ファンならずとも、今回のカル・レイモン新作「マジェスティ」の発表は時計好きにはうれしいニュースとなりそうだ。昨今人気の高いラグジュアリースポーツウォッチ(=ラグスポ)。オーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」や、パテック フィリップの「ノーチラス」に代表されるラグスポは、スポーティでありながら薄型で、素材にステンレススチールを使用したシャープなイメージのモデルも多く、フォーマルにもカジュアルにも使える時計として支持されてきた。
これまでムーンフェイズをブランドのアイコンとして、オーセンティックなドレスウォッチをリリースしてきたカル・レイモンが、ラグスポを開発。沸騰気味のラグスポブームに一石を投じるべく、クラウドファンティング・Makuakeに挑戦する。今回、ブランド創設者のふたりに開発にかける意気込みを聞いた。
■ブランド立ち上げの翌年にはじまったラグスポの開発
クラシックは手に届かない存在になってはならない ―BACK TO CLASSIC―。
このブランドコンセプトに込められたカル・レイモンのメッセージは、ブランド初となるラグスポモデルにもしっかりと受け継がれていた。今回、ブランド創設者のふたりの話を聞いてまず驚いたのは、「マジェスティ」の開発がブランドを立ち上げた2017年の翌年には始まっていたということ。
「デザインに着手したのは2018年、2作目のモデル『Classic Simplicity』より前から企画していました」
ここ数年のラグスポの人気ぶりは、とどまるところを知らない。冒頭で述べたオーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」や、パテック フィリップの「ノーチラス」といった雲上ブランドのモデルは、数百万円から数千万円といったプレミアムな価格で取引されている。
これに続けとばかりに、ハイブランドをはじめ多くのブランドがラグスポをリリースしている。ラグスポブームは様々に波及し、カシオが発売した八角形のベゼルが特徴的なモデルが、「ロイヤル オーク」とかけて“カシオーク”と呼ばれるといった現象も起きている。
時計業界を賑わすラグスポだが、カル・レイモンのふたりが「マジェスティ」の開発をはじめた2018年当時は、今ほど騒がれる存在ではなかった。そもそも、ブランドコンセプトの「BACK TO CLASSIC」から考えると、ブランド立ち上げ当時からラグスポの開発をしていたことは、意外でもある。
「ラグジュアリースポーツの歴史を紐解いてみると、時計界の巨匠であるウォッチデザイナーのジェラルド・ジェンタ(「ロイヤル オーク」「ノーチラス」ともにジェンタがデザインした)に行き着きます。それまで、ドレスウォッチの素材は金かプラチナでしか作られておらず、スポーツシーンでも、ドレスウォッチとしても使える万能な時計はありませんでした。そんな時代にジェンタは、素材にステンレススチールを使ったスポーツウォッチをはじめて作り上げたのです」
そうして1972年に世に送り出されたのが「ロイヤル オーク」だった。
「私たちは、スチールの時計におけるクラシックな時計を作りたいと思いました。それがラグジュアリースポーツだったのです。それに、ラグジュアリースポーツはどれも高価で手に届かないものばかりでした。クラシックを手の届くものにしたいという思いもあり、クラシックの代名詞でもあるムーンフェイズも採用したラグスポの開発をはじめました」
■絶対に譲れなかった、インターチェンジャブル
ラグスポが世に誕生した頃は、スチールの切削なども手作業だったため加工費が高く、素材に金やプラチナを使用したドレスウォッチよりも高価格だった。今では高度な切削技術もあり、スチールも扱いやすい素材となっている。スチールという素材も、カル・レイモンのふたりにとって、価格を抑えることができる要因と考えられた。ところが、開発をはじめてすぐに、道のりの難しさに直面したという。
「デザイン面ではとても苦労しました。世にあるラグスポのデザインを勉強し、参考にしながらカル・レイモンらしいデザインにするにはどうしたらいいか。どうしても過去の名作に寄ってしまいそうになるんです。ハイエンドな佇まいを感じさせながら、手頃な価格であるという価値をケースやベゼルに落とし込むのは本当に大変でした」
