「 黒く塗れ」。僕のライカM4ブラックペイント ー映画監督・平野勝之「暮らしのアナログ物語」【27】

黒いカメラが好きだった。

なぜなのか? はいまだにわからない。単に見た目が好きなのだろうけど、よく考えてみるとフィルムの写真機は「暗箱」と言われ、内部に「完璧な闇」を持っていないと無事に写ることはない。

つまり最初からカメラというのは陰険なものとして運命付けられているようにも思う。だからというわけでもないのだけど、自分の中ではなぜか「カメラは黒くなければならない」という基準がいつの頃からか、できあがってしまっている。だから自分のカメラはシルバーなどと選べるようなら可能な限り「黒」を選んでいる。

 

■ライカの黒

小型カメラの元祖であるライカだが、1920年代~’30年前半ぐらいの最初期のバルナックタイプのライカは、艶のある凝った黒色塗装であった。

これは、ライカは元々顕微鏡のメーカーであり、当時の顕微鏡などの機械類は黒い塗装が一般的であったからだ。

これが’30年代中頃から戦後になると、シルバークローム仕上げがカメラの全般的な主流となった。

カメラの仕上げにも大きな流行があるようだ。

従って、この頃から黒い塗装のカメラは逆に珍しくなっていった。

しかし、有名な写真家アンリ・カルティエ・ブレッソンが、シルバーは目立つからと黒のテープをカメラに貼ったり、戦場に行くようなプロカメラマンたちの要望で、当時のエルンスト・ライツ社(現在はライカ社)はあくまで目立たない特殊な色として黒塗装のカメラをプロ用として少数供給していった。

日本でもニコンはプロ用と称して黒のニコンS型を少数供給している。

このあたりの事情も「目立たず身を潜めて撮る」という陰険な思想が、実はカメラの本質を最もよく表しているのではないか? と思えてきて興味深い。考えすぎだろうか?

当時のエルンスト・ライツ社は、これ以外の特殊な色として軍からの要請でオリーブドラブ、グレイ、黒を供給しているが、これは軍の場合、全ての機器を統一した色にする必要があったためである。

そして’60年代後半になると、ブラッククロームの塗装がライカに採用された(これは、最初はアメリカ陸軍通信隊用のKE-7AというライカM4の軍用バージョンに使用された)。この黒色は、それまでのブラックペイントとは違い、塗ってあるのではなく黒のメッキ処理を施してあり、艶がなくペイントよりも丈夫。傷も付きにくく、大量生産するならペイントの手作業を省略することができるため、’70年代に入ると今度はブラッククロームの塗装がライカだけではなく他社のカメラでも一般的になり、現在に至っている。

 

■僕のライカM4ブラックペイント

さて、僕のライカである。

僕の最初のライカは2000年にリアルタイムで購入したライカM6TTL(2000年記念ミレニアムブラックペイントモデル)である。

このカメラに関してはすでに本連載記事に記したので、よろしければ、そちらをお読みいただければ嬉しく思う。

>> 長く付き合える機械式カメラvol.1 僕の16年選手、ライカM6TTL ー映画監督・平野勝之「暮らしのアナログ物語」【10】

M6TTLを使用してから約8年。

このM4ブラックペイントをかなり無理して購入した。

以前から1台は、ぜひライツ黄金時代のライカ('60年代ぐらいまで)を欲しいと思っていたのが最大の理由だが、僕の場合、ライカはそうそう買えるものではなく、また、どうせ買うなら状態の良いブラックペイントが条件。新品未使用とは言わないまでも、オリジナルでしっかり塗装が良い状態で残っているものが欲しかった。

なぜなら長い付き合いになるだろうから、1から自分の手で「育てていきたい」と思っていたからだ。

また、使い込まれたブラックペイントの機械式カメラ(特にライカ)は、素晴らしい存在感を示すのを知っていたため、ぜひ自分の手で最初から扱っていきたかったのである。この長い楽しみが味わえるのも、黒好きになった理由でもある。

▲2018年に出版された豪華な洋書『BLACK PAINT LEICA』Douglas so著。ブラックペイントのライカのみを集めた395ページオールカラーの凄い本。使い込まれた黒塗りのライカがたくさん掲載されている

 

機種はM4が一番好みであるし、M3やM2のオリジナルブラックペイントなどの状態の良いものは、数が少なすぎてコレクターズアイテムと化して金額的にも現実離れしているので、最初からあきらめていた。仮に購入できたとしても貴重すぎて使う勇気はなかっただろう。

