■酒肴も握りも、唯一無二の美味を指向する
「蒸物、揚物だけでなく、ウチは何でもやります。もちろん、煮物、刺身、焼物も」
そう言って、佐野さんは笑います。寿司店ですが、揚物はしないなど、寿司屋の既成概念に固執せず、美味しいと思えば、柔軟に提供する。こうした姿勢は、きっと祖父の代から続く仲買の家に生まれ、幼い頃から魚に親しんできた佐野さんの出自も関係しているのでしょう。
その日仕入れた、旬の鮮魚を最も美味しく食べてもらうにはどうすべきか。その一点だけを考え、酒肴から握りヘと至る、おまかせの流れを組み立てているのです。
「寿司屋を志したのは18歳のときでした。実家の配達先に寿司屋があって、そこで食べさせてもらった握りの美味しさに衝撃を受けまして。『ウチの扱う魚がこんなに旨くなるのか!』って(笑)」
この日の握りでは、足先がピンと立って立派なトリガイのほか、プクプクの身をいくつも合わせて “握った” アサリも登場。アサリは塩で茹でてあり、本来の滋味がダイレクトに感じられます。甘辛いツメを塗って軍艦にする寿司店が多い中、驚きます。
さらに目を見張ったネタが鮎でした。
「酢で締めて、うるかをのせています」
鮎の切り身を握った寿司とは、ほかのどんな寿司店でも出合えないかもしれません。
「ウチにしかない料理。それは意識しています」
そう、佐野さんは「この店を目指して来てもらうため」に、ほかでは味わうことができない美味を指向しているのです。江戸前の流儀から逸脱せずに、独自性を追求する。それが佐野さんのポリシー。これから夏になれば、鱧の握りも登場するとのこと。
「最近は良い物が入らなくなってきたから、今年、できるかどうかはわかりませんが」と断りつつ、ハゼだって握ると言います。
春夏秋冬、季節が巡る度に、いろいろな鮮魚が佐野さんの手によって、ほかの寿司店にない酒肴、握りとなって登場。それこそゲストが『寿司 一』へ折に触れて通いたくなる理由なのです。