■サステナブルなスポーツカービジネスを成立させるには?
トヨタ86改めGR86とスバルBRZがフルモデルチェンジした。初代モデルのデビューは2012年だから9年ぶり。一般的なクルマのモデルチェンジサイクルが5〜6年であることを考えるとかなりスローペースでの刷新だ。でも、多少ペースが遅かろうが、こうしてフルモデルチェンジが行われ新型が登場したことを素直に喜ぶべきだろう。
スポーツカーはかつてないほど生きにくい時代を迎えた。メルセデス・ベンツ「SLC」は2019年に生産を終了。アウディ「TTクーペ」は辛うじて生産が続いているが次期モデルはない。ホンダは先日「S660」の生産を2022年3月に終了するとアナウンスしたのに加え、現行「NSX」も2022年12月に生産終了すると発表した。
年々厳しさを増す燃費規制、SUVという新しい選択肢の登場、実用性志向の高まりなど、ユーザーの嗜好が変わりスポーツカーマーケットのパイが減ってきた結果が、相次ぐスポーツカーの生産終了だ。フェラーリ、ランボルギーニといった高付加価値・少量生産を前提とした専門メーカーは好調な業績をキープしているものの、大量生産・大量販売を前提に成り立っている量産車メーカーにとって、開発コストが掛かる割に台数がさばけないスポーツカーはもはやソロバンの合わないビジネスなのだ。
しかし、だからといって「もうからないからやめます」というのはあまりに寂しいよね、とも思う。実際、やめるという決断を下したメーカーがある一方、残す決断をしたメーカーもある。BMWは「Z4」を2018年に刷新した。“駆け抜ける歓び”を標榜するBMWらしい決断だが、その背景にはトヨタ「GRスープラ」とエンジン&プラットフォームを共有することによる開発コストの低減とスケールメリットの増大があった。トヨタから共同開発の申し入れがなければ、SLCやTTと同じ運命をたどっていた可能性が高い。86とBRZもそうだ。デザインと企画をトヨタが、開発と生産をスバルが担当するという協業がなければ、このクルマが世に出ることはなかった。
結果的に、GRスープラにも86にもトヨタ製エンジンは搭載されず、生産もトヨタ以外の工場が担当することになった。これに対し「トヨタは他人のふんどしで相撲を取っている」とか「自社のバッジを付けたスポーツカーに自社製エンジンを積まないなんてあり得ない」、「プライドはないのか」といった厳しい批判も出た。しかし、そういった批判が起こるのを承知で、それでもトヨタはなんとしてでもスポーツカーを残そう考えた。その結果がZ4とGRスープラ、86 とBRZである。このなりふり構わぬ姿勢、名を捨てて実を取る手法こそがトヨタを率いる豊田章男社長のスポーツカー愛であり、また、クルマを絶対にコモディティ化させないという強い意志の表れでもある。
もちろん、「トヨタほどの規模の企業なら自前でつくれよ」と思う人もいるだろう。やる気になればそれは可能だ。しかし、企業経営が趣味でもなければ慈善事業でもないことを最もよく分かっているのがトヨタである。モータースポーツへの参戦を含め、彼らはソロバンが合わないなら、合うにはどうすればいいかをまず考える。そして答えが見つかれば、経営環境が悪化しても手を引く必要のないサステナブルなスポーツカービジネスが成立するわけだ。
■両車の違いを同時に試せるようにしてくれたら親切
新しいGR86とBRZは、基本プラットフォームを初代からキャリーオーバーしつつ、“フルインナーフレーム構造”とすることでボディ剛性が大幅に向上。エンジンは排気量を2リッターから2.4リッターへと拡大して動力性能を高め(207馬力→235馬力)、タイヤはよりハイグリップに、サスペンションも強化した。
その結果、新しいGR86&BRZの走りは明らかにスポーツ度を増した。全域で力感を増しつつ、トップエンドの伸びきり感がいささかもスポイルされていない2.4リッターエンジンは、高周波音を強調する“サウンドエンハンサー”の効果と相まって痛快な走りをもたらす。従来の2リッターエンジンも決して非力ではなかったが、2.4リッターの速さは正真正銘のスポーツカーといっていいレベルにある。
