EVシフトが進む今こそ味わいたい!絶滅が危惧される珠玉のエンジン☆岡崎五朗の眼

■ポルシェやフェラーリもEVやPHEVを出す時代

フェラーリ SF90ストラダーレ

18世紀末から19世紀初頭にかけてのクルマの動力源は、電気、内燃機関、蒸気機関が人気を分け合い、しのぎを削っていた。しかし1920年頃に、大きくて重くて扱いが面倒な蒸気自動車と、航続距離が短い電気自動車がマーケットから駆逐され、エンジン車が優位に立つと、以降100年間にわたってその天下が続いた。経済性、航続距離、動力性能、燃料補給の簡単さ…そのポテンシャルはどこから眺めても優秀で、他の方式がそう簡単に乗り越えられるものではない。だからこそ、人類が月に行き、コンピュータが驚異的な進化を遂げた21世紀になってなお、主流であり続けているのだ。

ところが、地球温暖化という新たな課題がクローズアップされるにつれ、エンジンが吐き出すCO2(二酸化炭素)が問題になってきた。燃焼効率の改善やハイブリッド化などによって燃費を向上させる=CO2排出量を減らすことはできるが、化石燃料を燃やして動力を得るという基本構造上、CO2をゼロにはできない。そこで注目されているのが走行時はCO2を全く排出しないEVだ。もちろん、動力源である電気をつくる時にも、バッテリーの製造段階でもCO2は出る。特に火力発電の割合が高い国では、生産段階から廃棄段階に渡って排出されるEVのトータルCO2排出量はハイブリッド車と大差ない。しかし電力構成のクリーン化を図っていけばCO2排出量を減らせる、という点がEVのアドバンテージだ。

とはいえコトはそう簡単ではなく、ヨーロッパのように偏西風が吹くわけでも、サウジアラビアのように晴天率が高いわけでもなく、かつ水力発電の適地もあらかた開発し尽くしてしまった日本において、今後劇的に再生可能エネルギーを増やしていくのはほぼ不可能だ。いや、やろうと思えばできないことはないが、それと引き換えに現状の数倍の電気料金を覚悟する必要があるだろう。高い電気料金は家計を直撃するだけでなく、製造業の海外移転をも促し、結果、日本の経済は落ち込んでいく。それがイヤなら原発しかない、というのが、今の日本が置かれている状況だ。昨今の脱炭素議論や、それに伴うEV待望論にはその辺りの視点が欠けていて、僕にはどうしてもお花畑的理想論に感じてしまう。

とはいえ、日本個別の事情などよそに、世界が脱炭素に向かっているのは動かしようのない事実であり、今後エンジン車がますます生きにくくなるのは間違いない。もちろん、今すぐにEVへの大転換などできるはずもなく、EV化は徐々に進んでいくというのが現実的なシナリオだが、その過程でエンジン車に対するCO2削減の要求度はますます高まっていき、それに連れ高性能エンジンが減っていくのは間違いない。はっきりいってしまえば、高性能エンジンは絶滅危惧種だということだ。

事実、フェラーリやポルシェからも自然吸気エンジンはあらかた消え去り、燃費(とパワーの両立)を目的としたターボ化がほぼ完了。次のステップとして、ポルシェはEVの「タイカン」を、フェラーリはPHEV(プラグインハイブリッドカー)の「SF90ストラダーレ」を投入している。数年以内にはフェラーリからもEVが登場する予定だ。

ポルシェ タイカン

エンジンの魅力で売ってきた両社さえそうなのだから、他の自動車メーカーは推して知るべしである。e-fuelやバイオフューエルといったカーボンフリー液体燃料といった望みはあるものの、コストや大量生産、生成時のエネルギー効率等の問題で普及には時間が掛かる。また、年々厳しくなる燃費規制をクリアするためには性能やフィーリングを犠牲にして効率を高める必要がある。そう考えると、痛快なエンジンを未来永劫楽しみ続けられると考えるのは楽観的に過ぎるだろう。逆にいうと、本当に気持ちのいいエンジンを味わいたいのなら今のうち、ということだ。

■最高に気持ちのいいエンジンは減少傾向

スバル EJ20型エンジン

SNS等で「エンジンと電気モーターのどっちが気持ちいいか?」という議論を見掛けるにつけ、「あまり意味がないぁ」と思ってしまう。というのも、エンジンにもモーターにも長所や短所があるし、何よりエンジンにはいろいろな種類があるからだ。最高に気持ちのいいエンジンであれば、という注釈つきなら、エンターテインメントにおいてモーターはエンジンにかなわない。しかし、普通のエンジンであれば総合的に見てモーターの方が気持ちいいと思う。

