■スポーツドライビングに直結するすべての要素が骨太
今回、そんなGRヤリスのプロトタイプを、サーキットとダートコースで試乗する機会を得たのだが、その乗り味は期待を裏切らないものだった。
まず素晴らしいのは、クルマとの一体感が濃密なこと。小さくて軽量なボディは四隅の感覚をつかみやすく、まるで車幅が肩幅のように感じられる。これは、サーキットはもちろん、狭く曲がりくねったラインディングを走る時や、ラリーで林道のようなコースを走る時などにも、大きなアドバンテージとなるだろう。
サーキット走行では、強靱なボディ、しなやかなサスペンション、そして、ブレーキの効きや制動時のフィーリングなど、スポーツドライビングに直結する要素のすべてが骨太に感じた。272馬力というエンジンパワーは、イマドキの高性能車としては決して“超ハイパワー”とはいえないものの、多くのドライバーにとっては、これくらいがアクセルを気持ちよく踏み切れる上限となるだろう。
電子制御式の4WDシステムは、多板クラッチによって前後輪に分配されるトルク量を変動させる仕組みで、加速時に強力なトラクションを得られるのはもちろん、状況に応じてリアタイヤへ多くのトルクを伝達してくれる。その際の、後輪駆動車のようにスッと向きを変える操縦特性は、運転していてとても楽しい。また、S字コーナーの切り返しなどで、アクセルを戻すと同時にハンドルを切れば後輪がスッとスライドするなど、運転スタイルによって軽快なハンドリングも味わえる。
一方、滑りやすいダートコースでは、アクセルを踏み込むに連れて、どんどん曲がっていこうとする挙動が特徴的で、ドライバーを楽しませてくれる。
このように、舗装路でもダートでも、単に速いだけでなく、運転を楽しめるところがGRヤリスの真骨頂といえるだろう。
■走りに特化した競技用グレードやFF仕様もあり
GRヤリスは、車体構造、メカニズム、そして製造方法などのすべてにおいて、トヨタのこだわりが感じられるクルマである。その分、価格は決して安くはない。先頃、事前予約が締め切られた「ファーストエディション」の価格は396万円〜456万円(カタログモデルはもう少し安くなるだろう)と、ヤリスと考えればかなり高額だ。
しかし、30年前に日産自動車から発売されたR32型「スカイラインGT-R」の当初の価格は445万円だったこと。そして、現在の状況に合わせて10%の消費税をプラスすると約490万円になることを考えれば、結構、割安に感じられる。いずれも凝った4WDシステムを組み込んでいるが、GRヤリスはR32型GT-Rと比べ、ボディにより多くのコストが投じられているし、エンジンも気筒数こそ半分の3気筒だが、出力はほぼ同じだ。その上、GRヤリスは、GT-Rにはなかった先進安全装備なども充実している。その中身を考えれば、GRヤリスはかなり頑張ったプライスタグを掲げていることが分かる。
そんなGRヤリスのカタログモデルには、高性能を手の届きやすい価格で手に入れられる魅力的な選択肢が用意されている。それが、基本的な走行性能を変えることなく、オーディオやエアコンなどの快適装備や先進安全装備を非搭載とすることで価格を抑えた競技用グレード「RC」で、価格は330万円ほどといわれている。
見た目は通常モデルと変わらず、内装もかつての「セリカRC」とは違い、いかにも質素という仕立てではない。もちろん、エアコンなしはさすがに厳しいが、メーカーオプション(13万円強とのウワサ)で用意されているから心配は不要だ。純正オーディオなど快適装備を割り切れる人には、オススメしたいグレードだ。
このほかGRヤリスには、120馬力の1.5リッター3気筒自然吸気エンジンを搭載し、トランスミッションにCVT、駆動方式にFFを採用したエントリーグレード「RS」も用意される。一見すると、GRヤリスのルックスだけを拝借した、ただの廉価モデルに思えるが、限られたパワーを上手に引き出してやれば、ショートサーキットでも望外なドライビングプレジャーを味わえる。
欲をいえば、MTの設定は欲しいところだが、こちらFFのスポーツモデルとしては十分魅力的な選択肢といえるだろう。
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文/工藤貴宏
工藤貴宏|自動車専門誌の編集部員として活動後、フリーランスの自動車ライターとして独立。使い勝手やバイヤーズガイドを軸とする新車の紹介・解説を得意とし、『&GP』を始め、幅広いWebメディアや雑誌に寄稿している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。