もう一度乗りたい!フィアット「パンダ」はクルマの楽しさを教えてくれる小さな名車

■乗るほどに“自分色”に染まる初代パンダ

ーー2020年に誕生40周年を迎えた初代パンダを、五朗さんはかつて所有されていたそうですね。

岡崎五朗(以下、岡崎):親父がアルファロメオの「155」を買うというのでディーラーへついていった時、ショールームの片隅で出合ってしまったんだよね。それで思わず衝動買い。

ーーそれ以前から、初代パンダの購入を計画されていたんですか?

岡崎:いや全く。でも、ショールームにたたずむパンダは、ものすごく存在感があった。主張しすぎるわけでもなく、かわいらしいわけでもないけれど、オモチャのようなルックスに興味をそそられたんだ。

僕が購入したのは“セリエ2”と呼ばれる後期型だったんだけど、インテリアにはフカフカした座り心地のシートに青いチェック柄の生地があしらわれていて、とても素敵に見えた。初代パンダには、助手席の前にハンモック状の大きなトレーが付いているんだけど、そこにもシートと同じ生地が貼られていて、ものすごくオシャレだったね。

そこから天井に目を向けると、“ダブルサンルーフ”と呼ばれる、ふたつのキャンパストップが口を開けていて、とても開放的な気分になれた。しかも、キャンバストップを固定しているのは、ただのゴムバンド。「うわ、何だこのクルマ!」ってワクワクして、思わず契約書にサインしちゃったんだよね。

ーー初代パンダの魅力のひとつとしてデザインが挙げられると思うのですが、五朗さんはどのように感じていましたか?

岡崎:初代パンダで興味深いのは、全くカッコつけようとしていないところ。これこそがデザインにおける大きな魅力だと思うんだけど、それをカタチにしたジョルジェット・ジウジアーロは、やはりスゴいデザイナーだと思う。

イタリアに行くと、今でも初代パンダの姿を街中でたくさん見掛けるけれど、かつてはホントに“パンダだらけ”だった。それでもイヤな感じがしなかったのは、やはりデザインが巧みだったからだと思う。

ーーイタリアの街を走るパンダは、まさに十人十色。1台1台、色や仕立てが異なっていますよね。

岡崎:あるクルマはサビだらけだし、あるクルマはぶつけてしまったのか、運転席ドアの色が他のボディパネルと違っていたり、またあるクルマはピカピカだったり、4駆仕様の「4×4(フォー・バイ・フォー)」が走っていたり、中には、助手席前のトレーにファッション誌の『VOGUE』を挟んだセンスのいいクルマがあったり…。イタリアの街で見掛けるパンダには、乗る人たちの個性が映し出されているよね。

イタリアの人にとって初代パンダは、自分らしさを表現できるツールなんだと思う。長く乗り続けることで自然にオーナーの色に染まっていくような存在。お気に入りの服や自分の部屋のように、オシャレな人のパンダはオシャレになっていくし、はたらくクルマとして活躍するパンダは、質実剛健の実用車になっていく。これほどオーナーの“自分色”に染められるクルマって、ほかにはちょっと見当たらないね。

ーー初代パンダを普段使いされてみて、実用性に関して何か記憶に残っていることはありますか?

岡崎:パンダに乗っていた頃は子育ての最中だったから、ウチのクルマにはチャイルドシートが付いていた。それでも室内は広々としていたし、リアシートの背もたれを倒すことでラゲッジスペースを広げられたから、大きな荷物も結構積めた。全長3405mm、全幅1510mm、全高1485mm(FF仕様)というボディの小ささを感じさせないくらい実用性は高かったね。

ベーシックカーだから、後席の背面などは鉄板がむき出しだったし、荷室フロアにはビニールシートが貼られているだけだったけれど、安っぽさは全然感じなかった。そういった背伸びをしていない仕立ても、クルマの性格に合っていたと思うな。

ーー走ってみての印象はいかがでしたか?

岡崎:ひと言でいうと、初代パンダはものすごく楽しい。僕が乗っていたのは、1.1リッターの自然吸気エンジンを積むモデルだったけれど、最高出力は50馬力、最大トルクは8.6kgf-mと非力だから、決して速くない。一度、テストコースで最高速を試す機会があったけれど、140km/hくらいしか出なかった(苦笑)。あと、トランスミッションはMTだったけれど、タコメーターが付いていないから、シフトチェンジのタイミングはエンジン音で判断するしかなかった。

それでもエンジンは実用域でのトルクが豊かで、アクセル操作に対する“ツキ”が抜群。鋭すぎず鈍すぎず、ものすごく素直に反応してくれた。しかも車重は740kgほどと軽いから、アクセルペダルを踏むとシュッとクルマが前へと押し出されていく。

また、コクリと吸い込まれるように次のギヤへと入るMTのシフトフィールが格別だった。シフトレバーがしなり、その反力を手に伝えながら、スッと次のギヤへと吸い込まれていくような感覚で、ギヤチェンジの間合いがとりやすかったんだ。

僕が初代パンダを所有していたのは、25年くらい前のこと。それでも、エンジンやトランスミッションの素晴らしい感触がしっかりとカラダに残っている。初代パンダはそれだけ、いいクルマだったという証なんだと思う。

ーーコンパクトで古いクルマだと気になるのは乗り心地ですが、どんな印象でしたか?

岡崎:乗り心地はとても良かったね。サスペンションのストロークがたっぷりとられている上に、タイヤサイズは155/65R13と細くてハイトもあるから、ベーシックカーであることを忘れてしまうくらい優しい乗り味だった。

その分、箱根のワインディングなんかを走ると、コーナーで車体が大きくロールする(傾く)んだけど、「別にロールしたっていいじゃん!」と思わせるくらい、コーナーリングが楽しかった。たっぷりとしたサスペンションストロークを活かして、車体をロールさせながらもコーナーでしっかり踏ん張ってくれるんだ。そんな乗り味を日々味わっているうちに、パワーやロールの大きさというのは、走りの楽しさとか関係ないものなんだと教えられたね。

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