■せっかくなのでパテの話
今回はフィニッシャーズ・ラッカーパテ、ビン入りサーフェイサー、また瞬間接着剤系パテなどを継ぎ目消しや隙間埋め、ヒケの修正などで使い分けています。それぞれ何が違うのか。特性を知って適材適所で使いわけることで、修正や改造といったプラモ製作時のクオリティを上げられます。
▼フィニッシャーズ「ラッカーパテ」(440円)
きめの細かいラッカーパテ。乾燥が早く、食いつきが非常に良く、さらに肉ヒケがほとんど生じることがなく、硬化後の研磨で表面をツルツルに仕上げられるため、カーモデルのボディの修正等に適している。別売されている「ラッカーパテうすめ液」を使用することで溶きパテとして筆塗りで細かい傷の補修等にも使用できる。
▼タミヤ「ビン入りサーフェイサー」(374円)
筆で塗るのに適した液状のラッカーパテ。パーツ表面の凸凹や気泡、キズなど比較的小さな箇所を修正や、今回のようなちょっとした隙間を埋めるのに適している。ただし粘度が低いので厚塗りには適さない。逆にラッカー溶剤で薄めれば、エアブラシで塗装することもできる。
▼タミヤ「タミヤパテ(ベーシックタイプ)」(330円)
ラッカー溶剤で練られているパテ。部品の隙間やヒケの補修、穴埋めなどに適している。硬化後はナイフや研磨ペーパーなどでの加工がしやすい。盛り付けたパテの厚みが1mm以下なら1時間程度で乾燥させられるが、厚塗りすると乾燥に時間がかかり、ラッカー溶剤成分が抜けることで肉痩せが生じることがあるため、基本厚塗りには不向き。
▼GSIクレオス「Mr.SSP 瞬間接着パテ」(1540円)
大規模修正やパーツの自作なども可能なパテ。主剤(パウダー)に液状の硬化剤を混ぜることでペースト状なり、さまざまな修正に使用できる。硬化が早く(効果促進剤と併用することで硬化時間を調整も可能)、盛り上げも可能で硬化後の切削性が良く加工がしやすい。
▼タミヤ「タミヤ瞬間接着剤 イージーサンディング」(396円)
通常の瞬間接着剤と比べて、硬化した後に削りやすい瞬間接着剤。細かいキズやパテ替わりにすき間を埋めるのに適している。
▼アルテコ「強力瞬間接着剤CA-07(高切削性・中粘度)」(1100円)
粘度が高いので流れにくく、ちょっとした隙間埋め、合わせ目の修正などに適した瞬間接着剤。一般的な瞬間接着剤に比べて硬化後の切削がやりやすい。アルテコ「スプレープライマー(瞬間接着剤用硬化促進剤)」との併用が推奨されている。
▼アルテコ「瞬間接着剤用硬化促進剤 スプレープライマー」(2299円)
■サーフェイサーで下地を整える
ビン入りサーフェイサーを使って隙間や段差の処理を済ませたのち、缶入りサーフェイサーを機体全体に吹き付けて、修正部分に問題がないかをチェックします。
この際に、パーツの合わせ目を消すためのサンディングで消えたしまったパネルラインの凸モールドをチェックし、後ほど再生させます(凸モールド再生は次回解説)。
ここまでくると、震電の特徴的なエンテ翼を採用したスタイルがよく分かりますね。いやカッコ良いです!
ということで今回はここまで。第3回となる次回は消えてしまった凸モールドの再生と、いよいよ機体塗装をおこないます。劇中機もそうなのですが、ところどころ塗装が剥げたウエザリング表現もポイントです。お楽しみに!
■アメリカでも開発されていたエンテ翼戦闘機「カーチスXP-55アセンダー」
今回『ゴジラ-1.0』に登場したことで注目を集めている震電ですが、実はエンテ翼(先尾翼型)戦闘機は、大戦中にアメリカでも研究されていたんですね。それがカーチスXP-55 アセンダーです。
1939年11月にアメリカ陸軍航空隊は、レシプロ機の限界を打ち破るべく単発の迎撃機の開発をメーカーに指示。「低い抗力、良好な視界、強力な武装の3つの条件を満たせば、どのような案でもOK」という、割とアバウトな軍の提案に対して、カーチスが開発したのがエンテ翼を持つXP-55アセンダーでした。
同機は先尾翼機で、主翼が後退翼を持ち、エンジンを胴体後部に配置してプロペラを駆動。降着装置は前輪式という設計で、一見すると震電とよく似ています。
しかし軍はこのアセンダーに対して、あまり採用に乗り気でなく(発注しておいてそれかよ)、地上試験用モデルと風洞テスト用モデルの製作のみを行い、試作機の発注はその結果次第という扱いでした。
仕方なくカーチス・ライト社は、まず実物大の飛行テスト機を自費製作し、1941年12月からテスト。その結果を軍に提出し、1942年7月にようやくXP-55として試作機3機の発注を陸軍から受けることができました。
しかしアセンダーは、操縦性の悪さに加えて失速しやすいという問題点が最後まで改善できず、1号機はテスト中に墜落。最高速度も当時の制式戦闘機を下回る628 km/hしか出なかったため、結局性能不良ということで開発計画は中止となってしまいます。残っていた3号機も1945年5月27日にオハイオ州のライト飛行場で行われていた航空ショーで飛行中に墜落、パイロットは死亡してしまいました。
震電も1回しか飛行していないので、実用化にあたっては多くの改良が必要だったとは思いますが、XP-55アセンダー に比べると優れた機体であったことは間違いないようです。
>> [連載]達人のプラモ術
<製作・写真・文/長谷川迷人>
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