ハンドリングを磨くことだけを考えた
--86“KOUKI”(マイナーチェンジ後の後期型)では、フロントマスクなどを大胆に変更されました。それは、空力特性の向上を狙ってのものでしょうか?
多田:変更の目的は極めてシンプル。顔の印象を変えよう、なんて気は全くなく、空力性能の向上だけを目指しての変更です。とにかく、ハンドリングを磨くことだけを考えました。
フロントマスクやリアウイング形状の違いなどにより、同じタイミングでマイナーチェンジしたスバルの「BRZ」とは、空力特性が相当異なると思います。86“KOUKI”は、まずフロントでどのように空気を流し、次にそれをサイドへ持ってきて、そして、いかにリアウイングへときれいに流すか、を考えた結果のデザイン。今回、フロントマスクやリアのバンパー、そして、サイドガーニッシュなどの形状を変えたのは、そういった理由からなんです。
--レーシングカーだけでなく、市販車においても、空力というのは重要なのでしょうか?
多田:例えば、直進安定性などは、空力性能に大きく左右されます。直進している状態からハンドルをジワッと切ると、クルマの向きがグッと変わるじゃないですか。その最初の部分、向きが変わり始める辺りというのが、実は空力がすごく効く領域なんです。そこからさらに回り込み、Gが強くかかるようになると、今度はタイヤやサスペンションの性能が重要になってきます。
コーナリング中のハンドリング性能ひとつとっても、空力が受け持つ領域と、サスペンションが大事な部分とがあるのです。それらをうまく組み合わせ、全体的に「乗って気持ちがいい」フィーリングを作るのが、今は大切。かつては、空力に左右される領域にまで、気を配れていなかったんですね。
--レーシングカーの空力と、考え方は同じなのでしょうか?
多田:それは全く別の話ですね。レーシングカーの場合、できるだけダウンフォースを稼ぎ、それで車体を地面に押さえつけ、タイヤのグリップ力を高める…、ということに特化しています。それが、レーシングカーの空力に対する考え方なんですよ。
対して市販車は、長年、燃費を稼ぐために空力を追求してきました。そのため多くのメーカーが、空気抵抗の削減に関し、多くの技術やノウハウを蓄積しました。でも、ステアリングを切った瞬間の車体の動きに効くとか、燃費を悪化させずに走行安定性を高める、といった空力の効果は、実は最近になって注目され始めたものなのです。
--前期型とは、空力に対する考え方が変わったのでしょうか?
多田:例えば、前期型のリアウイングは、ヨーロッパ市場での規準に対し、燃費というか、二酸化炭素排出量がボーダーラインのギリギリところにあったので、とにかく空気抵抗を減らし、少しでも燃費を稼ごうと考えて仕立てました。実際、空気抵抗が減って燃費がよくなり、トップスピードも6〜7km/hほど伸びたんです。けれど、リアウイングのカタチがカッコ悪いとか、いろいろいわれまして…(苦笑)。確かに、空気抵抗が減るだけ、というのは、スポーツカーとして寂しいなと反省しました。
186“KOUKI”のリアウイングは、デザインを変えてカッコよく仕上げたのはもちろん、空力特性も走行性能をアップさせる方向で考えました。一番大事なのは、ウイング本体とトランクリッドとのすき間なんです。あのすき間を通る空気が“ベンチュリー効果”を生み、走行中の車体を安定させるダウンフォースを発生させますからね。なので、空気抵抗を増やさず、上下左右から車体を押さえ込む風の流れを生み出せるよう、すき間を微妙に調整しているんです。
--サイドガーニッシュの変更には、どのような狙いがあったのでしょうか?
多田:フロントバンパーの形状を変えたことで、サイドガーニッシュの部分を流れる空気の量がすごく増えたんです。前期型では、ガーニッシュ部分にエンブレムを配置していましたが、実はその凸部で風が乱れることが分かったため、86“KOUKI”ではガーニッシュ自体の形状を変えました。
実はそれによって、コーナリング中のロール(車体の左右への傾き)などが全く変わったんです。クルマは走行中、いろんな方向に揺れています。でも、いいクルマほど、地面に対していつも平行、いわゆるフラットな状態で走っているもの。ポルシェなどが好例ですね。86“KOUKI”を前期型と比べると、特に、車体が左右にふらふら揺れるような動きが減っているのですが、それはこの、サイドガーニッシュ変更の恩恵ですね。
前期型のサイドガーニッシュは、ある意味、86のアイコンみたいな箇所でした。なので実は「これくらいの空気の乱れは、許容範囲では?」といった声もあったんです。でもあえて、空力追求のためにサイドガーニッシュの形状を変更し、エンブレムの位置は下にズラしました。
--先ほどポルシェの話が出ましたが、空力の分野で先端をいくヨーロッパの自動車メーカーは、どこだとお考えですか?
多田:メルセデス・ベンツにBMW、アウディ、ポルシェと、ヨーロッパメーカーはどこもすごく進んでいますよ。
中でも最初にすごいなと感じたのは、5〜6年前だったと思います。当時、とあるヨーロッパ車のリアバンパーを見てみると、ボディとバンパーとの間にすき間があったんです。最初は「立て付けが悪いな。高級車なのだからもっとピシッと付けなきゃ」と思いました。でも、すべてのモデルがそうなっていたので、「何かあるな?」と思い、試しにそのすき間を塞いで走ってみたんです。すると、ものすごく車体がフラフラしたんですよ。
その後、いろいろ解析を進めていくうちに、そのすき間は意図的に設けられたものであることが分かったんです。そういう観点で、クルマの底面のカバーとかバンパーの形状などを調べていくと、至るところに空力追求のための工夫が見られるんですよ。以来、新しいヨーロッパ車が出るたびに、何か変な形状のものが付いていないかを探してみて、見つけると、それを取ったり外したりして走り、いろいろな角度から解析しています。
--バンパーのズレひとつも見過ごせない、というわけですね。
多田:バンパーのズレといえば、ちょっとした笑い話があるんです。
実は最近、トヨタにも、あえてボディとバンパーとの間にすき間を設けた車種があるんですよ。もちろん、意図的に設計したものなのですが、いざそれを量産するとなった時に「量産車なのに、これはいかん!」と、工場の現場の人たちが気を利かせて、バンパーをボディにピッタリとくっ付けてしまったんです。
もちろん、そんな現場の気遣いを知らず、完成車を見た設計陣は「なぜ、ぴったり付いているんだ!?」と怒ります。で、「設計図どおりに戻せ」といったところ、今度は生産現場の人たちが「何いってるんだ、せっかく直してやったんだぞ!」と反論し…(苦笑)。
だから今では、どのような意図があって設けたすき間なのか、細かいことまですべて、皆さんに説明しようということになりました。工場で働く人たちは、逆にそういうすき間を詰めることに命をかけていますからね。何も知らされないでそういうすき間を見ると「設計者がミスしてこんな状態になってるのんから、俺たちがなんとかしなくちゃ!」と思ってしまうんですよ(笑)。
--86は、そういう人たちにも支えられているんですね。(Part.3に続く)
(文/ブンタ、写真/グラブ)
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