そんな私の望みを叶えてくださったのはホンダでした。ええ、あのクルマメーカーのホンダです。以前から国内の熱気球大会に特別協賛しているとのことで、「熱気球ホンダグランプリ第1戦 渡良瀬バルーンレース2016」にて、ゲストとして熱気球に搭乗させてもらえることになったのです。持つべきは交渉ルートと多少の強引さ。ホンダさんありがとうございます!
まずは熱気球の構造と飛ぶ仕組みを勉強する
そもそも熱気球ってどんな仕組みで飛ぶんでしょうか。あまりにも知らなすぎるので、当日パイロットを担当していただく「ジャパンバルーンサービス」の石川さんに、簡単にお話をうかがいました。
「熱気球は、風船部分の球皮(きゅうひ)にプロパンガスを燃料としたガスバーナーで熱気を送り込み、浮力を得て上昇します。球皮の下には人と燃料を乗せる藤製のバスケットが接続され、バスケットと球皮の間にステンレス製のガスバーナーが備え付けられている、というのが基本的な構造です」。
球皮のサイズはどのくらいになるのでしょうか?「標準的なもので2200立方メートル、大きなもので5000立方メートルを越えます」。
……壮大過ぎてピンとこない(笑)。
ちなみに標準的なサイズのもので大人3、4人が搭乗可能だそうです。でも球皮って布製ですよね。ガスバーナーの火で燃えることはないんですか?「そんな簡単に燃えたら困ります(笑)。球皮は基本的にナイロン製で、ガスバーナーに近い下の部分だけ難燃性繊維(ノーメックスなど)が使われています」。
熱気球の動力源であるガスバーナーの火力は強力で、家庭用のコンロの1000倍以上だとか。当然、燃えないようにしっかり対策がされているわけです。
熱気球の操作方法はとても単純。浮上するときはガスバーナーを炊き、下降するときは球皮の天頂部分にある排気弁を開けて(紐を引っ張るだけ)熱気を逃す。
「確かに、縦方向の移動は自力で可能ですが、横方向の移動の場合は上空の風を読まなきゃならないんですよ。なぜなら、熱気球は風に乗ってしか進めない乗り物ですから」。
風を読む……『風の谷のナウシカ』のようになれと? 全然簡単じゃないですソレ。聞けば熱気球を操縦するには免許が必要で、取得はなかなか難しそう。残念ですが、当日は試乗といっても運転はせず、大人しく搭乗だけとさせていただきます(当たり前)。
飛ぶか飛ばないかは天候次第
フライトの朝は早い。早朝6時前、眠い目をこすりながら集合場所へ。渡良瀬バルーンレースが行われるのは、栃木県南に広がる日本最大の遊水地、渡良瀬遊水地。33平方キロメートルと広大な敷地、起伏がなく平坦、しかも高い建物などの障害物もない渡良瀬遊水地は、熱気球を飛ばすのに最適な場所なのだそう。
熱気球は天候に左右されやすい繊細な乗り物です。雨や強風の場合はフライト中止。たとえ地上の風が穏やかでも、上空の風が強ければやっぱりフライト中止。しかも、飛ぶか飛ばないかは当日の朝、現場での判断になるとか。
天気悪かったら取材できないじゃん……。まんじりともせず朝を迎えましたが、天候に恵まれて予定通りフライトが行われることになりました。これだけで取材の半分は終わったようなもんです(ホッ)。
我々取材班が搭乗するのは、ホンダASIMOがにょきっと飛び出た「ASIMOバルーン」。パイロットの石川さん以外の搭乗者は、私含めて3名。レースに出場するバルーンとは別で、渡良瀬遊水地周辺の上空を遊覧するオフィシャルバルーンです。
いよいよバルーンが上昇します!
いよいよ超巨大なASIMOバルーンを膨らませます。横たえた球皮の中に向かって送風機で空気を送り込んだ後、ガスバーナーを炊きます。どんどん膨らんで巨大になっていく球皮と、周囲に「ゴーーーッ」と響くバーナーの音に、否が応でもテンションが上がる我々取材班!