結局、デザインが完成するまでに2年もの月日が流れた。そして、トータルで3年かかった開発期間のうち、残りの1年もカル・レイモンらしいこだわりの実現に費やすこととなった。
「今回の『マジェスティ』では、もうひとつ、ハイブランドがよく採用する機構でもある“インターチェンジャブル”も絶対に採用したかったんです」
時計のストラップを付け替えられる“インターチェンジャブル”は、ファッションや気分に合わせて気軽にストラップを替えられることから人気がある。ただ、この機構を採用しているモデルは、価格が高いハイエンドモデルでの採用が多い。
「構造的に、チャレンジしてできない技術ではないと思いました。それに、インターチェンジャブルの価値はとても高いと考えています。今回、『マジェスティ』では、メタルのブレスレットのほかに、ラバーベルトもリリースします。ベルトを付け替えられなければ、ブレスレットの時計とラバーベルトの時計を1本ずつ買うしかありません。インターチェンジャブルであれば、気分に合わせて簡単にベルトを付け替えられます。それをリーズナブルな価格で出したいと思いました」
ラグスポのベルトを付け替えることで、印象は大きく変わる。ブレスレットであれば、スポーティな精悍さはありながら、フォーマルな雰囲気でスーツにもよく似合う。一方、ラバーベルトにすることで、よりスポーティさが増すため、休日のカジュアルな洋服にもすんなりハマってくれるのである。
「インターチェンジャブルも、実際に作り始めると予想を遥かに超えた難しさがありました。それでも、サンプルができたとき、価格を抑えて作ることも不可能ではないということがわかったのです。試作を何度も繰り返しましたが、インターチェンジャブルを採用しないのであれば、『マジェスティ』を出さないという強い気持ちで開発を続けました」
■「マジェスティ」を持つ人に1本で2本分の楽しみを
彼らのインターチェンジャブルへの強い気持ちについて聞くうちに、あることが思い出された。それは、カル・レイモンのアイコンでもある「ムーンフェイズ」の月の色へのこだわりだ。多くのブランドは月の色を「金」や「黄色」で表現してきた。それは暗黙の了解であり、半ば固定概念とさえされてきた。
ところが、カル・レイモンが求める月の色はまったく違っていた。その提案を実現させるために、工場の担当者を時間をかけて説得する必要があった。結果、彼らの希望は受け入れられる。その鈍色のような落ち着いたグレーの表現により、カル・レイモンのムーンフェイズは、ブランドの存在価値を高めると同時に、固定概念を壊し、伝統のスタイルの中に新しい価値を生み出すこととなった。
今回のインターチェンジャブルに感じたのも、これと同じなのではないだろうか。ハイエンドのモデルに採用されている機構をリーズナブルな時計にも搭載する。そこに大きな苦労があったとしても、愛着のある時計のベルトを付け替えることで、まるで2本の時計を所有しているかのような満足感を得られる。「マジェスティ」を持つ人には、そんな喜びを手にして欲しい。カル・レイモンの二人からは、そんな思いが伝わってきた。
クラウドファンディング「Makuake」では、Makuake限定モデルとしてステンレススチールをPVDコーティングしたオールブラックのモデルが登場する。オールブラックの引き締まった印象だが、インデックスと針をゴールドにすることで、ラグジュアリーさを残している。Makuakeのリターンでは、すべてのモデルで付け替え用のラバーストラップが付属。
これで3万円台とはインターチェンジャブルに込めたカル・レイモンの想いが伺える。
ブラックモデルも共通だが、使用している素材は、耐食性にすぐれ、医療用器具にも採用されている抗アレルギーステンレススチールの「316L」のため、肌が敏感な方でも安心して着用できる。
カル・レイモンでは初となるブレスレットモデルの「マジェスティ」。高いデザイン性、細部へのこだわりを備えていながら、価格は驚くほどのリーズナブルさを実現している。Makuakeでは500本のみ用意される。必ずや所有欲を満たしてくれるであろうカル・レイモンのラグスポ「マジェスティ」をコレクションに加えてみてはいかがだろうか。
(取材・文/頓所直人 写真/湯浅立志(Y2) スタイリング/宇田川雄一)
衣装協力…▲アルファ インダストリーズのMA-1ジャケット/2万350円(エドウイン)