■水素は資源の乏しい国にとって有望なエネルギー源
FCVは燃料となる水素から電気を起こし、それでモーターを駆動させて走行する。小学校の理科の授業で、水に電気を流すと水素と酸素が発生する実験を覚えている人も多いだろう。燃料電池は、その逆の化学反応によって水素と大気中の酸素を反応させ、電気を取り出す仕組み。電気を取り出した後の副産物は水のみと環境に優しく、ピュアEV(電気自動車)のような充電も必要としない。
水素は、ガソリンを始めとする化石燃料とは違って科学的に生成できるため、日本のように資源の乏しい国にとっては有望なエネルギー源といえる。そのため日本は、国を挙げて水素エネルギー社会を実現させようとしており、トヨタやホンダがFCVの開発や販売を推進しているほか、東京のお台場地区などでは、燃料電池で走る路線バスが走り始めている(ちなみに、バスに搭載される燃料電池ユニットは初代ミライに搭載されるものと同じトヨタ製)。また欧州でも、二酸化炭素を削減できるエネルギー源として水素の活用を推し進める兆しがあるなど、普及が期待されている。
そんな水素を燃料とする世界初の量産FCVであるミライは、2014年に誕生。技術的に商品化が難しいとされていたFCVを一般の人でも買えるクルマにしたことで、世界に衝撃を与えた。ミライの誕生以前にも、ホンダ「FCXクラリティ」を始めとするFCVが存在したが、それらはあくまで試作モデルに近い少量生産車に過ぎず、販売先も官公庁へのリースなどに限られていた。そんなFCVを一般の人でも買えるようになったのだから、ミライの誕生はクルマ史に刻まれる大事件だったといえるだろう。
■純粋にドライビングを楽しめる新型ミライ
そんなミライが間もなく新型へと生まれ変わる。先日、正式発表に先立ってプロトタイプをドライブできたのだが、その印象はなんとも予想外なものだった。
試乗したのは、峠道のように曲がりくねった富士スピードウェイのショートコースだが、運転していて思わず笑みがこぼれるほどドライビングが楽しかった。試乗時間が終わっても「もっと運転していたい」と思うほど、ドライバビリティに優れていたのである。驚くことに新型は「FCVはエコカーだから」なんていう言い訳が一切必要ないくらい、純粋にドライビングを楽しめるクルマに仕上がっていたのである。
新型ミライの走りにおける真骨頂は、なんといってもハンドリングだ。富士スピードウェイのショートコースは、深く曲がり込むコーナーや、右に左にと立て続けに曲がるS字コーナー、そして、最も車速が乗るホームストレートから急激にブレーキングしつつ、左に右にと連続して旋回するセクションなど、とてもバラエティに富んだコースレイアウトだ。そんなコースでも新型ミライは、ドライバーの思い通りにキビキビと走る。これは予想外の出来事だった。
もしもミライが、ボディサイズが小さく車重の軽いコンパクトスポーツカーだったら、それも当然のことと受け流せる。しかし新しいミライは、全長4975mm、全幅1885mmと大柄で、車重は2.2トンを超える重量級。そんなセダンが水を得た魚のように軽快に走るのだから、にわかには信じられなかった。
モーターの最高出力は、182馬力/6900回転とラージセダンとしては控えめ。そのため、直線における絶対的な速度の伸びこそないが、コーナーからの立ち上がりでアクセルペダルを深く踏み込んだ際のググッと前へ押し出される感覚は、驚くほど力強い。
それは、30.6kgf-mという最大トルクを0〜3267回転という幅広いゾーンにて発生するためであり、アクセルペダルを踏んだ瞬間からの鋭い立ち上がりは、走りにおける大きな強みといえそうだ。
■プレミアムEVにもヒケを取らない存在感
「初代ミライはFCVという理屈が先行したクルマでした。しかし新型は、FCVであるかどうかを抜きにして『欲しい!』と思ってもらえるセダンとなることを目指しました。デザイン、走り、居住性、そして航続距離。『こんなクルマが作れるの?』と思ってもらえたらうれしいです」と語るのは、初代に続けて開発責任者を務めた田中義和さん。田中さんのこうした言葉は、新しいミライの世界観をよく表している。
実際プロトタイプを前にして、まず「変わったなぁ」と感じたのは、なんといってもデザインだ。東京モーターショー2019でコンセプトモデルが公開されたものの、そのルックスは依然として新鮮。新型の伸びやかなフォルムとエレガントな雰囲気には、初代の面影などみじんもない。
初代は腰高感のあるルックスだったが、新型は燃料電池システムの搭載方法を含むパッケージングを再構築することで全高を65mm低くし、さらに全長(初代比プラス85mm)と全幅(同プラス70mm)を拡大することでワイド&ローのプロポーションが強調されている。
