■日本市場向けアコードはハイブリッド専用車
今、セダンに求められるものとは、なんだろうか?
昨今、世界中でセダン離れが進んでいる。日本市場も例外ではなく、トヨタを始め、日産自動車やホンダといった日本の自動車メーカーは、かつてに比べセダンのラインナップを大幅に減らしている。
そんな逆風下でも比較的バリエーションが充実しているのが、クラス分類で“Dセグメント”に相当するラージサイズのセダンだ。ボディサイズは全長4.6〜4.8mほどで、エンジンの排気量は基本的に2リッター以上(最近は小排気量ターボを積んだモデルも出て来ている)。特に北米市場向けには、排気量の大きい6気筒エンジンを用意するモデルが多いのも特徴だ。トップセラーはトヨタの「カムリ」で、「マツダ6」やスバル「レガシィ」、レクサス「ES」などが、ここ日本でも販売されている。
今回採り上げる新型アコードも、そんなDセグメントに属す1台だ。アコードといえば1976年に初代がデビュー。2020年2月のフルモデルチェンジにて誕生した新型で10代目となる、ホンダを代表するセダンである。かつて、日本でも多くの販売台数を記録していた頃のアコードはミドルクラスに属していたが、7代目以降、ボディが大型化するとともにひとクラスアップ。今では大型セダンを代表するモデルとなった。ちなみに新型のパワートレーンは、先代モデルと同様ハイブリッドのみ。2リッターエンジンにモーターを組み合わせている。
■セダンらしさの追求から生まれた驚き
なんとまぁ、大きく立派になって!
新型アコードに触れてまず驚いたのは、4900mmの全長を始めとする堂々たるボディサイズだ。筆者はかつて、7代目アコードを長く所有していた。18年ほど前にデビューしたモデルで、当時は適度に引き締まったシャープなボディだと感じていた(といっても、全長はセダンで4665mmもあった)。しかし新型は、クラスがまるで違う。大きなボディによる存在感と、それを生かした伸びやかなフォルムが印象的だ。
先代に比べると、フロントマスクを始め、全身が丸みを帯びたシンプルな面構成となり、美しいプロポーションの持ち主となった。中でもハイライトは、ルーフ後方からリアピラーにかけての流れるようなラインで、軽快な走りを予感させる。
そして室内に乗り込んでも、運転席とリアシートそれぞれに驚きが用意されていた。
まずは運転席の驚きから。乗り込んでシートに腰を下ろした瞬間から「おや?」と思わずにはいられなかった。電動調整でシートの座面をいっぱいに下げると、驚くほど着座位置が低くなるのだ。最近、こんなに着座位置の低いセダンには出合ったことがない。
この件について開発責任者は「実は新型は、先代モデルより着座位置を下げました。これまでアコードは、モデルチェンジのたびに着座位置が高くなっていたのですが、その流れを変えたのです。今はセダンが主流の時代ではありません。そんな中『セダンを所有することにどんな意味があるのか?』と考えた時、やはり“セダンらしさ”が大切ではないかと判断しました。そのひとつが、セダンらしい低い運転姿勢。ただし、シートの調整範囲を拡大しているので、着座位置の高いポジションもとることができます」と教えてくれた。
ちなみに着座位置は、先代比で地面に対して25mmも低くなった。同様に、カカトの位置は10mm低くなっているため、先代と比べると、ドライビングポジションは床に対して15mm低く座るスポーティなスタイルとなっている。
一方のリアシートは、座った瞬間、圧倒的な広さにうならされる。正直なところ、先代もあきれるほど広かったが、そこからホイールベースが55mm伸ばされ、その大半をリアシートのスペース拡大に充てている新型は、広くないはずがない。
スポーティな着座姿勢をとれる運転席と、居住性に優れるリアシートを兼備した新型アコードは、セダンならではの価値をユーザーに分かりやすい形で見せてくれているといえるだろう。
もうひとつ驚かされるのが、ラゲッジスペースの広さと、それを実現した巧みなパッケージングだ。9.5インチのゴルフバッグ4個を余裕で積み込めるラゲッジスペースの容量は537Lで、トランクリッドを開けた瞬間「広いなぁ」と実感させられる。おまけに、リアシートの背もたれを倒し、荷室の奥行きを拡大することも可能なのだ(ただし、左右分割式でないのは残念。海外市場向けには左右分割式の設定もあるので、今後の展開に期待したい)。
確かに荷室の容量自体は、このクラスとしては特別大きいものではない。しかし、アコードのようなハイブリッド車だと話は別だ。ハイブリッド車はバッテリーなどを搭載する関係上、荷室が狭くなるというのが通例だが、新型アコードはハイブリッド化によって荷室空間が全く犠牲になっていないのだから素晴らしい。海外市場向けに用意されるガソリンエンジン車と同じだけのラゲッジスペースを確保できたのは、ハイブリッドセダンとしては大きな前進といえる。目指したのはスポーティさと実用性の高次元での両立。新型アコードに触れていると、走り出す前からそんな思いが伝わってきた。
■復権を目指してタイプSの復活に期待
それでは新型アコードで走り出そう。
