■ランニングコストは10km/Lのレギュラーガソリン車と同等
新型ミライの燃料電池車としての使い勝手も報告しておこう。納車後1500kmほど走ったが、自宅近くに数軒の水素ステーションがあるため(これも購入理由のひとつだ)今のところ不便を感じたことはない。
これまでの平均燃費は水素1kgあたり90km。水素タンクの容量は5.6㎏だから航続距離は5.6×90で504kmとなる。エコランすればカタログ数値の750kmに届かせるのも不可能ではないが、まあ実用500kmと思っておけばいいだろう。最近は電気自動車でも500km以上走れるものがでてきているため500kmという数字自体はとりたてて目立つものではないけれど、燃料電池車が圧倒的に優れているのはわずか3分で500km分の水素充填ができてしまうこと。一部でささやかれる、ステーション側の圧力低下による充填待ちに関しても、「SORA(ソラ)」という燃料電池バスに続いて充填したことがあるが、充填時間が通常の3分から5分程度に延びたくらいで特に問題はなかった。マンション住まいなどで自宅充電ができない人にとって、この利便性は大きなアドバンテージになる。ちなみに水素の価格は消費税込みで1kg当たり1210円。ざっくりリッターあたり10km走るレギュラーガソリン車と同等のランニングコストになる。
肝心の水素ステーションだが、現状は全国でわずか162カ所。しかもその大半は大都市に集中し、営業時間も短い。しかし、水素ステーション設置に関する国の規制緩和はどんどん進んでいて、従来は5億円の建設費が必要だったのが2億円程度に下がる見込み。既存のガソリンスタンドへの併設や、実証実験段階だがセルフ型も営業中だ。また、エネオスは2021年度に洗車機を備えた24時間営業の水素ステーションを東京都の晴海に開業する予定と、利便性は今後確実に改善されていく。2025年度までに全国で320カ所の建設という目標が達成され、さらに高速道路のサービスエリアにも水素ステーションができれば、ほぼガソリン車と変わらない使い勝手で燃料電池車に乗れる人が間違いなく増えていく。
■低カーボン社会と水素はセットで考えるべき
エコ度という点はどうか? 水素は水を電気分解して作れるが、現状は天然ガスからの改質で作った水素がメインであり、走行段階を除けばカーボンゼロではない。この辺りは火力発電で得られた電気で走る電気自動車と同じ文脈だ。
しかし、国の方針である2050年のカーボンニュートラルを考えると、太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーを増やすことは必要不可欠であり、そこで水素は“電気の缶詰”として大きな役割を果たす。太陽光発電や風力発電は日照条件や風の強さで発電量が大きく変動するため、電気が余る日もあれば不足する日も出てくる。そこで安定した電力を提供するには電力を溜めておく必要が出てくるのだが、バッテリーは短期的な需給調整には向いているが、夏と冬の季節変動まで含めた大量の電力を長期間に渡って備蓄しておくのには向いていない。そこで電力を水素に変換するというアイデアが意味を持ってくる。つまり、バッテリーか燃料電池かという二元論は全くもって無意味な議論であり、再生可能エネルギーを増やしていくには両方が必要、いい換えれば低カーボン社会と水素はセットなのだ。
クルマ単体として考えた場合も、ガソリン車の置き換えは電気自動車、ディーゼル車の置き換えは燃料電池車というように棲み分けが進んでいくだろう。「わざわざ水素を作るより電気をバッテリーに溜めて走らせた方が効率がいい」と主張する人もいるが、たくさんの荷物を積んで長距離を走る大型トラックを、大きくて重いバッテリーで走らせるのもまた非効率極まりない。重要なのは適材適所の発想である。
水素はまだまだコストが高く(1210円/㎏では赤字だろう)、かつ化石燃料を原料としているのが現実であり、燃料電池車が現時点で素晴らしくエコであるとはいえない。しかし、今後トラックや船舶、発電所など、社会全体での水素消費量が増え、同時に再生可能エネルギーの供給量が増えていけば、単価は3分の1程度まで下がり、かつカーボンニュートラルを実現するためのキーテクノロジーのひとつに成長していくだろう。そんな水素社会に向けた最初の一歩がミライだ。実際、ミライの燃料電池スタックは今後バスやトラックのほか、船舶や産業用発電機といったさまざまな場所で活用される予定だ。
このように大いなる可能性を秘めた燃料電池車だが、繰り返しになるが、そこは僕がミライを購入した決定的な理由ではない。来たるべき将来の水素社会という壮大な社会実験に参加することにそれなりの面白さがあるのも否定しない。が、710〜805万円という価格はボランティア精神で気楽に参加できるようなレベルじゃない。自治体によっては最大で200万円以上出る補助金を差し引いたとしても、クルマとしての魅力がなければ成立しないことは、7年で4000台弱という販売台数にとどまった初代ミライが如実に証明している。そういう意味で、新型ミライを開発するに当たって、クルマとしての魅力をとことん磨き上げてきたところにトヨタの燃料電池車普及に対する並み並みならぬ意気込みを感じる。そして、それにまんまと乗せられた人物がここにひとりいるということだ。
>>トヨタ「ミライ」
文/岡崎五朗
岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
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