■初代(1982年):パリダカでの活躍で一躍時代のヒーローに
初代パジェロが誕生したのは1982年4月22日。当初はメタルトップ4車種とキャンバストップ3車種、計7種類をラインナップ。初代パジェロには4WD車として国産初のディーゼルターボが搭載されました(2.3Lディーゼルターボ、2.3Lディーゼル、2Lガソリンエンジンをラインナップ)。
以前、篠塚建次郎さんに、三菱が長くノックダウン生産を行ってきたジープに代わるモデルとして開発されたと伺いました。ただ、主力車種ではなかったため開発予算も少なく、また登場後も“細々”と販売されていたといいます(発表当時の目標販売台数は1300台/月)。
転機となったのは1987年。篠塚建次郎氏がドライブするプロトタイプのパジェロがパリ・ダカールラリーで総合3位に。その模様をNHKが連日放映したことで日本中でパジェロ旋風が巻き起こります。そしてこの年の11月にホイチョイ・プロダクションの映画『私をスキーに連れてって』が公開され、空前のスキーブームに。その流れで多くの人がRV(当時はまだSUVではなくこのように呼ばれていました)を選ぶようになったのです。最盛期には月に1万台以上も注文が入ったといいます。
■2代目(1991年):RVブームを牽引し、夜の都会でも人気モデルに
1991年1月、パジェロは初のフルモデルチェンジを行いました。当時のプレスリリースをあらためて読んでみると、2代目パジェロのコンセプトは、“本物の4WD性能と乗用車らしい乗り味を両立させること”にあったことが読み取れます。日本がバブル景気に沸き、多くの人がパジェロをはじめとするRVモデルを選ぶようになったことで、乗り心地のよさを求める人が増えたことが背景にあります。
2代目パジェロにはフルタイム4WDとパートタイム4WDの長所を兼ね備え、三菱の4WDの代名詞にもなるた“スーパーセレクト4WD”を世界初搭載。この“スーパーセレクト4WD”はトランスファレバーの2WD/4WD切り換えだけで、フロントアクスルのフリー/ロックが行えるように。また、100km/h以内での走行中に2WD/4WDが切り換えられる画期的なものでした。
ボディタイプは標準仕様のメタルトップ、居住空間を広くしたミッドルーフ、2列目以降のルーフをさらに高くしたキックアップルーフ、オープン仕様のJトップを用意。
初代同様、2代目パジェロも大ヒット。トヨタのランドクルーザー80、ハイラックスサーフ、日産テラノとともに、日本のRVブームを牽引していきます。1997年のマイナーチェンジでは、ガソリン直噴エンジンのGDIやINVECS-IIスポーツモードATなどが搭載されます。
1997年9月には可変バルブタイミングリフト機構、可変吸気システムを備え、低速、中速、高速という領域での高トルクの維持が可能になった3.5Lエンジンを搭載するパジェロエボリューションが登場。パジェロエボはパリダカのレギュレーション変更により開発されました。今でも中古車市場では150万円前後で取引されています。
■軽自動車とコンパクトモデル、2つの派生車種が登場
空前のRVブームにより、三菱はより多くの人にパジェロを楽しんでもらおうと派生モデルを登場させました。
まず1994年12月に登場したのが軽自動車のパジェロミニ。本格的軽4WDといえばスズキジムニーの独壇場でしたが、パジェロミニは兄貴分のパジェロの雰囲気を残しつつ、ジムニーよりもオンロード性能を高め、あらゆる生活シーンで楽しめるモデルとして登場。駆動方式は80km/h以下でFRと4WDの切り替えをレバー操作のみで行えるイージーセレクト4WDとFRが用意されました。
1995年11月には、新開発された1.1Lエンジン搭載のパジェロジュニアがデビュー。4WDはイージーセレクト4WDを採用。ボディはパジェロミニをベースにオーバーフェンダーが取りつけられ、小さいながらもパジェロらしい堂々とした雰囲気に仕上がっていました。パジェロジュニアは1998年のフルモデルチェンジでパジェロイオへと進化。パジェロイオはボディが専用設計となり、3ドアと5ドアが用意されました。