育てていきたいアイテムです。
――スノーピークのほとんどのギアにはロゴが入りますが、アパレルには入らないものが多いですね。
山井:そうなんです。たしかにギアからスノーピークに入られたお客様からは「なんでロゴがないの?」「ロゴを入れてほしい」という声をいただくことも多いです。実際、アウトドアブランドのアパレルの常識では大きくロゴを入れるというのがありますからね。でも日常着ではどこにもロゴが入っていないのが普通。私はそちらから入っているので、なんでアウトドアブランドでは大きくロゴが入っているのか不思議だったんです(笑)。デザイナーのポリシーとしてロゴは入れない。入れても同系色で目立たないように。そうすることで日常にも溶け込むアウトドアアパレルになってほしいと考えています。
――最後にもうひとつ伺います。アウトドアギアブランドとしてのスノーピークがあり、アパレルでは日常とアウトドアを行き来するコンセプトになっています。今後スノーピークアパレルとして新しいブランドを立ち上げるような計画はありますか?
山井:私は、ブランドの一番幸せな姿はひとつの冠でいろいろなプロダクトが同じ方向を向いていることだと感じています。それがあるべき姿というか、スノーピークのやるべきことかなと思います。たしかに多ブランド展開についてはよく聞かれます。本当にやる必要があるものが出たときにはあり得るかもしれませんが、今のところブランド名を変えて戦略的に何かをやることは考えていません。
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(文/高橋 満<BRIDGE MAN>)
1970年、東京都新宿区生まれ。ガテン、B-ingなど求人誌の編集部を経て、カーセンサー編集部に。独立後は音楽誌、クルマ誌の編集に携わりながら多くの媒体で執筆。現在はクルマ、アウトドアなどをフィールドにすると同時にさまざまなテーマで著名人へのインタビューを担当。