浮力が出てきてあっという間に球皮が立ち上がり、ガスバーナーを調節していた石川さんから「すぐに飛びますから早く乗って下さい!」の叫び声が。慌ててバスケットの縁からよじ上って全員搭乗完了(競技気球が近づいていたので、邪魔にならないよう早く離陸する必要があったらしい)。
バスケットの中にプロパンガスのボンベ4本と大人4名がみっちり詰め込まれ、あまり身動きはとれない状態です。そうこうしているうちに地面からバスケットがゆっくり離れ、音もなくスーッと上昇。揺れや衝撃はまったくありません。
条件が揃えば500〜1000mまで上昇することもあるそうですが、今回は高度150〜200mくらいを上下しつつ、風を捕まえてゆっくり移動を開始。風と同じスピードで進むため、カラダに風を感じることがなく、上空でもあまり寒くありません。
風を切る音もせず、時折ガスバーナーの音が響く以外は、まったくの静寂の空間。あまりに静かだからか、バルーンに向かって呼びかけてくる子どもの声など、地上の音がかなりはっきりと聞こえるんですよ。
また、上昇するにつれ地上のものが遠く小さく見えるのに、そのひとつひとつが妙にくっきりと鮮明に映るのも不思議。民家の庭先に干してある洗濯物の詳細までよく見えてしまうという(笑)。視覚聴覚が研ぎ澄まされるこの感じ、もし“バルーン・ハイ”なるものがあるのなら、このことなんじゃないかな。
パイロットの「風を読む力」にかかっている
パイロットの横には風量計やタブレット端末、地図が留められたボードが用意され、これらの情報と地上との交信内容と併せて、どう進むかなどを判断するそうです。
上空にはいくつかの風の層があり、バルーンをどの層の高さに着けるかで、進む方向や速度が変わります。その調整はパイロットの腕次第で、レースの場合はさらにその精度の高さが要求されます。
ここで簡単ですが、バルーンレースについて説明しましょう。基本的な競技内容は、地上に記された「ターゲット」と呼ぶ×印の上に、バルーン上から「マーカー(砂袋にリボンが付いたもの)」を落として、その着地点の近さでポイントを争うというもの(カーリングに近い感覚ですね)。
広大な指定エリア内に数カ所のターゲットが設けられ、オリエンテーリングのように順番にマーカーを落としていきます。パイロットは風を読んで移動し、よりターゲットに近い場所でバルーンを下降させなければならないのです。我々取材班の搭乗するバルーンは競技のようにシビアなフライトはしませんが、最後に大きな見せ場が待っていました。それはいったい……?
バルーン最大の見せ場は「着地」にあり!
フライトを1時間以上楽しんだところで、そろそろ着地ということに。実はこの着地が、フライトの大きな見せ場のひとつなのです。
競技でもフリーフライトでも、着地地点を決めるのはパイロット。指定された広大なエリアの中の“どこかに着地する”ことになります。しかしそこには多くの制約が。
当然、建物や耕作中の田畑、交通量の多い道路などは避けなければなりません。さらに着地までの低空飛行は避けられないため、電線や高圧線に引っかからない場所を選ぶ必要があります。その他、球皮を畳んで回収するスペースが要るなど、臨機応変な判断が求められます。
我らがパイロットの石川さん、地上のチェイスカー(バルーンを回収するためのクルマ)と交信しつつ、先に見える休耕中の畑に着地することに決めたようです。徐々に高度を下げ、目標(着地地点)に向かってアプローチ。地表の風が少し強かったようで、バスケットが接地してから少し引きずられる格好になりましたが、何とか無事に着地成功!
着地時に多少の衝撃があるのではと思っていましたが、藤製のバスケットがしなやかに衝撃を吸収してくれました(なぜ未だに藤製なのかという疑問はこれにて解消)。さっきまで200m上空に浮いていたのに、降りるのはあっという間でした。嗚呼もっと飛んでいたかったよ!ちなみに、あらかじめ当該地域のご協力とご理解を得て着地させていただいています。
三次元の移動に感じたのは、果てしない自由!
初めて熱気球に搭乗して感じたのは「なんて自由な乗り物なんだ!」ということ。眼下の道路を走っているクルマは、決して空中を移動することはできません。かたや自分が乗っている熱気球は、上下左右自由に空間を移動することができる。
もちろん風向きによっては好きな方向へ行けないし、高度にも制限がある。その他にもフライトには多くの制約はありますが、物理的に三次元の移動が可能ということだけで、底知れない自由を感じました。空中を移動する乗り物は数ありますが、例えばヘリコプターは似たような感覚なのかもしれませんね。
高度200m程度なら東京スカイツリーの方がずっと高いはずです。でも、熱気球に搭乗して目に映る風景、感じる静寂、その他すべてが非日常。ただ単に高所に登っただけでは得られない感動を得ることができたと思います。
全国各地で開催の「熱気球ホンダグランプリ」
今回の搭乗に協力いただいた「熱気球ホンダグランプリ」は、第1戦の渡良瀬レースを皮切りに、全国各地で開催されます。第2戦の会場は長野県佐久市(5月3日〜5日)。続いて三重県鈴鹿市、岩手県一関市、最終戦の佐賀県佐賀市と転戦。
各会場では競技以外に、熱気球の係留やキッズ向けの熱気球教室などのさまざまなイベントが催されます。中でもイチオシは夜に開催される「バルーンイリュージョン」。ガスバーナーの赤い炎に染まったバルーンが夜空に映える幻想的な美しさは感動的です。
さらに、ロープで地上に繋いだ熱気球を上昇させる「係留飛行」に搭乗可能な会場も(有料:要問い合わせ)。こういった機会にぜひ熱気球に触れ、どんな乗り物なのか知ってもらえたら嬉しいですね。ぜひご家族やカップル、お友だち同士で出かけてみて下さい!
「熱気球ホンダグランプリ」専用サイト
http://www.honda.co.jp/balloon/
熱気球運営機構
http://www.air-b.com/
(取材・文・イラスト/三才はるな)
クルマ、自転車、オートバイ、旅行関連メディアで活動するエディター・ライター。書籍やムックの編集にも携わる。基本的に「タイヤのついた乗り物」ならなんでも興味アリ。一輪から四輪まで、さまざまな乗り物に触れて操る楽しさを、わかりやすく伝えるのがモットー。
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