種、苗からコーヒー豆へ!「トアルコ トラジャ」ができるまで<コーヒー農園訪問記・中編>

※この記事は2019年7~8月にかけて行った取材をもとに構成しています

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インドネシア、スラウェシ島の中央部にあるトラジャ地方。ここはトラジャ族の暮らす地域です。

名産はコーヒー。

インドネシアにコーヒーの産地はいくつもありますが、こだわりのカフェなどで出されるアラビカ種のコーヒーを栽培している場所は多くありません。有名どころはスマトラ島のマンデリンや、ここトラジャのトラジャコーヒーになります。

アラビカ種は、標高が高く昼夜の温度差があり適度な降雨量がある土地でないと育てられません。そしてトラジャは、これら厳しい条件に合致した土地なのです。実は18世紀頃には“セレベスの名品”と呼ばれるほど盛んにコーヒーが栽培されていたそうなのですが、いつしかなくなり幻のコーヒーとなってしまいました(セレベスはオランダ統治時のスラウェシの呼び名です)。

▲昔の名残か今でも田んぼの周りにコーヒーの木が自生しています

それを復活させたのが日本のキーコーヒーです。1976年にトアルコ・ジャヤ社(PT. TOARCO JAYA)を設立し、地元の人たちとコーヒーの栽培を始めました。それが、いまや世界的に高い評価を得るコーヒーの生産地に。TOARCOはTORAJA ARABICA COFFEEの頭文字。そしてJAYAは現地語で栄光という意味です。だから、トアルコ・ジャヤは「栄光のトラジャコーヒー」となります。まさに、トラジャの人々が誇りに思えるコーヒー作りが、40年以上にわたって行われているのです。

とはいえアラビカ種は病気に弱く、1本の木からの収量も多くない。高い質を保ちながら収穫を続けることが大変な品種です。そのためトアルコ・ジャヤ社は、ただ栽培するだけではなく研究や品種改良も行い、病気に強く、収量が少しでも多く、そしておいしいコーヒーを目指して今も日々研究を続けているそうです。

そんなトアルコ・ジャヤ社の自社農園である「パダマラン農園」で、コーヒーができるまでのすべてを教えてもらいました。

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