■かわいいクラシック
僕は元々、どんなものでもクラシカルで小さいものやかわいいもの、それでいて精密で本格的なものが大好きだった。
お気に入りのものをひとつ所有していたとして、それの小型バージョンが存在すると無性に欲しくなってしまうのだ。
だから、いつのまにか親子みたいなコンビのものが増える傾向がある。
自転車も例外ではなく、ホイールの小さな、いわゆるミニベロも昔から気になっていた。
■アルプス ミニベロ16
前回の記事(暮らしのアナログ物語【13】)で紹介したアルプス・ローバーを1997年に作ったあと、この自転車を使って2本の映画(『流れ者図鑑』『白THEWHITE』)を制作した。アルプス・ローバーは頑丈な戦車のような自転車で、ハードなアウトドアでの使用を前提とした機種だった。
人間、反動というものがある。
気持ちの中でバランスを取ろうとするのだろうか?
今度はローバーとは正反対の、都心を前提にしたお洒落なお散歩自転車が欲しくなってしまった。普段の都心生活の中で、気分の良い時にだけお散歩して都心の毒を解毒するような自転車。
そんな自転車が欲しくなり、俄然、ミニベロの存在が浮上した。
ハードな旅ではなく、山に行くわけでもなく、長距離を走る事も無いので、ホイールは小さくて十分。またホイールが小さい方が都心などのゴチャゴチャした場所では取り回しが良く、都心の狭い部屋でも置き場のスペースを取られないで済む。
また、当時、この自転車で自分としては初のクラシックパーツを付けて楽しんでみたい、と言う願望もあった。
小さいホイールもいくつかの種類があるが、通常スタンダードなのは20インチ
のホイールだろう。
しかし、さらに小さい16インチのホイールを使用したクラシカルなダイアモンドフレームの自転車の姿を、資料の自転車専門誌で見かけ、その自転車のダックスフンドのような佇まいに、目が釘付けになった。
「こんなにかわいい自転車が存在してたんだ?」
それまではホイールの小さな自転車と言うと、アレックス・モールトンぐらいしか知らなかったので、楽しいクラッシックパーツを使用し、ダイヤモンドフレームをそのまま伸ばして妙に魅力的なアンバランスな形にした、そのタイプの自転車はひどく魅力的に思えた(今でこそ似たようなスタイルのミニベロはブルーノやビアンキなどで見かけるが、当時は皆無だった)。
まだクラッシックパーツや仕様などの知識はほとんど無かったが、一生懸命イメージをイラストに起こしてみた。
こうして、ローバーを作ってから4年後の2001年2月、再びアルプスに出向き、制作を相談した。アルプスでは20インチのミニベロは制作していたが、16インチのミニは初めてだった。店主、萩原氏の指示のもと、若干の仕様変更をして制作は開始され、同年7月に完成した。
ローバーはセミオーダー形式だが、このミニベロは1からの制作で、自分の初めての「フルオーダー」であり、クラシックパーツを使用した初の自転車となった。
また、アルプスの60年の歴史の中では16インチのミニはこれしか存在せず、思わぬレアな宝物になってしまった。
■自転車のダックスフンド
ミニベロという自転車は日本特有な車種な気がする。
海外ではあまり見かけない。
モールトンなどの例外もあるが、モールトンは小さいホイールでも「走るため」の車種であり、ここで語るミニベロとは少し異質だ。
日本で言うミニベロは、都心で生まれ都心で威力を発揮する自転車なのだろう。また、日本人の器用な小さなもの好きも関係しているのかもしれない。
ローバーがタフなエスキモー犬だとしたら、このミニ16は、ダックスフンドなどの室内小型犬のような存在だろう。
今年で16年目のこの自転車は、もちろん今でも玄関先で静かに出番を待っている。
普段の出番は少ないが、主に春先や、心が沈んでいる時、また心が傷ついた時などは、この自転車に美味しいパンや飲み物を積んで、ひとりこっそりと出掛ける事にしている。
ギスギスした都会を生きていくには、心のバランスを保たねばならない。そんな意味で、絶対なくてはならない自転車と化していた。
この自転車は僕にとっての「しあわせの小さい青い鳥」なのである。
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(文・写真/平野勝之)
ひらのかつゆき/映画監督、作家
1964年生まれ。16歳『ある事件簿』でマンガ家デビュー。18歳から自主映画制作を始める。20歳の時に長編8ミリ映画『狂った触覚』で1985年度ぴあフィルムフェスティバル」初入選以降、3年連続入選。AV監督としても話題作を手掛ける。代表的な映画監督作品として『監督失格』(2011)『青春100キロ』(2016)など。