■海外市場で成長して日本へと凱旋
今、日本とヨーロッパで盛り上がっているカージャンルが、“Bセグメント”に属すコンパクトSUVだ。コンパクトカーが好まれるヨーロッパでは、一般的なBセグメントコンパクトカーと肩を並べる市場規模にまで成長。つまり、コンパクトカーを購入する人のおよそふたりにひとりがSUVを選んでいる計算となる。
日本でマーケットが急成長しているSUVも、その約4割がコンパクトモデルだ。トヨタ「C-HR」やホンダ「ヴェゼル」がロングヒットを記録しているほか、2020年の1月と2月には、トヨタ「ライズ」が登録車販売台数で月間トップに輝いている。
C-HRは2019年秋のマイナーチェンジで、スポーツ性能を際立たせた新しいバリエーション「GRスポーツ」を追加。ヴェゼルも2019年1月にガソリンターボエンジンを新設定するなど、人気を維持するためのテコ入れを行った。そのほか、マツダ「CX-3」が価格を抑えた1.5リッターガソリンエンジン車をラインナップに加えるなど、人気ジャンルだけあって各メーカーとも動きが活発だ。
このように、いまや乗用車界の売れ筋となったコンパクトSUV市場に、日産自動車は待望のニューモデル、キックスを投入した。クルマに詳しい人であれば、そのネーミングに聞き覚えがあるかもしれない。実はかつて、日産は同名の軽自動車オフローダーを販売していたのだ(三菱「パジェロミニ」のOEMモデル)。しかし、かつてのそれは英文字つづりが“KIX”であったのに対し、新しいキックスは軽自動車ではなく、英文字表記も“KICKS”となっていて関係性は全くない。
ちなみに新しいキックスは、実は海外市場では2016年から販売されていたモデルだ。しかし今回、日本に導入されるのは、大規模なマイナーチェンジを受けた最新モデル。海外で成長し、大幅な改良を受け、ついに日本への凱旋帰国を果たしたのである。
■後席空間はクラストップに迫り、荷室はクラスでナンバーワン
新しいキックスに触れてみると、「これは売れそうだな」というオーラに満ちあふれている。その理由を3つのポイントからご紹介したい。まずひとつ目は、巧みなパッケージングと質感の高い内外装デザインだ。
キックスの全長は4290mmで、これまで日産がコンパクトSUV市場で展開してきた「ジューク」(全長4135mm)に比べると、165mmも長くなった。ジュークはすでに欧州で新型が発売されているが、そちらは日本市場への導入予定はないのだとか。その理由のひとつが、パッケージングにあるようだ。
ジュークというクルマはフロントシートの居住性を重視した設計で、リアシートやラゲッジスペースはあまり広くない。一方のキックスは、巧みなパッケージングによってリアシートもラゲッジスペースも広々としている。後席空間のゆとりはクラストップであるヴェゼルに迫り、ラゲッジスペースに関しては、後席使用時の900mmという荷室長、423Lという荷室容量ともに、同クラスのナンバーワンを記録するなど、ライバルを超える使い勝手を実現している。
昨今、コンパクトSUVのユーザーや購入予備軍からは、優れた実用性へのニーズが急速に高まっているというが、新しいキックスはそうした人でも十分満足できることだろう。
とはいえ、いかに実用性が高くても、デザインが洗練されていなければ人々のサイフのひもを緩めるのは難しい。その点、実車を見て「これなら大丈夫だろう」と納得した。新しいキックスは、まず日産車であることをアピールする“Vモーショングリル”を中心とした顔つきがいい。端正かつ凛としていて、上質感も備わっている。
もちろん、フロントマスクだけでなく全体のプロポーションも、高い実用性を秘めたクルマとは思えないほど破綻なくまとまっているし、素直にカッコいいと思える。さらには、モノトーン9種類、ツートーン4種類という豊富なカラーラインナップも、キックスの魅力といえるだろう。
そうした印象は、インテリアに目を移しても同様だ。ダッシュボードやドアトリムに合成レザーをあしらうことでひとクラス上の質感を実現。さらに上級グレードの「X ツートーンインテリアエディション」では、全体に合成レザーを張ったシートと、オレンジタン×ブラックのカラーコーディネートで、SUVらしい明るく楽しい空間を演出している。
