【トヨタ スープラ・プロト詳報①】スポーツカーには燃費や使い勝手より大事なことがある!

■GTの要素を排したピュアスポーツカーに変身

今回、プロトタイプをドライブできた新型スープラだが、実はその詳細はまだベールに包まれていて、公開されている情報は非常に限られている。現時点で公式にアナウンスされている新型スープラの概要は…

・直列6気筒エンジンとFR(後輪駆動)というスープラの伝統を継承
・トヨタ「86」より短い2470mmのホイールベースなど、ホイールベース/トレッド比はライバルを凌駕
・86よりも重心高が低い
・スポーツカーとして理想的な、フロント50対リア50の前後重量配分を実現
・ボディにカーボンを多用したレクサス「LFA」をも超えるボディ剛性を達成
・1600回転で最大トルク発生するなど、低回転域から立ち上がる大トルクと、それを活かした良好なドライバビリティを実現
・緻密なシャーシ&ドライブトレーン制御を導入
・公道を走って徹底的にチューニングを実施
・0〜100%でロック率を可変させられる“アクティブディファレンシャル”を用意
・試乗したプロトタイプには“アダプティブバリアブルサスペンション”を装着

…と、わずかこれだけなのである。

そこで、新型スープラの開発責任者であるトヨタ自動車・多田哲哉さんの言葉を借りながら、新型スープラの概要について、もう少し深掘りしてみたい。

トヨタ自動車 多田哲哉さん

「ターボエンジンを積んだ86は、いつ出るのか? という質問を、これまで100万回くらい受けましたね(苦笑)」

新型スープラの話をうかがったにも関わらず、多田さんの口からいきなり出て来たのは、86の話。86は、多田さんが開発責任者を務められているスポーツカーであり、確かに僕も、100万回のうち10回くらいは「ターボエンジンは載らないのですか?」と尋ねた記憶がある。なので、少し申し訳ない気持ちにもなったが、今回、多田さんが86を引き合いに出して我々に伝えたかったのは、86を比較対象とした場合の新型スープラのキャラクターである。

トヨタ 86“KOUKI”

「86は、オーナーの方が楽しく振り回して遊べるようにと、タイヤとサスペンションのグリップをあえて抑えていますし、チューニングして性能を上げる余地もたくさん残しています。でも新型スープラは、ベースモデルの段階から速いクルマに仕上げてあって、86よりも高次元の走りを目指しています」(多田さん)。

今でこそスープラは、トヨタを代表するスポーツカーと捉えられているが、1977年に北米市場で登場した初代の「セリカ・スープラ(日本名:「セリカXX(ダブルエックス)」は、2世代目「セリカ」に6気筒エンジンを搭載した“GT(グランドツーリング)カー”という位置づけ。現地のトヨタディーラーから、当時、北米市場でヒットしていた日産「フェアレディZ」の対抗モデルを出してくれ、とのリクエストに応えて開発されたモデルだったのだ。

3代目以降、日本市場でもスープラを名乗るようになるが、GTカーとしての性格は変わらなかった。先代の“80型”スープラは、専用シャーシを採用したスポーツカーとの触れ込みではあったが、ピュアスポーツカーというよりも、豪華さを兼備したラグジュアリースポーツカーといったキャラクターが色濃く、峠道などをキビキビ走るということは、さほど重視されていなかった。全長4520mm、全幅1810mm、全高1275mm、ホイールベース2550mmという80型スープラの大柄なボディサイズが、そのことを何よりも鮮明に物語る。

トヨタ スープラ(80型)

しかし、デビューを間近に控えた新型スープラは、それとは様子が異なるようだ。ホイールベースが86より短い2470mmに短縮されただけでなく、全長は4400mmを切るサイズで、実車を目の前にすると、驚くほど小さく感じられる。

「新型スープラは、どんなシーンでも楽しく運転できるクルマですが、ヨーロッパアルプス山越えをドライブするのが一番楽しいクルマですよ」という多田さんの言葉からも、新型は胸のすくコーナリングフィールを重視した“速くて楽しいスポーツカー”であることが伝わってくる。

■BMW「Z4」とは開発チームが完全に分かれている

走りへの期待が高まる新型スープラだが、その開発に、あのBMWが関与していることは周知の事実。先頃、市販モデルが公開されたBMWのオープンスポーツカー・新型「Z4」と基本コンポーネントを共用する兄弟車なのである。

BMW Z4

しかし、多田さんによると「『Z4の仕様に合わせ、スープラではこの部分の設計を変更してくれ』といったリクエストは、一度もなかった」という。6年前に“サスペンション、エンジン、トランスミッションの味つけに関する決定権は、トヨタ側にある”との契約を結んで共同開発がスタートしたそうだが、基本設計を終えた後は、それぞれ独自のチームが開発を推進。チューニングの面においても、新型スープラはトヨタの開発ドライバーが行ったという。これはすなわち、新型スープラはあくまでスープラであり、新型Z4とは走りの味わいが異なっている、ということを意味している。

もうひとつ、新型スープラを語る上で興味深いのが「トヨタの設計基準から外れている部分が多々ある」という、多田さんの言葉。大手自動車メーカーが手掛けるクルマは、法的な基準だけを満たしていればいい、というわけではない。例えば、乗り降りのしやすさといった日常の扱いやすさなどをスポイルしないために、各社には“社内基準”が設けられていて、通常、そこから外れた設計はできない。しかし新型スープラは、その車内基準から外れた部分がいくつかあり、本来、トヨタ車としては絶対に認められない部分があるクルマ、というわけだ。

その一例が“サイドシル”(ドア開口部の下の部分)だろう。スープラのサイドシルは、車体剛性を高めるため、一般的な量産車両としては常識外の太さになっている。これだと乗り降りの際、足先の動きが大きくなり、ズボンやスカートの裾を汚しやすくなってしまう。それは、トヨタの基準では認められない太さであり、BMWからも難色を示されたほどだという。そのほか、重心を低くするために、路面と車体のクリアランスが小さい箇所があり、通常のトヨタ車に比べると段差に弱いなど、新型スープラは多くの面で、型にはまっていないのである。

そこまでして、開発陣が新型スープラで追い求めたのは、なんといっても走りである。トヨタ基準に縛られることなく出来上がった新型スープラには、使い勝手を犠牲にしてでも走行性能を高めたいという、開発陣のこだわりが貫かれている。これは、新型スープラを語る上で象徴的な部分といえるだろう。

そのほか多田さんは、共同開発を行ったBMWサイドに対し「燃費性能は気にしないでいい」とも伝えたという。燃費性能といえば、今、世界で発売される市販車において、重要視されている要素のひとつだ。でも、新型スープラにとっては、燃費よりも重視したい要素があったわけだ。自らラリーなど、モータースポーツを楽しんできた多田さんが指揮する開発チームは、スポーツカーにとって何が重要なのか、しっかり見据えていたのである(後編へ続く)。

(文/工藤貴宏 写真/&GP編集部、トヨタ自動車)


[関連記事]
吉田由美の眼☆トヨタ「スープラ」復活決定!BMWとの共同開発で得たものは何?

86“KOUKI”進化の真価 トヨタ自動車 多田哲哉(1)改良を見据えて継続的にレースへ参戦

【日産 フェアレディZ試乗】間もなく誕生10周年!古典的スポーツカーの魅力は健在


トップページヘ

この記事のタイトルとURLをコピーする