問題は、最高に気持ちのいいエンジンが次第に減ってきてしまっていることだ。技術は進歩しているはずなのになぜ気持ちのいいエンジンが減っているのかといえば、技術の方向性が気持ち良さではなく、効率=燃費に向かっているからだ。これまで数百種類のエンジンを味わってきたが、気持ちのいいエンジンはたいてい燃費が悪い。逆に、最新の高効率エンジンはカサカサして味気ない。これにはいろいろな理由があって、まずは小排気量化とシリンダー数の削減がデカい。6リッターV12エンジンなどはもはや存在が許されなくなってきているし、V8エンジンも数えるほどしかない。加えて、燃焼効率を引き上げるための燃焼プロセスの高速化は耳障りな高周波音を発生し、薄い混合気をきれいに燃焼させるための燃焼室のコンパクト化は高回転域が苦手なロングストローク型エンジンを増やした。さらに軽量化を目的としたエンジンブロックの薄肉化も振動特性の悪化を助長している。そう、ダイエット食が美味しくないのと同じようなことがエンジンの世界でも起こっているのだ。そんな退屈なエンジンしか知らなければ、エンジンなんかよりモーターの方がずっと気持ちいいよ、と感じるのは当然だと思う。

しかし、少数派にはなったが、今でも“最高に気持ちのいいエンジン”はかろうじて残っている。最近試乗した中で特に印象的だったのが、ポルシェ「718ボクスター」と「718ケイマン」が積む4リッター自然吸気の水平対向6気筒だ。とにかくレスポンスが超絶的に素晴らしい。EVの紹介記事で「このレスポンスの良さはエンジンでは到底実現できない」というフレーズを見掛けるし、僕も書いたことがあるのだが、718ボクスター/718ケイマンのエンジンは例外で、遅れは限りなくゼロであり、右足と後輪が直結しているかのようなダイレクト感を味わえる。加えて、回せば回すほどパンチ力が出てくる特性や痛快なサウンドも素晴らしい。アドレナリンが湧き出てくる感覚は、やはりエンジンでしか味わえない最高のエンターテインメントだ。

ポルシェ 718ケイマン

クーペの「4シリーズ」やセダンの定番である「3シリーズ」などに積まれるBMWの3リッター直6ターボも素晴らしい味わいの持ち主だ。ツヤとか息吹とか鼓動とか囁きとか咆哮とか、そういった言葉を使わなければこの魅力は伝えられないな、と思える辺りがモーターとは決定的に違う。BMWも積極的にEVシフトを進めているが、このストレート6はなんとしても残して欲しい逸品である。

BMW 4シリーズ

ほかにも、アウディ「TT RS」の直列5気筒ターボ、マセラティ「レヴァンテ」の3.8リッターV8ターボ、日本車ではホンダ「NSX」の3.5リッターV6ターボ+モーター、日産「GT-R」の3.8リッターV6ターボ、「LC500」などに積まれるレクサスの5リッターV8などがエンターテインメント性の高いエンジンとしてリストアップできる。しかし、どれもいかんせん価格が高い。手頃な価格で手に入るものとしては、ホンダ「シビック タイプR」の2リッター直4ターボや、スバル「WRX」などの“EJ20型”水平対向4気筒ターボが思い浮かぶが、シビック タイプRはすでに生産中止(次期モデルに期待)、EJ20型はエンジンそのものが廃止されている。

ホンダ シビック タイプR

スバル WRX STI

そんな中で「いいな!」と思うのはアバルト「595」の1.4リッター直4ターボだ。まずサウンドが素晴らしく気持ちいい。弾けるようなトルク感も最高だ。エンジンの強烈な存在感を常に感じながら走る歓びという点で、アバルト595のポテンシャルは相当高い。

アバルト 595

ほかにはマツダ「ロードスター」の1.5リッター直4も好みのエンジンだ。エンジン自体、特別パワフルとか刺激的というわけではないが、約1トンという軽量ボディと自然吸気エンジンの組み合わせ、手頃なパワーによる“使い切る楽しさ”はほかではなかなか味わえない。マツダといえば、2.2リッター直4ディーゼルも味わい深いし、高効率化を追求したハイテク系エンジンの中では2リッター直4の“スカイアクティブX”も優れたフィーリングの持ち主だ。

マツダ ロードスター

とはいえ、正直なところパッと思い浮かぶ最高に気持ちのいいエンジンはどんどん減ってきているのが実情。このままでは、EVの性能が上がりシェアが本格的に増えるより前に気持ちのいいエンジンが絶滅してしまうかもしれない。今後EVは増えていくが、エンジンがすぐになくなるわけはない。モーターとコンビネーションを組みつつ15〜20年後もクルマの重要な動力源であり続けるだろう。もちろんCO2削減も重要だが、それと並行して、自動車メーカーには気持ち良さを重視したエンジンの開発も求めたい。

文/岡崎五朗 

岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

 

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