それに合わせ曲がる能力も引き上げられた。初代はあえてグリップの低いタイヤを履かせて操る楽しさを演出していたが、新型はサーキットを走ってもグリップ不足を感じさせない。4本のタイヤがググッと路面をつかみ、より次元の高いコーナリングを生み出している。それでいて限界域でのコントロール性がピーキーになっていないのはボディがしっかりしたから。逆にいえば、フルインナーフレーム構造の採用による大幅なボディ剛性向上があったからこそ、より強力なエンジンとハイグリップタイヤを使いこなせるようになったということだ。
そんな優れたポテンシャルをベースに、GR86にはGRの、BRZにはスバルの目指す理想の走りが与えられているのも面白い。主な違いは以下の通りだ。
・フロントスプリング:GR86=28Nm/mm、BRZ=30Nm/mm
・リアスプリング:GR86=39Nm/mm、BRZ=35Nm/mm
・フロントハウジング:GR86=鋳鉄製、BRZ=アルミ製
・フロントスタビライザー:GR86=中実φ18mm、BRZ=中空φ18.3mm
・リアスタビライザー:GR86=φ15mmサブフレームブラケット取付、BRZ=φ14mmボディ直付
このほか、スロットル特性やショックアブソーバーの減衰力特性も違う。ひと言で表現すれば、ダイレクトでキビキビした動きのGR86、安定感とコントロール性のBRZとなる。どちらがいいという問題ではなく、これはもう好みの世界。F1のアルファタウリ・ホンダでチームメートのピエール・ガスリーと角田裕毅が、同じマシンでありながらそれぞれセッティングが異なるように、GR86とBRZのどちらを選ぶかもドライビングスタイルや好みによって決まる。無理な相談であることを承知の上で、スバルのディーラーにGR86を、逆に、トヨタのディーラーにBRZの試乗車を用意し、両車の違いを同時に試せるようにしてくれたら最高に親切だなと思った。
■スポーツカーらしさが増した2台は次なるステップへ
最後に触れておきたいのが内外装の目覚ましい進化だ。初代の86&BRZに対する僕の評価はあまり芳しくなかった。もちろんスポーツカー不毛の時代に買いやすい価格の後輪駆動スポーツカーを出してくれたことは高く評価していたし、走りの楽しさも大いに気に入っていた。だが、色気のない外観や、質感は二の次といった内装を見るにつけ、もったいないなと感じていた。走りにフォーカスしたクルマ選びをする人には文句なしに刺さるけれど、「スポーツカーってなんかカッコいいよね」とか「一度は乗ってみたい」とか「もう一度乗りたい」と思っている人たちの心を捉え、潜在需要を掘り起こすには走り以外の部分がちょっとばかり雑だったのだ。
その点、新型のルックスは見違えるほどエモーショナルになった。フロントフード両端の峰が生み出すクッキリした陰影はとても美しいし、リアフェンダーの豊かな膨らみもセクシーだ。ここまでエクステリアデザインが良くなれば見た目から入る人にも強くアピールするに違いない。
コンパクトカー以下だったインテリアの質感(後期モデルではかなり改善されたが)も、ナビゲーションが相変わらず汎用2DINタイプなのは残念だが、まあこれなら大きな不満は出ないだろうと思えるレベルまで上がってきた。例えば、アルカンターラのような上質でクールな素材をおごった仕様や、インテリアに溶け込む専用ヘッドユニットなどを追加していけば「走りも大事だけどカッコよさも大事」という初代が呼び込めなかった顧客層を獲得できるようになるだろう。
ビジネス面にフォーカスすれば、協業によってスポーツカービジネスをサステナブルなものにしたことがGR86&BRZのトピックだ。それをベースに、よりスポーツカーらしさを増した走りとエモーショナルな魅力に磨きを掛けてきたのが新しいGR86&BRZといえる。次のステップに踏み込んだ両車によってスポーツカーがどこまで復権を果たすのか? 大いに期待している。
文/岡崎五朗
岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
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