さらに、長いボンネットから続くルーフラインを伸びやかなクーペ風スタイルとする一方、リアエンドをアウディ「A7スポーツバック」のようにスパッと切り落とした形状とするなど個性を強調。そこに19インチもしくは20インチの大径タイヤを組み合わせることで、踏ん張りの効いた見た目に仕立てている。
大胆なデザインのフロントマスクは好みが分かれるところだが、新型ミライは全体的に、美しいスタイルであることは間違いなし。
テスラ「モデルS」やポルシェ「タイカン」といったプレミアムEVと並べても、存在感の強さではヒケを取らない。
■各種メカを一新して後輪駆動レイアウトに
新型ミライは、電気を起こす燃料電池スタック、水素タンク、バッテリー、モーターなど、すべてのユニットが刷新されている。中でも、2本から3本に増えた水素タンクは容量が4.6kgから5.6kgへと増え、燃料電池スタックは小型化と高効率化を達成。またバッテリーは、ニッケル水素からリチウムイオンとなり、モーターも高出力化によって動力性能が向上している。
これらの刷新により、初代では、カタログ記載値のWLTPモードに換算して650kmほどだった航続距離が、新型では約850kmへと伸び、東京〜大阪間を安心して移動できるようになったのは大きなトピック。その上、初代に比べて製造コストも大きく削減できたというのだから、FCVの普及に向けたトヨタの本気を感じさせる。
また新型ミライは、駆動方式も一新。初代の前輪駆動から後輪駆動へとスイッチしている。これこそが、ショートサーキットを気持ちよく走れたひとつの理由にほかならない。リアタイヤが駆動力を路面へと伝える後輪駆動はスポーツカーなどで好まれる駆動方式で、優れたハンドルの操作フィールを実現できるというメリットを持つ。
また後輪駆動の選択によって、新型ミライのプラットフォームが「クラウン」やレクサス「LC」などと同じ、上級車種用に格上げされた点も見逃せない。開発責任者の田中さんによると「車体構造はレクサス『LS』に近い」という。つまり新型ミライは、初代に比べてクルマの構造や車格が上級シフトしているのだ。
それもあってか、田中さんを始めとするエンジニアたちは、クラウンやレクサスのLSのように、新型ミライをショーファー(主が後席に座るクルマ)として法人需要にも活用して欲しいと考えているようだ。実際、新型ミライには、運転席や後席から助手席シートをスライド&リクライニングさせられるスイッチが用意されているし、助手席のヘッドレストも電動で倒せる仕様も設定されている。また、前席背面のアシストグリップや、リアのウインドウ&ドアウインドウサンシェード、さらに、リアドアのイージークローザーといった、後席乗員の快適性を高める「エグゼクティブパッケージ」も用意されている。これらを見ると、新型ミライはカタチやブランドこそ異なるが、実質的にはレクサスLSのFCVバージョンといっても差し支えないだろう。
走行性能と乗り味がアップしただけでなく、車格もインテリアの作り込みも上級シフトした新型ミライ。現時点において価格は明らかにされていないが、グレードアップしたハードやポジションの変化などを考えると、さぞかし高価になりそうだ。しかし関係者によると「実はそれほどでもない」という。いくらのプライスタグを掲げて登場するのか、今から楽しみだ。
FCVとしての優れた環境性能をベースとしながら、高い走行性能と走る楽しさ、そして、見た目の美しさなども大幅に引き上げられた新型ミライ。FCVだからではなく、1台のラージセダンとして見ても、その魅力はかなり高い。もちろん、水素を充填するための水素ステーションはまだまだ整備途上で、拠点数が少ないことは否めない。しかし、1回の満充填で800km以上走れること。また、満充填1回当たり6000円ほどという燃料代を考えれば、ランニングコストはかなり高い。水素スタンドが自宅の近所にあるか否かが購入時の分水嶺となるものの、もしも条件が許すなら、充電いらずの最先端エコカーとして選んでみたい1台だ。
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文/工藤貴宏
工藤貴宏|自動車専門誌の編集部員として活動後、フリーランスの自動車ライターとして独立。使い勝手やバイヤーズガイドを軸とする新車の紹介・解説を得意とし、『&GP』を始め、幅広いWebメディアや雑誌に寄稿している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
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