■変えてはいけないタイムレスなデザイン
ホンダというのはユニークな会社だ。(多分に私見が入った分析だが)何か新しいプロジェクトを始める際、彼らは以前の活動を否定することから入る。否定という表現が強すぎるなら、それ以前のプロジェクトがもたらした成果には頼らない、といい換えればいいだろうか。
代表的なところでは、F1活動が挙げられる。現在のプロジェクトは2015年より参戦をスタートしたが、その際、2000年から2008年までの“第3期活動”に携わっていた人材に頼ることなく、フレッシュなメンバーを中心に挑戦を始めた。ところが、目論見通りの成果を挙げられないことが明確になると、第3期ばかりか、それ以前の“第2期活動”(1983-1992年)を経験した人材の知見まで投入して立て直しを図った。ここへ来て、強敵メルセデスの牙城を崩すところまで実力を高められたのは、長年培ってきたホンダの技術力を総結集したからである。
量産車の開発においても似たようなところがある。今回、フルモデルチェンジで2代目へと進化したN-ONEも、開発当初は、先代のイメージを受け継ぎながら“変えること”を意識し、ボディデザインの刷新を考えたという。とはいえ、実際に大きく変える方向でエクステリアデザイン案を練ってみたものの、結果的には「変えない方がいい」との判断に至っている。
その結果、新型のボディの外板部分は、先代からのキャリーオーバーとなった。しかし、フロントグリルやバンパーといった樹脂パーツなどは、デザイナーの意図を反映したり、空力特性を最適化したりするため、入念に調整が行われた。中でも、フロントマスクの表情を決定づけるヘッドライトの角度は、念入りに調整したそうだ。
ちなみに、軽自動車で初の採用となった、ヘッドライト周囲をリング状に光らせるデイタイムランニングライトをウインカーと兼用する手法は、電気自動車である「ホンダe」と同じもの。N-ONEの特徴ともいうべき丸目のアイコンを強調した巧みな光の使い方で、見る人の目を惹きつけるのはもちろん、モダンに見せる上に、新旧モデルの識別ポイントにもなっている。
当初、エクステリアデザインを大きく変える方向で進んでいたにもかかわらず、最終的に原点に立ち返る決断が下されたのは、原点から離れてしまうというのが理由だった。そもそも、2012年にデビューした初代は、1967年に発売された「N360」を原点とし、そのコンセプトを継承することで生まれた。その際、ホンダはN360のデザインを“タイムレス”、意訳すれば“時代を超えて愛される”ものと定義づけている。つまり、無理に変える必要はなく、それどころか、むしろ変えてはいけないものとして、N-ONEのデザインを位置づけていたのだ。
開発陣によると、一度、違う方向に目を向けてみたからこそ、改めてそのことに気づけたという。実際、ユーザー調査を行ってみると、初代N-ONEのユーザーは機能や実用性だけでなく、アイコンとして定着しているN-ONEのカタチを高く評価していることが分かった。結果、デザインを大きく変えることはファンの期待を裏切ることにつながるとの判断から、開発陣は“(見た目を)変えずに(中身を)進化”させる道を選んだのである。
ポルシェに「911」というアイコンがあるように、ホンダにもN-ONEというアイコンがあってもいい。N-ONEの愛らしいカタチは、N360から始まった“M・M(マン・マキシマム/メカ・ミニマム=人のためのスペースは最大に、メカは最小に)思想”を受け継ぐことで結実したものなのだ。
■新型N-ONEのエンジンは自然吸気で十分
新型N-ONEは外板パネルこそ先代モデルと共用しているが、その中身は全くの別物だ。例えばプラットフォームは、2017年にデビューした2代目「N-BOX(エヌ・ボックス)」から採用が始まった新世代のものを使用している。新しい世代となったことを実感させるのはパーキングブレーキ。先代モデルは足踏み式だったが、新型は電動式となっている。そのほか、インパネやメーター回りといったインテリアのデザインも一新され、機能性や使い勝手が向上している。
新型N-ONEの全高は、先代のモデルライフ途中に追加されたロールーフ仕様と同じ1545mmに抑えられている。これは、タワーパーキングの要件を考慮した数値だ。とはいえ、身長184cmの筆者のドラポジに前席の位置を合わせた状態で、ヒップポイントがより高く設定される後席に座っても、高さ方向の窮屈さを感じることはなく、ヒザ前スペースにも余裕がある。さすがに静粛性では前席空間に分があるが、車速、路面を問わず後席の乗り心地も良好で、快適に過ごすことができる。
そんな新型N-ONEで驚かされるのは、NA(自然吸気)エンジン搭載車の力強い走りだ。NA仕様とターボ仕様とをラインナップするエンジンもやはり、N-BOXから投入が始まった“第2世代Nシリーズ”共通の最新ユニットに変更された。またトランスミッションは、NAの場合はCVT、ターボ仕様ではCVTに加え、6速MTを新設定している。
