入らないならあえて残す。逆転の発想が生んだRFのルーフ
——ロードスター RFのデザインは、ソフトトップ仕様から派生したクルマにしては、完成度が高いですね。NDの開発がスタートした当初から、電動格納式ハードトップ仕様の開発プランがあったのでしょうか?
中山:当然、初めからありました。ソフトトップ仕様と並行して開発を進める前提だったんです。ところが、ある時点で棚上げになったというか、棚上げしてしまった。ハードトップ仕様を同時開発しようとすると、ソフトトップ仕様の開発が進まないからです。
冷静に考えたら、ハードトップをきちんと格納しようとすると、収納スペースの分だけホイールベースを伸ばしておかなければいけません。なので本来なら、先にハードトップを設計しておいて、後からソフトトップ仕様を開発するものなのです。
それなのにNDは、ソフトトップ仕様の開発を重視するあまり、ハードトップ仕様の開発を棚上げしてしまった。上司に「ハードトップの開発もやってるのか?」って問われても、「やってます、やってます(汗)」って応えながら、理想とするソフトトップ仕様の開発に没頭していました。結果、気がついたら、ハードトップが収まらないクルマに仕上がっていた…というのは冗談ですが、それくらいソフトトップ仕様で理想を追求したんです。
——それって、大変なことでは?
中山:そうですね(苦笑)。先代のNC型は、電動ハードトップモデルの「ロードスター RHT」の方が、ソフトトップ仕様よりも販売台数が多かったくらいですからね。本当なら、ハードトップ仕様を生み出せない骨格を持つNDなんて、作ってはいけなかったはずなんです。
でも、当時の開発主査だった山本修弘をはじめ、誰も何もいわなかった。ソフトトップ仕様のデザインや図面を見れば、ハードトップを収めるスペースがないことは、一目瞭然だったはずです。ある意味、気づいていたけど気づかないフリをしていた。それくらい、我々は理想的な(ソフトトップ仕様の)NDを作りたかったんですね。
なので、ハードトップ仕様の開発は、ある段階まで棚上げし、時間稼ぎをしていた、というのが実情です。とはいえ、もちろん考えてはいましたよ。「カシャカシャと畳めるプラスチックみたいなルーフはないかな?」とか「新技術、新素材はないかな?」なんて、皆でいろいろと話はしていたんです。
今の世の中、それって決して夢物語ではないじゃないですか。絶対にありえないとはいい切れない。だから、ありえないようなことも含めて、いろいろと検討していました。例えば、ルーフを十数分割すれば収まるんじゃないか、とかまで。
そして、さすがにそろそろ、ハードトップ仕様のデザインも真剣に考えなきゃいけない、という段階になった。ソフトトップ仕様のデザインが最終的に固まったんです。そのデザインデータをエンジニアに渡したんですが、実はハードトップ仕様のデザインに取りかかったのは、その後。すでにソフトトップのデザインはガチガチに固まっていますから、もう変えられない。妥協なき開発を行ったソフトトップ仕様のNDには、普通のハードトップを収めることなど不可能だったんです。
ーーそんな危機を、どうやって打開されたのですか?
中山:その段階でハードトップを収めようとするならば、残された手はもう、格納する部分を減らすしかない。必然的に、ボディの外側に残す部分を大きくしなければいけない。つまり、シートの背後に襟を立てたような膨らみができるんです。NCのRHTにもそれっぽい張り出しがありましたが、同じことをやろうとしたら、あんなもんじゃ収まらない。もう本当に、エリマキトカゲの襟みたいになってしまう。だけど、やってやれないことはないんです。なので、プランのひとつとして検討するだけしてみました。
でも、それってスマートなデザインじゃないですよね? 当然、エンジニアたちとの間でも「こんなに不格好になるけど、それでも作る?」って話になったんです。今だからいえますが、納得いくデザインじゃないのに無理にハードトップ仕様を作るとか、ND自体の完成度を落としてまでハードトップ前提の設計にするなんて、絶対にありえないとエンジニアたちも思っていました。なので私としても「本当にロードスターらしいデザインにならないのなら、ハードトップ仕様は出さなくてもいい」くらいの覚悟を持って試行錯誤を重ねました。
--そこからどうやって、RFというソリューションにたどり着いたのですか?
