2035年にエンジン車全面禁止!?欧州委員会の規制案は正論か暴論か?☆岡崎五朗の眼

■政治側がメーカーの予想以上に急進的となったEVシフト

2021年7月14日、EU(欧州連合)の行政執行機関である欧州委員会は、「2035年以降にEU域内で販売される新車のCO2(二酸化炭素)排出量をゼロにする」という急進的な規制案を発表した。これが意味するのは、ディーゼル車やガソリン車はもちろん、ハイブリッド車やプラグインハイブリッド車といったエンジン搭載車の全面禁止だ。2035年といえば、多くの人にとって次、もしくは次の次に買うクルマが対象ということになる。一軒家の所有者ならまだしも、自分専用の充電器を確保できない集合住宅住まいの人にとって、EVの押し売りは悪夢のような話である。

欧州マーケットは年間1500万台規模。それだけのクルマがゼロエミッション化すれば、さぞかし素晴らしい世界が訪れるだろう。地球温暖化の原因とされるCO2は減り、都市部の空気はきれいになり、エンジンの騒音ともおさらば。ついでにいえば、開発に失敗し日本に先行を許したハイブリッド車を締め出すこともできる。いやはや誠にオメデタイ。ただし、それはもしできるのなら…というハナシであって、理由は後述するが実際のところは不可能である。その証拠に、EVシフトに積極的な欧州メーカーも、上記欧州委員会の規制案に対して反対の立場を明らかにしている。

「EV普及の準備ができていない状況でのエンジン車とハイブリッド車の禁止は合理的ではない。特定の技術を禁止し未来を一本化する政策はイノベーションの阻害につながる」(欧州自動車工業会)

そりゃそうだ。クチではEV、EVといいながら、彼らの販売主力は依然としてエンジン車である。トップがことあるごとにエンジン車やFCEV(燃料電池車)をおとしめるような発言をしているVW(フォルクスワーゲン)ですら、EVの販売比率はひとケタ台にとどまっているのが現状。「さらに急進的なEVシフトを無理やり推し進めれば、日本メーカーを排除するどころか我々が先につぶれちゃいますよ」というのが彼らの本音だろう。地球環境を守るという誰もが反対しにくい理屈を使い、政治を巻き込みながら有利なゲームに持ち込もうとしたのはいいが、今度は政治側が予想以上に急進的になってしまったことに、あわてふためいている姿は滑稽でもある。

「ID.3」、「ID.4」と立て続けにピュアEVを発売したVWだが、その販売比率は現状ひとケタ台にとどまる

プジョー、シトロエン、フィアット、アルファロメオ、ジープ、クライスラーといった14のブランドを傘下に持つ世界第4位の自動車グループ・ステランティスのカルロス・タバレスCEOは、かねてからこうした流れに警鐘を鳴らしてきた。「急速なEVシフトは、クルマを裕福な人々にしか手の届かないものにしてしまうだろう。カーボンニュートラルは手頃な価格で買えるハイブリッド車など複数の選択肢を活用しながら進めていくべきだ」と。

ステランティスのカルロス・タバレスCEO(写真左)は、以前から急速なEVシフトに対して警鐘を鳴らす

これはまさにトヨタが主張してきたことと同じ内容であり、EVのイメージが強い日産自動車も、e-POWERと呼ぶハイブリッドを将来技術の重要な一角と位置づけている。要するに、程度の差こそあれ「急激なEVシフトは無理だよ」というのが主要各メーカーの一致した見解なのだ。

■ついに下げ止まったEVのバッテリー価格

EV普及の前に立ちはだかる最大の課題は、ユーザーが買ってくれないこと。航続距離や充電インフラ、充電時間といった使い勝手上の問題に加え、EVの価格はまだまだ高い。そこでドイツは1台当たり100万円を超える莫大な補助金をつけたが、それでもシェアは10%そこそこに留まっている。

日本でもEV購入者は最大80万円の補助金をもらえるが、日産「リーフ」の販売台数は伸びるどころかむしろ減っている。ましてやコロナ禍で疲弊した財政状況を考えれば、各国の大盤振る舞いもそう長くは続けられないだろう。欲しがっていないものを補助金というエサを使って買わせてもサステナブルにはならない。補助金がしぼられたら売れなくなると考えるのが自然だ。よくEVシフトの必要性を、ガラケーとスマホを引き合いに出して説く人がいるが、政府はスマホに補助金など一切つけていない。ガラケーよりもスマホの方が圧倒的に使い勝手が良かったから自然に普及しただけの話だ。

