■無秩序な道路での完全自動運転はかなり難しい
自動運転は近い将来、実現するのだろうか? すぐにでも実現するかのような記事が多くのメディアに出ているが、そういう話に乗るほど僕は楽観主義者じゃない。もしかしたら、今後どこかの誰かが革命的なセンサーなりシステムなりAIなりを発明する可能性もゼロではないが、自動運転開発者へのインタビューや現在の進捗状況から考えると、普通の人が普通に買える乗用車に、一般道を含めたすべての道路での完全自動運転、いわゆるレベル4以上が搭載されるのはベストシナリオで15年、もしかしたら30年は掛かるだろう。
「テスラの自動運転はすごいらしいじゃないか?」と思っている人もいると思う。しかし、世間一般のイメージとは裏腹にテスラの自動運転は依然としてレベル2止まり。テスラCEO(最高経営責任者)のイーロン・マスクが以前ぶち上げた「2020年の自動運転タクシー100万台計画」にしても、2021年になった今なお1台も走っていないのが現実だ。僕が取材した国内外メーカーの自動運転技術者は口をそろえて「実際にテスラを購入して評価してみたが、部分的には進んでいるもののトータルとしては使い物にならない代物だ」といった意味のことをいう。しかしそれは他メーカーにしても大同小異。クルマのあり方を根底から変えるといわれた自動運転だが、いざ取り組んでみるとさまざまな困難に直面し、各社の目論見と現実には大きな乖離が生まれている。
なぜ自動運転はそこまで難しいのか? 理由はいろいろあるが、まずは航空機の自動操縦を引き合いに出すのが最も分かりやすいだろう。旅客機には進化した自動操縦システムが備わっている。しかしパイロットの存在をなくすなどという話が一切出てこないのは、安全を担保するには高度に訓練されたパイロットが絶対に必要だからだ。広い空でもそうなのだから、ガードレールにトンネル、工事現場、並走車、対向車、自転車や歩行者が無秩序に存在する道路での完全自動運転がいかに難しいかは容易に想像できると思う。
■さまざまな困難があっても前に進もうとしたホンダ
そんな中、今、最も進んでいる自動運転車が、世界で初めて自動運転レベル3を実現したホンダ「レジェンド」だ。自動車専用道路を走行中、なおかつ渋滞時のみ、という限定条件はつくものの、“ホンダ センシング エリート”を搭載したレジェンドのドライバーは、アクセルペダルから“足”を、ハンドルから“手”を離すだけでなく、周囲から“目”を離して車載モニター上の動画視聴やスマホ操作(ホンダは推奨していないが法的にはOK)が行える。
この“周囲から目を離し”というのが、今、普及が進んでいるレベル2との決定的な違いだ。レベル2の中で最も進んでいる日産自動車の“プロパイロット2.0”やスバルの“アイサイトX”は、ハンズオフ=手放し運転こそできるものの、レベル2なので目を離すのはNG。ドライバーは常に周囲に目を配り、不測の事態が起きたらただちに運転を代われるようスタンバイしておかなければならない。事故が起きた時の責任の所在も100%ドライバーだ。それに対し、不可避のもらい事故やシステムが発するアラームをドライバーが無視するといったケースを除き、レベル3運転中の事故は基本的には車両側が負う。
上記の“責任の所在”に関する文章は、うっかりすると軽く読み飛ばしてしまいがちだが、自動車メーカーにとっては滅法高いハードルだ。自分が自動運転車の開発者になったと考えてみて欲しい。事故の責任を自分が負うことになるかもしれない…これはもう想像を絶するほどのプレッシャーである。そもそもレベル3の認可基準に書かれている「合理的に予見される事故を避けられるだけの性能をもつこと」という文章自体、かなり曖昧だ。前例がないだけに、もし事故が起きて裁判になった場合、どう転ぶか全く予想がつかない。
それでも前に進もうとしたホンダの勇気には最大限の敬意を表したいが、ホンダとて根性と勇気だけでレベル3を発売したわけではない。現状考えうる最高のシステムを与えると同時に、現状考えうるあらゆるリスクに対応すべく複数のバックアップ機能を組み込むなどして、事故のリスクを最小化するシステムをつくりあげた。その結果が1100万円という、通常のレジェンドより300万円以上高い価格である。これだけのことをしても、できるのは高速道路上での渋滞時の目離し運転のみ。これが現時点における最も進んだ自動運転の姿だ。正直、この機能にプラス300万円を支払える人はそう多くはないだろう。普通の感覚でいけば、ほとんどの人はひとケタ少ない金額でハンズオフを実現したプロパイロット2.0やアイサイトXを選択するのではないか。
■当分はレベル2がメインストリームであり続ける
これまで長々とレベル3について書いてきたのは、条件つきのレベル3であってもこれだけ難しいのだから、レベル4やレベル5の難しさは想像を絶するということを理解していただくためだ。
特にネックとなっているのがセンサー類の性能。ミリ波レーダーもLiDAR(ライダー)も、実はこの10年であまり大きな進化をしていない。LiDARは自動運転に欠かせない高性能センサーの代名詞になっているが、上下視野角はわずか3度程度であり、クルマが上下動すると簡単にロストを起こすし、解像度も十分とはいえない。今後は8メガピクセル級の高解像度カメラを併用するようになるだろうが、それでも路面に落ちているタイヤをやっと3秒前に検知できるようになるかもしれない程度の話だ。
対して人間の目は、一説によるとおよそ5億画素相当の解像度を持つとされていて、さらにそこに脳による推測が入るため、ずっと速い段階から検知、認知し、回避行動をとれる。そのほかにも、コンピュータには動いているものの認知は得意だが止まっているものの認知は苦手という特性があり、道路の穴やパイロンによる車線規制、荷崩れ、動物(特に動かない死骸)などの回避性能にも不安を残す。前のクルマが突然、横に回避したらその先に停止車両が…といったシーンに至っては、システムが反応するまでに0.5〜1秒掛かるのが現状であり、人間の能力を超えるに至っていない。
自動運転の時代はもうすぐそこまで来ているとマスコミがあおり、企業のトップも思わせぶりな発言をし、しかし開発の最前線で奮闘しているエンジニアは悲観的な見通しをする。これが自動運転の現在地だ。取材を進めれば進めるほど見通しが悪くなるというのが偽らざる印象である。限定条件つきレベル3は今後いくつかのメーカーから登場するだろうが、当分の間はレベル2がメインストリームであり続ける。
とはいえそれは、進化しないという意味ではない。クルマにすべてを任せようとすると話がややこしくなるが、表面的にはレベル2にとどめ、内部ではレベル3、もしくはレベル4相当のシステムを動かすことでドライバーのミスによる事故を防ぐ。そんなレベル2なら、複雑なバックアップ機構が不要になり安く提供できるし、何よりクルマがもたらす最大の害悪である事故の減少に確実に貢献してくれるに違いない。
文/岡崎五朗
岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
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