中山:とてもドラマチックな展開でした。ある日、ロードスターに関する社内会議が開かれ、その段階での現状を報告したんです。デザイン・ブランドスタイル担当役員の前田育男や山本、ルーフ担当のエンジニアなど、全部で十数名が集まりました。
そこで正直に、洗いざらい話をしたんです。ちょっとネガティブないい方かもしれないが、現状、ハードトップ仕様はこういったデザインにしかできない…といって、例のエリマキトカゲのデザイン案を見せました。3Dデータも用意して、モニターに映し出しました。でも、オープンカーというにはちょっと中途半端だし、ルーフを閉めてもそんなに美しくない代物になっちゃいますよ、といいながら。
——その場の空気を想像するだけで、なんだか胃がピリピリと痛くなってきます。で、そこから一気に、RFのプランを提案したというわけですね!
中山:いや、まだいえない(笑)。もちろん、腹案としてはありました。今のRFのデザインが。なので、現場にいたエクステリア担当デザイナーとは、いっそのこと、ひと思いにアイデアを提案しちゃおうか、という話はしていたんです。でも、それは我々サイドからはいえない。いや、いってはいけないんです。仮にあの時、前田や経営陣の誰かがエリマキトカゲ案にゴーサインを出していたら、渋々それに従っていたはずです。
ところが会議室が「確かに中山のいうとおりだな」という空気になったんです。そこで、満を持してこう提案したんです。「ならばいっそのこと、残しませんか? 中途半端にルーフを収めるのではなく、ルーフが残ることを前提にしたデザインにしませんか?」と。その時、フェラーリのディーノ「246GT」を例として挙げました。リアウインドウ周りを、246GTみたいな“トンネルバック”スタイルに仕上げたらどうでしょう? と。
ホント、マツダの人間はクルマ好きばかりですよね。ディーノっていっただけで皆、ピン! と来たみたいでした。すぐに「それ、いいね!」って話になり、エクステリア担当のデザイナーがササッと絵を描いて「こんな感じですかね?」って提案したら、「これだよ!」って具合に、一気に決定へと至ったんです。
——腹案があったということですが、その段階ですでに、RFの3Dデータが用意されていたのですか?
中山:さすがにその段階では、まだありませんでした(笑)。でも、絶対にこの案を通したかったし、イケるという自信もあったからか、3Dデータはその後すぐに出来上がりましたね。
——3Dデータが出来上がった次は、縮小したクレイモデル作りに取りかかられたのでしょうか?
中山:いえ。クレイモデルは作っていません。そんな時間はありませんでした。でも仮に、1/4スケールのクレイモデルを作ったとしても、2世代目のNB型に「ロードスター クーペ」という車種がありましたから、ロードスターをクーペ化したらこんなカタチになる、っていうのは、皆なんとなく分かっているわけです。今さら見せられても「うーん、やっぱりカッコいいね」で終わってしまい、驚きはない。
それじゃ全然意味がないので、3Dデータを使って簡易的なハードトップを作り、ソフトトップ仕様のロードスターに載せてみました。平行して、インテリアのデザインを検証するためのモデルにも同じようにハードトップを載せ、実際に座ってみて、どんな感じになるかを確かめられるようにしたんです。
——すごいスピード感ですね!
中山:社内の人々に原寸大のモデルを見せると、すぐに「いいじゃない、これ!」という評価を得られるわけです。海外のマーケティング担当者たちに見せて「どうだ?」と聞くと、皆「カッコいいね」という評価を返してくる。でもその後、お約束のように「ちょっと不安が…」となるわけです。ロードスターらしい開放感を得られるのか、不安に感じるみたいなんですよ。でもそれは、当然のことですよね。あえてルーフを残しているんですから。
なので、そんな時は「どうぞこちらへ」といって、インテリアの検証モデルに乗ってもらったんです。すると皆「開放感も問題なし。OK!」と満足する。そこから一気に、RFの開発は加速していきました。