新しいキックスが売れそうな理由、ふたつ目の注目ポイントはパワーユニットだ。キックスには一般的なガソリンエンジン車は用意されず、“e-POWER”と呼ばれるシリーズハイブリッド車のみのラインナップとしている。これは過去、e-POWER車を積極的にアピールしてきた日産自動車にとっても初のチャレンジだ。
とはいえ、その狙いも十分理解できる。すでにe-POWERを展開している「ノート」と「セレナ」ではそれぞれ大人気となり、当初の想定を超える販売を記録しているからだ。e-POWERという“先進的なパワートレーン”に限定することで、キックスはライバルとの差別化を図りたいという日産自動車の目論みがうかがえる。
改めてe-POWERについておさらいしておくと、ガソリンエンジンは“発電機”として電気を生み出すことだけに集中し、駆動力はその電気を使って回るモーターで生み出すというハイブリッド機構の一種だ。もちろん、エンジンで発電しながら走るため面倒な充電は不要。そのため日常的な使い勝手は、一般的なガソリン車となんら変わらない。
キックスに搭載されるe-POWERは、カタログ記載のWLTCモード燃費で21.6km/L、同JC08モードで30.0km/Lと日常領域における燃費性能に優れるほか、モーターだけで駆動することから、電気自動車と同様の心地良くシャープな加速感を味わえる。中でも興味深いのはモーターの最高出力で、モーター自体はノートと同じであるものの、最高出力は129馬力とノートe-POWER比で約2割の出力アップを達成。その結果、アクセルペダルを踏み込んだ際の加速力の立ち上がりが早くなっている。
■フットワークはスポーツカーを想起させるほど軽快
新しいキックスが売れそうな理由、3つ目のポイントは乗り味だ。新しいキックスのそれは、ビシっと筋が通っていて心地いいものに仕上がっている。
e-POWERはモーターのみで駆動力を生み出すため、例えば、エンジンとモーターの“いいとこ取り”をしながら走るトヨタ式ハイブリッド機構より、アクセル操作に対する反応がシャープに感じられる。実はこれが、e-POWER人気を支える大きな要因となっているが、新しいキックスでも加速フィールのあまりの爽快さに、ついついアクセルペダルを踏み込みたくなる衝動に駆られた。
そんなキックスのハンドリングは、適度にキビキビしたもの。重心の高さを感じさせず、スポーツカーかと思うほどコーナリングもスイスイ走れる。一方、都市高速などで見られる路面の継ぎ目による段差を超える際も、乗り心地に粗さは見られない。
一方、ノートe-POWERに比べるとパワーユニットの制御が進化していて、エンジンがなるべくかからないよう、また、かかってもエンジン音が耳ざわりにならぬよう、走行状況に合わせて回転数を緻密にコントロールしているようだ。これが結果的に、快適性に向上につながっている。
このように、チョイ乗りでも魅力を十分感じられるキックスだが、セールス面において課題となりそうなのは価格設定かもしれない。とはいえ、ライバル車のようなコンベンショナルなガソリンエンジン車の設定がない分、高く感じるものの、ライバルのハイブリッド仕様と比較すると、とりわけ高価というわけではない。そうした点さえしっかりアピールできれば、キックスのヒットは約束されたようなものだろう。
<SPECIFICATIONS>
☆X ツートーンインテリアエディション
ボディサイズ:L4290×W1760×H1610mm
車重:1350kg
駆動方式:FF
エンジン:1198cc 直列3気筒 DOHC
エンジン最高出力:82馬力/6000回転
エンジン最大トルク:10.5kgf-m/3600~5200回転
モーター最高出力:129馬力/4000~8992回転
モーター最大トルク:26.5kgf-m/500~3008回転
価格:286万9900円
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文/工藤貴宏
工藤貴宏|自動車専門誌の編集部員として活動後、フリーランスの自動車ライターとして独立。使い勝手やバイヤーズガイドを軸とする新車の紹介・解説を得意とし、『&GP』を始め、幅広いWebメディアや雑誌に寄稿している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
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