■原型製作は常にゼロからのスタート
現在までに酒井さんが手掛けてきた造形作品は、およそ171体。そのうち、実に約9割の題材が、ゴジラシリーズの怪獣に関連している。そんな酒井さんのゴジラ愛というべき情熱は、少年時代の経験から芽生えたものだとか。
「私のゴジラ原体験は、映画館の最前列で見た『三大怪獣 地球最大の決戦』(1964年公開)です。映画の迫力を家に連れ帰れないという、子供の頃のフラストレーションが、リアルなフィギュアによって映画館の興奮をカタチにする、原型師という仕事に、自らを駆り立てたのではないかと思いますね」
作品には、アイテムが重なるものもあるが、それぞれが異なるリアルに満ちている点も、酒井版ゴジラの大きな魅力だ。
「腹部のモールドや背びれの流れなどは、資料を見ながら正確に起こします。ヒダの厚みやシルエットが少しでも変わると映画のような姿になりません。一番こだわるポイントですね。ただ、作る時代によって資料の数も増え、私自身のシーンの見方や解釈も変わります。それに原型製作は常にゼロから始めますから、アイテムは同じでも、特に意識することなく違う個性が宿るのでしょうね」
時には造形以外の仕事もこなしている酒井さん。可動が特徴のバンダイ「S.H.MonsterArts」では、彩色、分割可動表現に関する監修も務めている。
「可動が前提ですから、造形はスタンダードなポーズで仕上げています。『ゴジラ(1962)』は、前から見るとひょうきんで、横から見るとトカゲ顔という頭部、背びれの細かいモールドや形状、そして頭と背びれに対しての比率にこだわりました。
『ゴジラ(2002)』では、独特な首元を表現するため納得できるまで作り直しています。可動により、オープニングの雄叫びをあげるシーンも再現できるので、上を向いた時の表情や、口を開いた際の歯の表現にもこだわりました」
こうした新発想の製品との出合いに刺激を受けながら、創作意欲はまだ尽きないと語る。
「原型を作る際は、今でも“映画のあのシーンを作りたい” というところから始まります。ゴジラ映画は名場面が多いので、切り取りたいシーンは限りないですね。一方で、映画にないシーンを描く作品では、最初にポージングを決め、着ぐるみとは異なる生物感を出すこともあります。この両輪で作り続け、気づいたら30年が経っていた感じです。紙粘土をこねながら全神経を集中させ、一生懸命に向き合って作る…。この姿勢は30年間何も変わりません」