■ターボとスーパーチャージャーをダブルで搭載
M256型エンジンとは、メルセデス・ベンツが新たに開発した3リッターの直列6気筒エンジン。日本に投入されるS450には、コレに電動スーパーチャージャーとターボチャージャーを組み合わせたユニットが搭載されます。
一方のISGは、エンジンスターターの役割を兼ねる電気モーターと、発電機の機能を併せ持つデバイス。コレを、M256エンジンとトランスミッションとの間に挟み込んでS450の発進を手助けし、減速時にはエネルギーを回収します。つまり、ハイブリッド化ですね。
新開発のエンジンの、低回転域、高回転域を、それぞれ異なる過給器でカバーし、さらに、パワーユニット全体をハイブリッド化する…。もう、手持ちの札をすべてブチ込んできた感がありますね!
もう少し詳しく見てみましょう。まずエンジンの素性ですが、3リッターの直6ということは、1気筒当たりの排気量は約500cc。これはワタシの経験則として、最も効率のいい排気量です。シリンダーの壁には、メルセデス・ベンツのスポーツ部門“AMG”由来のコーティング(スチールカーボン材の容射コーティングなど)が施され、摩擦の低減が図られます。ボア×ストロークは83×92mm。同じく3リッターの排気量を持つV6エンジンと比較すると、ロングストローク化=つまりトルクを重視し、実用上、あまり回さなくても済むタイプとなりました。エンジンを高回転まで回すと、燃費が悪化しがちですからね。
かつて、ラリーマシンの最終兵器(!?)と見なされていた過給器の2種併用ですが、21世紀の今は、もちろん燃費向上(=CO2排出量の低減)のために採用されます。ガソリンエンジンが本来の力を出しにくい低回転域では、電動スーパーチャージャーが吸気を補助し、排気圧が上がってターボチャージャーがしっかり作動する領域になると、こちらにバトンタッチするのです。
こうしたエンジン単体のアウトプット平準化に加え、M256ユニットとペアを組むISGが、さらにシステム全体の効率化を下支えします。
ISGシステムは、おおまかに見ると、ホンダの“IMAシステム”と同系列のパラレル型ハイブリッドシステムです。直6エンジンと9ATに挟まれたISGがモーター/発電機として働き、リアシートとラゲッジスペースの間に置かれたリチウムイオンバッテリーとの間で電気のやりとりをします。
特徴的なのは、永久磁石を使う薄型モーターの最大トルクが、25.5kg-mと強力なこと(最高出力は21.5馬力)。IMAシステムがデビューした頃は「1気筒分をモーターが担当する」といった説明をよく聞きましたが、ISGの場合、いわば2.5リッターエンジン級のトルクをモーターが供給するわけです。モーターだけの駆動が可能なトヨタ「プリウス」ですら21.1kg-mですから、モーター単体でクルマを動かすことがない、S450に使われるモーターのトルクの太さは印象的。ISGシステムは、メルセデス・ベンツのフラッグシップセダンを骨太に後押しするのです。
ISGは、電気モーターとして動力を補強し、減速時には回生ブレーキによる発電を行ってエネルギーを回収するほか、アイドリングストップからの再始動時には、スターターとして働きます。面白いのは、発進時のサポートのみならず、アイドリング時にもエンジンの回転を手助けすること。その結果、アイドル回転数を520回転に抑えることができました。わずかな燃料消費をも減らしたいという、エンジニアの方々の執念が感じられます。
また、エアコン、ウォーターポンプなども電動化されたため、各種補機類のベルト駆動が廃止され、エンジンのコンパクト化に貢献しています。開発当初からISGが組み込まれた恩恵ですね。電気システムは、新たに採用された48Vと、これまでの12Vが併用されます。
説明の順序が逆になってしまいましたが、メルセデス・ベンツのエンジンとして、ほぼ10年ぶりに直列6気筒エンジンが復活してきた理由として、生産システムの改善が挙げられます。実は、新しいストレート6は、直列4気筒エンジンと同じラインで生産されるのです。
さらに、4気筒と6気筒はモジュラー化され、開発と生産コストが圧縮されました。新たな生産設備が必要ないのであれば、ヘッドメカニズムが左右にふたつ必要となるV型エンジンよりも、直列エンジンの方が作りやすい、と判断されたのでしょう。
ところで、V6エンジンと比較して、全長が長くなる直列6気筒エンジンでは、衝突安全性が気になります。そもそも、世のニューモデルから一斉にストレート6が姿を消したのは、この衝突安全性の確保が難しかったから。こうした不安に「エンジンがコンパクト化し、クルマのサイズが拡大したので、問題ない」と、メルセデス・ベンツは応えます。
新しいS450のボディサイズは、全長5125mm、全幅1899mm、全高1493mm。これは1990年代に「あまりに巨大だ」と批判された3世代目のSクラス(W140型)をすっぽりカバーできる大きさです。大きく、重く、贅沢なクルマを、これまでどおり、しかし環境に優しく走らせなければならない…。エンジニアの方々の苦労が偲ばれると同時に、この矛盾がまた“クルマという存在の面白さ”であり、ある意味、技術進歩の原動力でもあるわけです。