■N-BOXの走りはライバルを圧倒する!
しかし、新しいN-BOXの中身は、とんでもないことになっていた。
まず、フルモデルチェンジの手法だが、アッパーボディはもちろんのこと、プラットフォームやエンジンまで、すべて完全新設計。大幅リファインによる新設計ではなく、白紙から設計し直した“完全新設計”というのがすごい。1世代限りですべてを刷新するのは、プレミアムブランドの車種やスポーツカーといった特別なモデルでなければ、とても珍しいことだ。
エンジンは、ボア×ストロークが従来の64.0×68.2mmに対し、新型のそれは60.0×77.6mmとロングストローク化。ロングストロークにすると低回転域のトルクが太くなり扱いやすいエンジンとなるが、高出力化は難しい。しかし新型では、自然吸気エンジンに、低回転域と高回転域とでバルブの開閉タイミングとリフト量がそれぞれ最適になるよう制御し、吸排気効率を高めて高出力化する“i-VTEC”を搭載。一方、ターボエンジンには、過給圧を最適にコントロールしてレスポンス向上や低燃費に寄与する“電動ウェイストゲート”を採用している。新技術を搭載しているからすごい、というわけではないが、見えない部分にもしっかりコストをかけていることに驚かされる。
パッケージングも恐れ入る。先代でもクラストップだったN-BOXの室内空間は、新型ではさらに、前後席間の距離(飛行機でいうシートピッチ)が25mm伸び、ラゲッジスペースの奥行きも25mm拡大している。軽自動車は、全長3400×全幅1480mmという枠(制約)の中でつくられていることはご存知のとおりだが、新たなスペースを捻出する場所が、どこにあったというのか? まさに、キツネにつままれたかのような不思議なパッケージングに驚くばかりだ。
また、守りに入った(と感じた)スタイリングとは対照的に、チャレンジングなのがシートアレンジ。最大のライバルであるダイハツ「タント」をはじめ、このクラスでは前席に、左右席間に溝のないベンチシートを採用したクルマばかり。N-BOXも先代は同様だったが、新型ではベンチシート仕様を残しながら、新しい選択肢を提案してきた。それが“スーパースライドシート”だ。運転席と助手席とが独立した、見慣れたセパレートシート仕様だが、助手席には570mmのロングスライド機能を組み込んでいるのが特徴。新型はこのスーパースライドシートにより、ベンチシートを採用する従来のスーパーハイトワゴンではできなかった、前後ウォークスルーを可能にしている。
その結果、狭い場所でリアのスライドドアから乗り込んで運転席に移動したり、後席に装着したチャイルドシートに赤ちゃんを乗せてから運転席に移動したりといった、軽自動車の新しい使い方を提案している。ギミック的にも、邪魔にならないよう助手席スライドレールが床に埋め込んだり、スライド位置を問わずシートベルトをきちんと装着できるよう助手席シートベルトをシート内蔵式にしたりと、細部までしっかりとつくり込まれている。
軽自動車のスーパーハイトワゴンは、競合ひしめくクラスだけに、タントの“ミラクルオープンドア”など、ライバルに差をつける飛び道具で顧客のハートをつかむことが求められる。その点、新型N-BOXのスーパースライドシートは、このクルマの特徴のひとつになっているし、もし筆者が購入するなら、迷うことなくベンチシート仕様ではなく、スーパースライドシート車を選ぶ。
一段と完成形に近づいたパッケージングや新しいアイデアと並んで、新型の驚くべきポイントとして挙げておきたいのが、充実した先進安全運転支援システムだ。“ホンダ センシング”と呼ばれる、自動ブレーキをはじめとする10の機能を備えるが、新型において強調しておきたいのは、大きくふたつ。ひとつは「軽自動車だから」という言い訳なしに、ホンダの最新・最上級のシステムがおごられていること。そしてもうひとつは、ホンダ センシングを廉価グレードまで含め、全グレードに標準装備してきたことである。「安全性能の優劣はクルマのヒエラルキーには関係ない」という、安全に対するホンダの思想を感じさせるトピックだ。