先代と同様、新型も日本市場向けはハイブリッド専用車となっている。“e:HEV(イー エイチ イー ブイ)”と呼ばれるホンダ独自のハイブリッドシステムは、基本的にエンジンを発電機として使い、そこで発電した電気でモーターを回し、駆動力を生み出す仕掛けで、日産自動車が展開する“e-POWER(イーパワー)”と基本原理は同じだ。しかし両者の最大の違いは、e:HEVには高速領域において、エンジンパワーをそのまま駆動力として使えるモードが組み込まれている点。その分、構造が複雑になり、e-POWERと比べてコスト面では不利となるが、効率面ではひときわ優れる高度なシステムとなっている。
e:HEVは EV(電気自動車)のような加速フィールが特徴で、スーッと滑らかに動き出し、スムーズに速度を高めていく。それはまるで、新幹線の加速をイメージさせる絶妙な心地良さを伴うものだ。一方、アクセルを全開にした時は、背中を押される感覚が続き、飛行機の離陸時に近い感覚をも味わえる。
日常領域でも高速走行時でも、e:HEVはエンジンの存在を感じさせず、特に高速巡行時の静粛性は素晴らしいものがある。この走行フィールを味わうと、従来のエンジン車には戻れないというのもうなずける。もちろん、アクセルペダルを深く踏み込んだ時にはエンジン回転数が上がり、若干、エンジン音が耳に届くが、振動がよく抑えられているため、不快さは微塵もない。
新型アコードに搭載されるe:HEVは、エンジンやモーター、ハイブリッドシステムなどすべてが、先行発売された「CR-V」と共通で、スペックもほぼ同じ。しかし、システムの制御はアコード専用のものとなっていて、アクセル操作に対する応答性を高め、より機敏に動くような味つけになっている。実際、アクセル操作に対する良好な反応などから、単に燃費を追求しただけのハイブリッドではないことが理解できる。その上、モーターの最大トルクは、3リッターの自然吸気ガソリンエンジンに匹敵する力強さで、その大トルクをフラットに出し続けることから、十分な動力性能を得られることはいうまでもない。
ハンドリングフィールは、キビキビ感や、シャープに曲がり込んでいくといった分かりやすい刺激こそないが、コーナリングの限界性能が高く、ドライバーが意図した通りに走れるライントレース性もかなりの実力だ。ワインディングを走っても挙動の安定感は抜群で、旋回時のハンドリング特性も自然で穏やかだから、涼しい顔をして走りを楽しめる。
リアシートやラゲッジスペースは広くて実用的、走りは適度にスポーティで快適、その上、燃費も素晴らしい。そんな全方位的に優等生の新型アコードを例えるなら“おいしい水”といったところだろうか。スッキリしていながら、飲めばジワジワと美味さが伝わってくる。
とはいえ、世の中に美味しい水がたくさんあるように、玄人をうならせる奥ゆかしい美点だけでは、存在感を示すのは難しいのも事実。素晴らしい出来栄えだけど、自己主張が控えめで目立たない。これが新型アコードに対する率直な印象だ。
そこで提案したいのが、特別なモデルの設定だ。例えばライバルのカムリには、「WS」という派手なスタイルのグレードが用意されていて、販売比率も結構高いという。そうした事実を踏まえると、ホンダはアコードに「タイプS」グレードを与えない手はないと思う。
タイプSは、かつてのアコードや「インテグラ」に用意されていたスポーティグレードで、スポーツ性能を突き詰めた「タイプR」に対し、快適性とスポーティな走りをバランスさせたモデルとして人気を得ていた。先頃、北米では、ホンダが展開する高級車ブランド・アキュラの「TLX」にこのタイプSが復活し、話題となっている。
古い価値観と思われるかもしれないが、そもそもセダンを買う層はオトナの人たち。だからこそ、スポーティなスタイリングと走りを楽しめる足回りなどをプラスした仕様は、彼らの琴線に触れると思うのだ。そうした個性的なフレーバーが加われば、おいしい水の存在感はさらに高まることだろう。
<SPECIFICATIONS>
☆EX
ボディサイズ:L4900×W1860×H1450mm
車重:1560kg
駆動方式:FF
エンジン:1993cc 直列4気筒 DOHC
トランスミッション:電気式無段変速機
エンジン最高出力:145馬力/6200回転
エンジン最大トルク:17.8kgf-m/3500回転
モーター最高出力:184馬力/5000〜6000回転
モーター最大トルク:32.1kgf-m/0〜2000回転
価格:465万円
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文/工藤貴宏
工藤貴宏|自動車専門誌の編集部員として活動後、フリーランスの自動車ライターとして独立。使い勝手やバイヤーズガイドを軸とする新車の紹介・解説を得意とし、『&GP』を始め、幅広いWebメディアや雑誌に寄稿している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
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