■第二次世界大戦を契機に開発が進められたダイバーズウォッチ
ご存知のとおり、時計は細かな金属パーツが複雑に組み合わさってできたもの。当然、水や汗には弱く、これらが時計内部に入り込んでしまうと、機械は錆びついて動かなくなってしまう。さかのぼること19世紀の終わり頃は、懐中時計から腕時計へとその形態が変わりつつあった時代。外気に晒されるようになった時計を水の浸入から守ることが、必然的に求められていった。
その後、各社が試行錯誤を繰り返すなかで誕生したのがロレックスの「オイスター」ケース。1926年に考案されたこのケースは、ケースの裏蓋とリューズをねじ込み式にした防水機構で、以後、この構造が腕時計のスタンダードになっていく。しかし、これはあくまでも“日常的な防水”レベルでの話。海中で着けられる腕時計が誕生するのはもう少し先のことだ。
その契機となったのは第二次世界大戦。海中での軍事行動を目的に、各国は潜水機器の開発をスタートさせる。この開発競争で先行したのがフランスで、1943年、海軍将校のジャック-イヴ・クストーと技師のエミール・ガニアンが、世界初の自給式水中呼吸装置「アクアラング」を開発した。これにより、海中での行動範囲は飛躍的に広がったが、これに合わせて求められたのが、潜水士の安全な海中作業。そこで、フランス海軍特殊潜水部隊のロベール・マルビエとクロード・リフォーは、潜水用腕時計の開発をブランパンに依頼。こうして1953年に完成したのが「フィフティ ファゾムス」だ。
■ブランパンが作り上げたダイバーズウォッチの絶対条件
「フィフティ ファゾムス」はその誕生時から、ダイビングウォッチに求められる性能を備えていた。その名が示すとおり、防水性能は“50ファゾム”──つまり91.45mまでの潜水に対応。ブラックダイアルには大きなインデックスをレイアウトし、回転ベゼルにもくっきりと大きい目盛りを採用。その回転ベゼルにはロック機構も備わっていた。
そもそも回転ベゼルの役割は、ベゼル上の12時位置にあるマーカーを分針に合わせることで潜水時間を分かるようにするもの。潜水中に万が一、ベゼルが何かに触れて時計回りに動いてしまった場合、潜水経過時間が実際より短く表示されてしまい、ダイバーを命の危険にさらすことになる。こうした事態を防ぐため、「フィフティ ファゾムス」のベゼルは押し込まないと回転できない構造が採用されていたのだ。
ダイバーズウォッチのなかには逆回転ベゼルを採用しているモデルも多いが、これも理屈は同じこと。万が一ベゼルが動いてしまっても、逆方向に回転する分には潜水時間が実際よりも長く表示されるので、ダイバーの危険を回避できるというわけだ。
また、太い時分針に大きなインデックスや回転ベゼルの目盛りは、潜水作業中でも時刻を読み取りやすくしたデザイン。さらに、これらのディテールには蓄光塗料が塗布されており、これは光が届きにくい海中でも潜水経過時間が読み取れるようにしたものだ。つまり「フィフティ ファゾムス」こそが、今日のダイビングウォッチの礎を築いたというわけだ。
「フィフティ ファゾムス」が登場した翌1954年にはロレックスも「サブマリーナー」を発表し、以後、各社が競うようにダイバーズウォッチを開発。当のブランパンは1970年代に休眠状態となってしまうものの、1980年代に復興すると1997年には防水性を300mに高めた新たな「フィフティ ファゾムス」を完成させ、その後「フィフティ ファゾムス」は、ブランドの旗艦コレクションのひとつへと成長していく。
一方で各社が開発したモデルは、潜水時におけるネガを排除すべくさまざまな機能を付与。次第にダイバーズウォッチに求められる条件はシビアになっていったが、これについてはまた別の回で。しかしながら、すべてに共通しているのは、ブランパンが生み出した前述のような特徴。それはすべて危険な海中での作業からダイバーを守るために考案されたものであり、「フィフティ ファゾムス」なくして、今日のようなダイバーズウォッチは存在し得なかったかもしれないのだ。
>> [連載]時計百識
<取材・文/竹石祐三>
竹石祐三|モノ情報誌の編集スタッフを経て、2017年よりフリーランスの時計ライターに。現在は時計専門メディアやライフスタイル誌を中心に、編集・執筆している。
【関連記事】
◆夏らしく爽やか!ハイコスパなボール ウォッチの本格機械式GMTモデル
◆30分で完売したTIMEXの超人気モデルにホワイト文字盤も登場!
◆月の満ち欠けすらオシャレに体感できるドイツの腕時計「ドゥッファ」
- 1
- 2