作動条件が約30km/h以上なので、渋滞などでは使えないものの、ドライバーがアクセルやブレーキの操作をしなくても、前方を走る車両に合わせ、速度を自動調整するクルーズコントロールまで全グレードに備わるのだから、本当に素晴らしい。
走りは、いい意味で期待をあっさりと裏切られた。このクラスは車体が重いため、どのモデルも自然吸気エンジンは動力性能にゆとりがなく、街中を走るのには問題ないけれど加速が頼りない、というのが定説だ。そのため、高速道路やバイパスなど幹線道路の合流では、心もとなく感じる。
だから新型N-BOXに対しても、走りは多くを期待していなかった。しかし、走り始めてすぐに「おや?」。自然吸気エンジン仕様だったにもかかわらず、低中回転域のトルクが増したことで、アクセル操作に応じて期待どおりに加速。運転中の加速に対するストレスや不安から解消されているのである。そんな安心感は、このジャンルの自然吸気エンジン車ではこれまでなかったこと。エンジンを刷新した効果は、誰でもすぐに感じられるメリットとなっている。
一方、ターボエンジン仕様はさらに加速が力強く、合流時の不安などが完全に払拭されている。だから、街乗りだけでなく、幹線道路や高速道路を走る機会が多いなら、ターボ仕様がオススメだ。もちろん、車両価格は高いが、実際の燃費は自然吸気仕様とそう大きく変わらない。
軽自動車のスーパーハイトワゴンは、車幅が狭い割に背が高いため、重心が高くなりがち。その分、街の交差点や、曲がる半径の割に速度が高い都市高速のコーナーなどでは、曲がるたびにグラッと車体が傾き、不安を抱くことが多々ある。その点、新型は、そういった不安感がかなり緩和されているのも印象深い。また、高い重心を支えるために、スーパーハイトワゴンではサスペンションを固め、乗り心地が悪くなりがちだが、新型はその点でも優れている。
加速もコーナリングも、そして乗り心地も、新型N-BOXの走りはライバルの中で最良だと断言できる。しかもダントツで! 単に新しい、というだけではなく、開発目標値が高いレベルにあったことは間違いない。
新型N-BOXを語る上で外せないのは、そうしたつくる側の「どんなクルマをつくりたいか」という心構えだろう。クラスを超えた走りと、コスト上昇を恐れず、ホンダの中で最新のシステムを全グレードに標準採用した先進安全デバイス。それらを始め、ひしひしと感じる妥協のない貪欲なモノづくりの姿勢は、クルマ全体、例えば、運転時に常に身体が触れて乗り味に直結するフロントシートや、握り心地のいいハンドルにまで貫かれている。中でもフロントシートは、骨格にゆとりを持たせて厚いクッションを組み込むなど、普通車と同等の構造を採用。ロングドライブでも安心・快適の構造で、そこには一切「軽自動車だからこの程度で…」という感覚が見当たらないのだ。
新型N-BOXの開発に当たり、開発陣は「最高の軽自動車をつくろう」とは考えていなかったはず。優れた軽自動車をつくろうとしたのではなく“サイズが小さい乗用車”を本気でつくり上げたのだ。そこには「軽自動車だから」という割り切りや妥協は微塵もない。
スタイリングは“守り”と思わずにいられない新型だが、中身は驚くほど意欲的で攻めていて、ライバルを大きくリードすると同時に、“軽自動車”というクラスを超えた乗り物だった。
内外装の仕立ては、従来どおりプレーンな標準仕様のほかに、エアロパーツ&上級仕様で黒内装の「カスタム」を設定している。筆者なら、スタイルは標準車が好み。グレードは、スーパースライドシートにターボエンジンを組み合わせた「G・EXターボ ホンダ センシング」を選ぶだろう。
<SPECIFICATIONS>
☆G・Lターボ ホンダセンシング(FF)
ボディサイズ:L3395×W1475×H1790mm
車重:910kg
駆動方式:FF
エンジン:658cc 直列3気筒 DOHC ターボ
トランスミッション:CVT(自動無段変速機)
最高出力:64馬力/6000回転
最大トルク:10.6kg-m/2600回転
価格:169万5600円〜
(文/工藤貴宏 写真/&GP編集部、本田技研工業)
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