■航続距離も大事だが見栄えも重要
FCVは搭載する水素タンクに充填した水素から化学反応によって電気を取り出し、モーターを駆動させて走るクルマ。走行中に排出されるのは水だけと、内燃機関で走る車両に比べ、クリーンであることをウリとする。
そんなFCVへの注目度が、昨今、高まりつつある。きっかけは、トヨタが世界で初めて量産したFCV「ミライ(MIARI)」の次期型が公開されたこと。上質感のあるたたずまいや雰囲気のいいインテリア、充実した装備レベルや燃料電池システムの優れた効率と性能、そして乗り味の良さなど、次期型ミライはすべてにおいて初代を凌駕している。それでいて価格は、初代とほぼ同じというのだから期待しないわけにはいかない。
そんなミライのライバルとなりそうなモデルが、先頃ドイツから上陸した。メルセデス・ベンツが欧州で市販していたGLC F-CELLがそれだ。車名やスタイルから気づく人も多いだろうが、ボディはDセグメントSUVの「GLC」と共用。全長4680mm、全幅1890mmというボディサイズは、ちょっと幅の広い日産「エクストレイル」(全長4690mm、全幅1820mm)といった感覚だ。GLCがベースとはいっても、フロントバンパーはFCVモデル専用で、グリルや車体下部、そしてアルミホイールなどにはブルーのアクセントが入っている。
GLC F-CELLのスポーティなルックスは、20インチという大径のタイヤ&ホイールによるところが大きい。でもその分、タイヤ&ホイールの重量は重くなり、また、タイヤ幅も235と太いから、エネルギー効率や航続距離などの面では不利となる(出力などから考えるとオーバースペックでもある)。
しかし、ここから読み取れるのは「航続距離を稼ぐのも大事だが、見栄えも重要」というメルセデス・ベンツの考え方。高額かつ付加価値のあるクルマは、実用車とは違って“欲しくなるスタイリング”も重要なのだ。
■荷室の広さや使い勝手はセダンタイプの宿敵を凌駕
トヨタの初代ミライが先駆けとなった“個人で所有できる量産型FCV”というのは、現時点で世界に4車種しかない。ミライとホンダの「クラリティ フューエルセル」、韓国のヒュンダイが韓国などで市販し、日本でも試験的に公道を走らせている「ネッソ」、そして、今回取り上げるGLC F-CELLだ。
日本と欧州のマーケットだけで販売されるGLC F-CELLには、日本が誇るミライやクラリティ フューエルセルに対し、ふたつの大きな違いがある。まずひとつ目はボディ形状だ。
ミライやクラリティ フューエルセルがセダンであるのに対し、GLC F-CELLはSUVスタイルを採用する。これは、昨今のSUVブームを反映したから、という理由もゼロではないだろうが、それよりもパッケージングの面でメリットがあるから、と解釈できる。一般的に、ガソリンタンクよりも大容量であることが求められる水素タンクや駆動用バッテリーなどを車体に収めるには、ボディに厚みがあった方が設計の自由度が高まるのは自明の理だ。実際、GLC F-CELLのインテリアは、ベースモデルとほぼ変わらないだけの居住スペースが確保されている。
中でも、セダンとの違いを最も実感できるのがラゲッジスペースだ。トヨタの次期型ミライはリアシート後方に走行用バッテリーを搭載しているため、荷室の奥行きが同クラスのガソリン車よりも狭くなっている。それに対してGLC F-CELLは、荷室フロアの位置がわずかに高くなっているものの、いわれなければ分からないほどの違いしかない。感覚的にはガソリン仕様/ディーゼルターボ仕様と同様で、荷室の広さや使い勝手においては、セダンタイプよりも勝っている。
とはいえ、SUVはセダンに対して前面投影面積(正面から見た時の水平断面の面積)が大きいため、空気抵抗が増して燃費や航続距離が低下するのは否めない。例えば、GLC F-CELLの水素搭載量は約4.4kgと、次期型ミライ(約5.6kg)のそれに対して約8割の量を確保しているが、水素だけでの航続距離は336㎞(欧州仕様のカタログ記載データ)と、次期型ミライ(約850㎞)の半分以下にとどまる。当然、電気を生み出す燃料スタックの性能差なども考えられるが、空気抵抗の違いも航続距離の差につながっていると考えられる。
ミライやクラリティ フューエルセルと比べた際の大きな違い、ふたつ目は、GLC F-CELLはプラグインハイブリッド仕様だということだ。
燃料電池自体は、出力をレスポンス良くコントロールするのが得意ではない。そのため、FCVはアクセル操作に対する応答性を高めるべく、バッテリーを“調整池”として利用し、そこから電力を取り出してモーターを駆動させる。また、減速時の回生によって発電された電気を蓄えるのにも、バッテリーの存在は欠かせない。
そのためFCVは、駆動にバッテリーに蓄えられた電力を利用するハイブリッドカーの一種、ともいえるのだが、GLC F-CELLはそこから一歩踏み込み、バッテリーを外部電源から充電できるプラグインハイブリットカーとしているのだ。ちなみにバッテリーは容量13.5kWhのリチウムイオンタイプで、200Vの普通充電で4〜5時間ほど、つまり、ひと晩あれば満充電となる(急速充電には対応していない)。また、バッテリーだけでも約41kmの航続距離を実現しているから、日常の生活シーンであればバッテリーだけで十分カバーできることだろう。