その点、M4のブラックペイントならば、高額には違いないが、M2やM3のオリジナルブラックほどではなく数もあった。

それにやはり機能的にはM4が完成度も高く、デザインも自分的にはM3やM2よりも好みだった。

M4はブラッククロームモデルも出しているが、僕が欲しかったのはブラックペイントの方だった。

M6TTLミレニアムモデルのペイントは最初から光沢のあるブラックで、艶がありバルナックタイプの頃のブラック塗装に近いと言われている。

対するM4のオリジナルブラックは最初は光沢があまりなく、半艶状態で使い込むと艶が出てくるタイプだった(これはM2もM3のペイントも同じである)。

一見同じように見えるブラックペイントだが、この差も黒好きとしては黒の種類が増えるようで魅力だった。

▲M6TTLミレニアム(上)とM4ブラックの塗装はかなり違う。ミレニアムモデルは最初から光沢がある。M4は最初は半光沢

そして機能的にはセルフタイマーが付いているのが自分には良かった。

M6TTLはセルタイマーが付いていない。自転車旅で三脚を据えて自分撮りをしなければならない人間にとってセルフタイマーは重要機能のひとつだ。

M6TTLではそのため、外付けのセルフタイマーを使用したが、あまり使いやすいものではなく、カメラに内蔵されている方が圧倒的に使いやすかった。

そして2008年の末、老舗の銀座三共カメラでこのM4を発見した。

箱付き、なんとシュミットの正規国内販売品で証明のカードも付いており、かなり状態が良いものだった。

▲箱、ギャランティ、なんと当時国内代理店であったシュミットの証明カードまで付いていた。もちろん番号も一致している

何せ大きな買い物となるため、購入する前に細かく各部をチェックした。

ブラックペイントのM4のお約束は頭に入っていたのでひとつひとつ検証した。

アクセサリーシューの5つのビスとシャッタースピードダイヤルのビスが黒かっ
た。ここは本来シルバーのビスが付けられているはずだった。

▲通常、オリジナルのM4は、このようにアクセサリーシューとシャッタースピードダイアルのビスはシルバーである。ここが変えられているとオリジナルではない可能性がある

▲このM4はアクセサリーシューとシャッタースピードダイアルのビスが黒だった。しかし検証の結果、オリジナルと判断。古いペイントのビスを使用したと思われる。こちらの方が精悍。時々、定番違いがあるのがライカの厄介なところ

時計用のルーペで仔細に観察すると、ボディのペイントと同じ質のペイントで処理されていて、ボディとも異和感はなく、後で付けられたものではないオリジナルだと判断した(ライカは時々、定番違いのデティールが存在する。いわゆるガチャ組みでないかを見分けなければならない)。

以前、ビスがブラッククロームに変えられているのを見たことがあったからだった。

塗装は左肩の後ろに少し傷らしいものがあったが、ルーペでよく見ると経年による塗装の浮きで、傷ではないことが判明しm塗装もオリジナルであることがわかった。推測だが、おそらくコレクターの方が、さらに良い状態のものを入手したためこれを手放したのではないかと思われるが、そのあたりの確証はない。

何はともあれ、オリジナルの確信を得たので、貴重なお気に入りの古い時計を3本も売って、めでたくこのM4は僕の元に来ることになった。僕にとってはそのぐらい欲しいものだった。

▲その後、レンズはもちろん、アクセサリー、ストラップも同時代で揃えていった。長い期間をかけて探し出した。ペイントのMRメーター、シュミットのシャッターボタンは貴重。こういうのを集めたくなるのがライカの地獄である

1969年製。

そして、このM4が生まれてピッタリ40年後の2009年1月1日。

この日から使用を開始した。

自分の部屋の窓から初日の出を撮影したのが、このカメラのファーストカットとなった。

 

■黒いリアリティ

以来、約10年。

僕のM4は、今年で18年目のM6TTLミレニアムブラックと共に活躍している。

少しづつ塗装が剥げてきているのが、何か、自分のオリジナルの姿になっていくようで使っていて楽しい。

その後、レンジファインダーのライカは購入していない。

自分の場合、デジタルライカは完全に無視である。

それに、仮にたくさんお金があったとしてもライカをたくさん欲しいとは思わない。買ったとしてもせいぜい10年間に1台で良いと思っている。実はもう1台だけ欲しいライカはあるが、かなりの高額なので手が出せないでいる。もし入手できたら、おそらくそれで上がりになるだろう。

今はデジタルカメラも黒色は普通である。

しかし、デジタルの場合、元々闇を持っていないせいか、黒色に凄みが出ないような気がして、自分的には魅力をあまり感じられないでいる。

カメラボディの黒が、陰険なリアリティを持っていた時代はカメラの黒色はどのように人々の目に見えただろう?

場合によっては、今よりはるかにドスが効いたこわいものに見えたかもしれない。

また、闇がないと成立しないフィルムというメディアは、心のありように似てはいないだろうか?

誰の心にも闇はある。

だからフィルムが魅力的に感じるのだろうか?

そんな闇を内包するカメラという機械は、やはり黒い色がふさわしい気がする。

ローリング・ストーンズは正しいと思う。

「黒く塗れ」

 

>> [連載]暮らしのアナログ物語

 


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(文・写真/平野勝之)

ひらのかつゆき/映画監督、作家

1964年生まれ。16歳『ある事件簿』でマンガ家デビュー。18歳から自主映画制作を始める。20歳の時に長編8ミリ映画『狂った触覚』で1985年度ぴあフィルムフェスティバル」初入選以降、3年連続入選。AV監督としても話題作を手掛ける。代表的な映画監督作品として『監督失格』(2011)『青春100キロ』(2016)など。

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