■クラス先駆者となった「FZR250R」
4スト250ccクラス初のレーサーレプリカとして1986年に登場したのが「FZR250」です。フルカウルに丸目2灯のヘッドライト、タンデム可能だけれどシングルシートのような見た目のシートカウルと、まさにレーサーレプリカといった見た目。エンジンとフレームは「FZ250 PHAZER(フェーザー)」というモデルの流用でしたが、このエンジンが、4気筒というだけでなくシリンダーを45度前傾させて吸気をストレートにするなど、先進的なものでした。フレームも中に冷却水を通し、冷却に活用する革新的な構造だったため、運動性能もかなり高かったのです。
このモデルがヒットとなり、4スト250ccクラスもレプリカブームが加熱したため、1988年にマイナーチェンジ。「EXUP(エグザップ)」と呼ばれる排気デバイス機構がこのクラスとしては初めて採用されました。これにより中回転域のパワーがアップし、サスペンションの変更もあり、乗りやすさが向上しています。
その翌年にはフルモデルチェンジが行われているのが、この時代のスゴイところ。骨格はデルタボックスと呼ばれたアルミフレームとなり、デザインも上位モデルの400や750と同系統のものとなります。車名も最後に「R」が追加され「FZR250R」に。エンジンも各部がブラッシュアップされ、最高出力を発生する回転数は1万6000rpm、メーターは1万9000rpmまで刻まれるというさらなる高回転化を果たしました。
さらに翌1990年にはまたもやマイナーチェンジが施され、ライトの形状などが同年式の「FZR400RR」と同様のデザインとなります。ただ、250には最後まで「RR」の名称は与えられませんでした。
そして1993年には40psへの自主規制値に合わせてエンジンなどが変更に。これが最終型となり、1994年を最後に生産が終了します。レプリカブームが終焉を迎えていた時期だったためですが、個人的にはこのデザインが好きだったので、短命に終わってしまったことは残念です。ぜひ、今の技術で作り直してほしいところですが、この装備で現在発売したらいったいいくらになるのでしょうか…。
■ヤマハ版“RR”は400ccのみに与えられた称号
ヤマハの4スト・レプリカといえば「FZR」なのですが、その前に原型となった「FZ400R」に触れないわけにはいきません。このマシンこそ、市販車をベースとして当時大盛り上がりだったTT-F3レースの初代チャンピオンマシン「FZR」の直系レプリカだからです。
フレームこそスチール製ですが、水冷並列4気筒のエンジンはクラス最高の59psを発揮し、大人気となりました。1986年に後継マシンの「FZR400」が発売された後も継続して販売されていたほど。そして、個人的にはこのデザインがとてもカッコいいと思っています。その証拠(?)に1997年にはこのマシンをオマージュしたと思われる「FZ400」というマシンも登場しています。
そして初代「FZR400」が1986年に登場します。ホンダに奪われたTT-F3レースの王座を取り戻すことが目的だっただけに、スペックは本気印。アルミデルタボックスのフレームに45度前傾させたエンジンを搭載し、ダウンドラフトキャブレターをエンジンの真上に装着する構造になっていました。この構造は「GENESIS(ジェネシス)」思想という先進性を追求するヤマハの考え方から生まれたもので、「FZR」シリーズはその申し子と呼べる存在。1987年には型式が2KTとなる標準モデルより20万円高価な「FZR400R」も追加されました。
1988年のモデルチェンジで2KTに装備されていた排気デバイス「EXUP」が標準装備に。カウルの前面からフレームを通って吸気口につながる「F.A.I(フレッシュ・エアー・インテーク)」が搭載されているのが外観上の特徴です。翌年にはマイナーチェンジで「FZR400R」(3EN2)となりデルタボックススイングアームを採用。この頃のモデルチェンジサイクルの早さに驚かされます。
1990年にはデザインを一新して車名も「FZR400RR」に。エンジンは前傾角度が35度に。フレームも新設計となりダウンチューブが完全にない構造とされました。フロントフォークは正立式でしたが、上位モデル「FZR1000」と同サイズの極太なもの。市販車初のプロジェクター式ヘッドライトも外観上のポイントです。SP仕様もラインナップされており、こちらのみ1992年にモデルチェンジしてキャブレターがFCRとなりました。今見てもスタイリッシュなデザインですが、このモデルが最終型となり1994年に生産が終了します。
最後に「FZR」シリーズを語る上では避けては通れない1988年発売の「FZR750R」(OW01という型式名のほうが馴染みがあるかもしれません)というモデルについて触れておきます。
このマシンはスーパーバイク世界選手権参戦のホモロゲーション取得のために市販されたモデルで、軽量なFRP製のカウルや市販車初採用となるオーリンズ製サスペンション、チタンコンロッドなどを装備し、保安部品を外せばそのままレースに参戦可能な構成でした。国内販売は500台限定で、価格は200万円という高嶺の花でしたが予約抽選で完売したというのも、当時らしい逸話です。
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文/増谷茂樹
増谷茂樹|編集プロダクションやモノ系雑誌の編集部などを経て、フリーランスのライターに。クルマ、バイク、自転車など、タイヤの付いている乗り物が好物。専門的な情報をできるだけ分かりやすく書くことを信条に、さまざまな雑誌やWebメディアに寄稿している。