この“世界唯一のプラグインハイブリッドFCV”という点こそが、GLC F-CELLの最大の特徴ともいえるが、その意味合いはかなり大きいように感じる。というのも、FCVに水素を充填する水素ステーションが、まだまだ普及していないからだ。
日本の首都圏は、世界で最も水素ステーションが充実しているエリアだが、それでも施設数は53箇所(2020年10月現在)しかない。日本全体で見ても135箇所だ。ガソリンスタンドに比べると圧倒的に少ないから、FCVを欲しいと思っても自宅の近所に存在しないという状況が起こりうるし、仮にFCVのオーナーになっても、充填回数を減らすべく、できるだけ水素を減らしたくないとの不安を抱えながら移動しなくてはならない。
その点、プラグインハイブリッドカーであり、日常は水素を減らすことなく外部電源から充電した電気で走れるGLC F-CELLは、水素ステーションが少ないというインフラの課題を解決できる。それでいて水素を充填しさえすれば、面倒な充電なしに300km以上も航続でき、ロングドライブもこなせる。もちろん、プラグインハイブリッド化には大容量バッテリーの搭載が必須で、それは重量増やパッケージングへの悪影響、さらには価格アップに直結する。とはいえ、FCVの利便性を高めるための方策のひとつとして、現時点においてプラグインハイブリッド化はグッドアイデアだと思う。
■乗り味は“魔法のじゅうたん”のよう
そんなGLC F-CELLの乗り味は、まるで“魔法のじゅうたん”のようだった。まず音が皆無。とにかく無音、ひたすら無音。エンジンが存在しないためエンジン音が聞こえないのは当然のこととして、モーターやインバーターの作動音といった、電気自動車やFCVではありがちな音もきっちり対策されていて、車内に伝わってこないのだ。また、走行中のロードノイズや風切り音も徹底的に抑え込まれているため、同乗者にしてみれば、まるで動力源のないクルマに乗っているかのような感覚だろう。その上メルセデスらしく、乗り心地も快適だ。
搭載されるモーターは、最高出力200馬力、最大トルク30.6kgf-mと力強いが、2トンを超える車重に相殺され、絶対的な動力性能はそれほど強力とはいえない。しかし、モーターで駆動するクルマならではの、極低速域から強力なトルクが立ち上がる特性により、アクセルペダルを踏んだ直後からグッと前へ押し出される感覚が強い。
ちなみに、燃料電池のみを使用する「F-CELL」、リチウムイオン電池だけで走る「バッテリー」、両方をバランスよく使って走る「ハイブリッド」、そして、バッテリーを積極的に充電しながら走る「チャージ」という4種類のシステムモードを搭載する。
一方、ハンドリングはとにかく安定していて、まさに安定感のかたまりといった印象。それでいて、コーナーを旋回中にアクセルペダルを踏み込むと、グイグイ曲がっていくといった爽快感も味わえる。何を隠そう、GLC F-CELLは後輪駆動車であり、そうした構造も走りの気持ち良さにつながっている。
ただでさえ高価なFCV、しかもプラグインハイブリッド化され、ブランドは高級車の代名詞ともいうべきメルセデス・ベンツ…。これら要素を並べただけでも「さぞかしお高いんでしょ?」という気持ちになるが、その期待(心配?)を裏切ることなく、GLC F-CELL には1050万円というプライスタグが提げられている。
しかしメルセデス・ベンツは、日本の補助金を利用するなどにより、毎月9万5000円で乗れる4年間のリースプランを用意してきた。頭金0円、ボーナス払い0円で、価格には税金なども含まれるコミコミ価格だ。つまり、車両価格の半分以下(!)となる総額456万円を払えば、4年間、GLC F-CELLに乗れるというわけだ。
絶対的には高額であるものの、車両本体価格を考慮すればかなりお得なプランといえる。GLC F-CELLは、メルセデス・ベンツ初の量産FCVとして歴史に残るモデルである一方、販売方法という点においても、FCVの普及に向けて新たなチャレンジを示したクルマといえるだろう。
<SPECIFICATIONS>
☆GLC F-CELL
ボディサイズ:L4680×W1890×H1655mm
車重:2150kg
駆動方式:RWD
最高出力:200馬力/5400回転
最大トルク:30.6kgf-m/4080回転
価格:1050万円
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文/工藤貴宏
工藤貴宏|自動車専門誌の編集部員として活動後、フリーランスの自動車ライターとして独立。使い勝手やバイヤーズガイドを軸とする新車の紹介・解説を得意とし、『&GP』を始め、幅広いWebメディアや雑誌に寄稿している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
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