■名車AE86のスピリットを受け継いだ初代86
軽くてコンパクトで低重心、その上、価格も手頃な後輪駆動のスポーツカー。2012年にトヨタが86を世に送り出した際、当時の開発陣がそんな車両コンセプトを丁寧に説明してくれたことをよく覚えている。
当時、トヨタのラインナップには、“スポーツカー”と呼べるモデルがなかった。そんな中、先代の“80型”「スープラ」やミッドシップオープンカーの「MR-S」の生産終了から数年のブランクを経て登場したのが、トヨタにとって久しぶりのスポーツカーとなる86だった。
とにかく気軽に楽しめること。トヨタが86に課したテーマはそこにある。86というネーミングは、かつて「カローラ」や「スプリンター」に設定されていたスポーツクーペの、最後の後輪駆動モデルに由来する。そのモデルは“AE86”という型式名から“ハチロク”という愛称で多くの人に親しまれ、生産終了から30年以上経った今でも愛好者の多い名車だ。
どうしてAE86は人気モデルとなったのか? 人気マンガに登場したこともひとつの要因だが、やはり主因は、コンパクトで軽い車体、ドリフト走行を楽しめる後輪駆動レイアウト、そして手頃な価格という3つのポイントをクリアしていたからだ。だから2012年に発売されたトヨタの新型スポーツカーも、それらのポイントを踏襲。そして車名も、AE86のスピリットを受け継いだことから86になった。
現代の86に関するもうひとつのトピックは、スバルとの共同開発車であり、スバル「BRZ」という兄弟車が存在すること。スポーツカービジネスは今、厳しい現実に直面している。なぜなら、かつてと比べてスポーツカー市場が小さくなってしまったからだ。自動車メーカーは販売台数を稼がないと利益を生み出せないし、もしも、あらかじめ販売台数を見込めないクルマを世に出す場合は、開発費を回収すべく価格を上げざるを得ない。だからトヨタは、単独で低価格のスポーツカーを開発するのはハードルが高いと見て、スバルとの協業によってハードルを下げたというわけだ。
■天井高と着座位置を下げてさらに低重心化
車名にサブブランドの“GR”が追加された新型GR86と、新しいBRZになっても変わらないこと。それは、軽さと低重心を重視した車体設計と、フロントエンジン/後輪駆動というレイアウトだ。特に駆動方式は、GR86とBRZの要。かつてのAE86がそうだったように、後輪駆動車ならではの走り味がこのクルマ最大の存在意義といっても過言ではない。
前輪駆動車や4WD車にも走りの楽しいモデルは多く存在するが、ドリフトを始めとするダイナミックな走りを楽しむなら、やはり後輪駆動車に分がある。世の中から手の届きやすい後輪駆動車がどんどん減っている今だからこそ、この2台の価値はさらに高まりそうだ。
そんな2台の新型を見て、まずは「デザインがカッコよくなったな」と素直に思った。フロント回りはグッと洗練され、初代よりわずかに丸みを帯びたデザインがイマドキのスポーツカーらしい印象だ。GR86とBRZはヘッドライト内部やバンパーのデザインなどが作り分けられているが、どちらもまとまりがいい。
注目したいのはサイドビューで、前後フェンダーの張り出しが強調され、立体的なデザインになったことで存在感が増している。また、フロントフェンダーに設けられたエアアウトレットはしっかり機能するもので、フロントタイヤ周囲の乱気流を抑え、操縦安定性を高める仕掛けが盛り込まれている。
ボディサイズは全長が25mm伸びた一方、全幅は初代と同一。そんな中、ルーフ高(アンテナを除いた天井自体の高さ)が5mm低くなっているのが興味深い。重心高は走行性能を大きく左右する要素。そのため、いっそうの低重心化を図るべく、新しいGR86とBRZは天井高と着座位置を5mm下げているのだ。
新型の車体骨格は、基本的に初代の進化バージョンだ。しかし、組み立て方法の変更によるスポット溶接の最適化や、構造用接着剤の採用(1台あたり16m分を塗布)などによりボディ剛性がアップしている。例えば、フロントの曲げ剛性は約60%、ねじり剛性は約50%と大幅にアップ。こうした強靭なボディは、操縦性を高める上での基礎体力のようなものだけに、新型の走り味に期待が高まる。中には、「フルモデルチェンジなのにプラットフォームは新しくないのか」と、ガッカリした人もいるかもしれないが、走りの能力はプラットフォームが古いか新しいかで決まるわけではない。
走りに関していえば、新型は重量増をわずかに抑えたという点にも注目だ。シャーシの補強や装備の追加などにより、本来なら75kg程度の重量増が見込まれたものの、軽量化によってそれを抑制している。例えばボディのアウターパネルは、ルーフ、ボンネット、そしてフロントフェンダーに、鉄よりも軽量なアルミ材を使用。それらは重量の軽減だけでなく低重心化にも貢献している。
■排気量拡大でイマドキ珍しいショートストローク型に
一方、新しいGR86とBRZでは、エンジンのパワーアップが図られた点も見逃せない。そのために選ばれた手法は、比較的イージーなターボ化ではなく、排気量アップ。水平対向4気筒というエンジン形式こそ変わらないが、排気量を従来の2リッターから2.4リッターへと20%拡大している。これによりMT車の最高出力は、初代の207馬力から235馬力へとアップした。
排気量拡大の手段は、ストロークはそのままにボアを拡大するもので、結果、イマドキ珍しいショートストローク型のエンジンとなった。また、最高出力の発生回転数は7000回転というから、高回転域まで回して楽しめるパワーユニットであることが予想される。
トランスミッションは、6速MTと6速ATから選択できる。開発者によると、新型はATの制御が進化し、より走りを楽しめるようになったということで、「ぜひ乗って試して欲しい」と自信のあるコメントが聞かれた。
また、AT車限定となるが、先進の運転サポートシステム“アイサイト”が搭載されることも新型のトピックだ。アイサイトはステレオカメラを活用した衝突被害軽減ブレーキを始めとする安全機能の総称で、時代のニーズに対応したことの意味は大きい。
新しいGR86とBRZに搭載されるアイサイトは、クルマのキャラクターを考慮し、ドライバビリティ向上と軽量化のためにステアリングアシスト機構は非採用となるが、安全性が高まるだけでなく、ACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)搭載による高速巡行時の疲労軽減もうれしいところだ。バリバリのスポーツカーとしてではなく、スポーツクーペとしてこの2台を所有する人にとっては待望の装備といえるだろう。
先述したように、現在のスポーツカービジネスは明るいものではない。だから強い信念を持って展開していかなくては継続するのが難しい。そんな中、終了という判断をせずに新型を開発し、育てるという決断を下したトヨタ自動車とスバルに対し、ひとりのクルマ好きとして大きな拍手を送りたい。
世の状況を鑑みれば、もし数年後に次世代モデルが登場したとしても、それはピュアなエンジン車ではいられないと思う。つまり、間もなくデビューするGR86とBRZは、最後のピュアガソリン・スポーツカーとなる可能性が高い。
文/工藤貴宏
工藤貴宏|自動車専門誌の編集部員として活動後、フリーランスの自動車ライターとして独立。使い勝手やバイヤーズガイドを軸とする新車の紹介・解説を得意とし、『&GP』を始め、幅広いWebメディアや雑誌に寄稿している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
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