「いやいや、補助金はブースターであって、それをきっかけに数が出るようになれば大量生産の効果でEV価格は下がるんだ」と主張する人もいる。こともあろうに国の要職に就く河野太郎大臣も、自身のYouTubeチャンネルでそんなことをいっていた。本当にそうなのか? バッテリーの原材料が無尽蔵に存在し、かつ価格も安定していればその通りだろう。しかし現実は異なる。たかだか数%のシェアを獲得しただけでEV用バッテリーの供給量は逼迫(ひっぱく)し、メーカー間の激しいバッテリー争奪戦の結果、ずっと下がり続けてきたバッテリー価格はついに下げ止まった。今後の状況次第では上がっていく可能性もある。いや、上がる可能性が高いだろう。大量生産すれば安くなるというロジックは、原材料費が上がらないことが大前提であり、大量のレアメタルを使うバッテリーには当てはまらない。

しかも、バッテリーの原材料の多くは中国が握っている。先進国よりはるかに緩い中国の環境規制は河川や土壌の汚染と引き換えに低コストの原材料生産を可能にし、結果として他の国々の鉱山や精製施設を駆逐した。コバルトについてはコンゴ民主共和国の児童労働が問題化している。環境汚染や人権蹂躙といったSDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)が掲げる理想とは正反対の“汚れた現実”によって支えられているのがEV用バッテリーなのだ。そんな代物を、10年ちょっとで環境や人権を配慮したきちんとしたものに切り換えながら、さらに何倍何十倍も増産し、なおかつ価格を下げるのは果たして可能なのか? 答えはシンプルだ。無理だと分かっているから、ヨーロッパのメーカーですら欧州委員会の急進的な規制案に対し反対の立場を明確にしているのである。

■脱エンジン化などで重要なのは“どうやるか”という現実論

中には、「でも、メルセデス・ベンツは2030年までにすべてのモデルをEV化するんだよね?」という人もいるだろう。確かにそういう報道があった。2021年7月23日の毎日新聞は「メルセデス・ベンツ、全車EVに。2030年まで、5兆円以上投資」という見出しで、「2030年までに市場がEVのみに切り替わるよう、準備を整える」という同社社長のコメントを報じている。

僕もこの記事を見て一瞬驚いたが、いやいやそんなはずないよねと思いメルセデスのホームページに飛んで原文リリースをチェックしてみた。そこにあったのは「Mercedes-Benz is getting ready to go all electric by the end of the decade, where market conditions allow.」という一文。直訳すれば「我々は2030年までにすべての商品をEV化する準備を進めている。マーケットの状況が許すならば」。やっぱりね。超意訳すれば「こういうご時世なので2030年までに全車EV化する準備を進めるといってみるけど、マーケットの実情を考えればそんなことになるはずないよね、むふふ」となる。

メルセデス・ベンツの最新EV「EQS」を先頭に、同ブランドの発売中&開発中のEVが集結。EQSの脇に立つのはメルセデス・ベンツのCEO・オーラ・ケレニウスだ

2035年の脱エンジン声明に関する報道があったGM(ゼネラルモーターズ)も同じだ。直接取材をすると「あの声明はあくまで目標であり、コミットメントではありません。そうなるよう全力を尽くしますが、何を買うかを最終的に決めるのはユーザーであり、ユーザーが求める限りGMがエンジンを止めることはありません」という答えが返ってきた。それに引き換え、世界に向け2040年の脱エンジン化を約束してしまったホンダが心配でならない。いずれにせよ、大手メディアのEVシフトに関する報道には要注意である。

エンジンを止めるといえば株価が上がる、投資が集まる昨今、メーカーはそれをねらって大風呂敷を広げた発表をする。それをメディアがセンセーショナルに報じる。ウソも百回いえば真実になる、ではないけれど、これが昨今のEVにまつわるミスリードの構図だ。冒頭で紹介したEU委員会の規制案も、あくまで“案”であって決定事項ではない。決定までにはEU議会や各国議会での議論、承認を得る必要があり、それには最低2年はかかる。その間、どこまで現実が組み込まれるかちょっと予想がつかないが、このままの形で決定されることはないだろう。もしそうなったら、クルマを買えない人が増え、暴動が起きるに違いない。繰り返すが10年や15年で脱エンジンなど“無理”なのだ。国が力ずくでやればできないこともないが、それを断行した政党は選挙で現実を突きつけられるだろう。

脱エンジン、カーボンニュートラルなど、耳ざわりのいい言葉があちこちで聞かれるようになった。しかしそれは掛け声に過ぎず、重要なのは“どうやるか”という現実論だ。もしエンジンを止めろというのなら、航続距離や充電時間や充電インフラの問題を解決する方法も同時に教えていただきたい。また、世界の年間自動車販売台数=1億台分のクリーンで安価なバッテリーと、クリーンで安価な電力を用立てる具体的な計画もぜひとも提示していただきたい。そうでなければ、それは単なるお花畑的理想論である。

文/岡崎五朗 

岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

 

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