ターボに比べて非力なNAの場合、ちょっと強めの加速力が欲しいシーンにおいて、エンジン回転が一気に跳ね上がり、エンジンとCVTのノイズがいっしょになって室内へと侵入し、騒々しくなるというイメージが強かった。だが、新型N-ONEのNA仕様は乗り手が興ざめするほどエンジン回転を高めることなく、十分な力を発揮してくれる。
これまで「軽自動車を買うなら断然ターボ仕様」と思っていたが、新型N-ONEは「NAでも十分」。よりキビキビした走りを味わいたい人はターボ仕様、という選択になるだろう。
■シフトノブは「S2000」のそれをベースに設計
新型N-ONEのターボ車に新設定された6速MT仕様は、魅力的な選択肢だ。シフトレバーはCVTのセレクターレバーと同様、インパネ部分に配置される。筆者はそれを見て「前席の左右ウォークスルーを実現するため?」と早合点したが、開発陣は「そうじゃありません」とやんわり否定。その理由を説明してくれた。
MT仕様の開発に際し、当初はフロアシフトのプランも検討したという。しかしフロアシフトでは、変速するたびにシフトレバーを操作する手と助手席乗員のヒザとが干渉することが分かった。となると、いくら親密な関係であっても互いに気を遣う。それが、インパネシフトを採用した理由のひとつだという。そしてもうひとつ、操作性への配慮もあった。新型N-ONEのようにアップライトな運転姿勢となるクルマの場合、フロアシフトよりインパネシフトの方がハンドルからの距離が近い分、操作性の面で有利に働くのだ。
6速MT自体は「N-VAN(エヌ・バン)」のトランスミッションケースに「S660」のギヤユニットを収めたもの。1〜5速のギヤ比をクロスさせ、6速を高速巡航ギヤとしたギヤレシオの設定も、S660と同じだ。またクラッチも、S660と同じ高トルク型を採用している。
そうしたこだわりはシフトノブにも貫かれている。レバーの長さやシフトノブの角度を新型N-ONE用にチューニングしているのはもちろんのこと、シフトノブのメタル部分に、かつてホンダが手掛けていたオープン2シータースポーツカー「S2000」のそれを流用。さらにその周囲に、専用デザインの本革を巻いている。
こうした6速MTと新型N-ONEとの組み合わせは、どこにでもある市街地の道をスポーツ走行に適したステージへと変えてしまう。純粋に操作が楽しいのだ。
ただし悩ましいのは、6速MTを選択できるのが、スポーティなエクステリアをまとった「RS」グレードに限られること。14インチのホイールキャップを履くシンプルかつカジュアルな「オリジナル」や、上質で洗練された「プレミアム」でMT仕様を選びたくても、現状では選択できないのである。
開発陣も、そんな筆者の“ないものねだり”を重々承知のようである。先代モデルに比べると少々ビジネスライクに映るインテリアに関しても“次のカード”が用意してある模様だ。この先、どのようなバリエーション豊かなモデルへと育っていくのか。新型N-ONEはいろんな楽しみを秘めた1台である。
<SPECIFICATIONS>
☆オリジナル(FF/レッド)
ボディサイズ:L3395×W1475×H1545mm
車重:840kg
駆動方式:FWD
エンジン:658cc 直列3気筒DOHC
トランスミッション:CVT
最高出力:58馬力/7300回転
最大トルク:6.6kgf-m/4800回転
価格:159万9400円
<SPECIFICATIONS>
☆プレミアム(FF/グレー)
ボディサイズ:L3395×W1475×H1545mm
車重:840kg
駆動方式:FWD
エンジン:658cc 直列3気筒DOHC
トランスミッション:CVT
最高出力:58馬力/7300回転
最大トルク:6.6kgf-m/4800回転
価格:177万9800円
<SPECIFICATIONS>
☆RS(CVT/オレンジ)
ボディサイズ:L3395×W1475×H1545mm
車重:860kg
駆動方式:FWD
エンジン:658cc 直列3気筒DOHC ターボ
トランスミッション:CVT
最高出力:64馬力/6000回転
最大トルク:10.6kgf-m/2600回転
価格:199万9800円
<SPECIFICATIONS>
☆RS(MT/イエロー)
ボディサイズ:L3395×W1475×H1545mm
車重:840kg
駆動方式:FWD
エンジン:658cc 直列3気筒DOHC ターボ
トランスミッション:6速MT
最高出力:64馬力/6000回転
最大トルク:10.6kgf-m/2600回転
価格:199万9800円
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文/世良耕太
世良耕太|出版社で編集者・ライターとして活動後、独立。クルマやモータースポーツ、自動車テクノロジーの取材で世界を駆け回る。多くの取材を通して得た、テクノロジーへの高い理解度が売り。クルマ関連の話題にとどまらず、建築やウイスキーなど興味は多岐にわたる。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
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