■高次元の走りを求めたコンペティションのみを設定
“羊の皮を被った狼”とは、見るからに速そうなスポーツカーではなく、ハイパワーエンジンを積んで超高性能に仕立てたセダンなどを表する言葉。BMWのM3は、まさにそんなハイパフォーマンスカーといっていいだろう。4ドアセダンの「3シリーズ」をベースに、超高性能エンジンを搭載して足回りなどを強化した走りのモデルである。
M3は今でこそ4ドアセダンのモデル名だが、意外なことにその起源は2ドア。誕生当初は4ドアセダンのM3は用意されていなかった。
初代M3がドイツ本国でデビューしたのは1985年のこと。“E30”型3シリーズの2ドアをベースに、195馬力を発生する2.3リッターの自然吸気エンジンを搭載していた。そのスタイリングはオーバーフェンダーとリアスポイラーが特徴で、レースやラリーで大活躍するなど、モータースポーツとの結びつきが強いモデルだった。日本では正規販売されなかったが、初代にはオープンモデルも存在した。
1993年にデビューした2代目の“E36”型では4ドアセダンもラインナップに追加。2000年登場の3代目“E46”型、そして2007年登場の“E90”型までは、4ドアセダンと2ドアクーペ、さらにオープンのカブリオレが用意された。
M3のラインナップに大きな変化が生じたのは、2014年登場の5代目“F80”型の時。M3は4ドアセダンのみとする一方、2ドアクーペとカブリオレには「M4」という新しいネーミングが与えられたのだ。これは、3シリーズのクーペ自体が独立し、新たに「4シリーズ」という別モデルになったことの影響だが、このタイミングはある意味、“M3新時代”のスタートといってもいいだろう。
そして2021年、最新の第6世代となる“G80”型M3が日本に上陸した。搭載されるエンジンは3リッターの直列6気筒ツインターボで510馬力を発生。先代の登場からわずか6年しか経っていないにもかかわらず、(日本未導入の)標準仕様でプラス49馬力、高性能バージョンの「コンペティション」でプラス60馬力ものパワーアップを果たしたことは、このクラスの競争がいかに激しいかを物語っている。
日本仕様のM3は480馬力を発生するスタンダード仕様がなく、ハイパワー化したエンジンで高次元の走りを求めた「M3 コンペティション」と、マニアに向けてさらにサーキット走行に特化した「M3 コンペティション トラックパッケージ」の2グレードを展開。
後者は、衝突被害軽減ブレーキを始めとする先進運転支援システムやプレミアムオーディオなどを省く一方、サーキットでもしっかりとドライバーのカラダを保持する軽量なフルバケットシートや、極限域でも優れた性能を発揮するカーボンセラミックブレーキシステムを標準装備し。より戦闘力を高めている。
■高性能モデルを好む層の心をくすぐるディテール
そんな新型M3をひと目見て「これはもう“羊の皮を被った狼”なんかじゃないな」と思った。高性能セダンという意味では十分“羊の皮を被った狼”なのだが、見るからに速そうなムードが満々で、羊を装うつもりなど一切なさそう。もはや“羊の皮を捨てた狼”だ。
試乗車の“アイル・オブ・マン・グリーン”というボディカラーも印象的だが、何よりも好戦的に見えるのはその顔つきだ。3シリーズの標準車と大きく異なるデザインは、M4と共通のもの。つまり、BMWのセダンとして初めて、特大サイズの“キドニーグリル”が組み合わされたのである。
世界中で話題を呼んでいるこのフロントマスクは好き嫌いが分かれているが、個性と注目度が抜群なのは間違いない。個人的には、初めて見た時は確かに驚いたけれど、すぐに馴染み、今ではこれはこれでアリだと思っている。
サイドに回ると、大きく張り出したフェンダーに惹きつけられる。ベースとなった3シリーズのフェンダーに対して、M3のそれはなんと、片側40mmも張り出している。この大胆なフェンダー形状は、文句なしに歴代M3でナンバーワン。クルマ好き、特に高性能モデルを好む層の心をくすぐるポイントを、新型M3はしっかり押さえている。
リアに回ると、トランクリッド後端に備わるスポイラーはさり気ない一方、視線を下に向けると、極太の4本出しマフラーの迫力に思わず圧倒される。また、オプションのサンルーフ装着車以外のルーフはカーボン製となり、軽量化と低重心化を図っている。
インテリアのデザインは、基本的に3シリーズのそれに準じる。しかし、ホールド性を高めた専用形状のフロントシートや、各部にあしらわれたカーボン製パーツなどでスポーツカーらしい特別な空間に仕立てている。
また操作系では、ハンドルやシフトレバーなどが専用の形状とデザインになっていて、ドライバーのテンションを高めてくれる。
■M3ならファミリーカーとしてのニーズにも対応
新型M3の走行性能は、素晴らしいのひと言に尽きる。単に速いだけでなく、レスポンスの鋭さや、高回転域でのパワーの盛り上がり、そして繊細かつ刺激的なサウンドなど、エンジンによる高揚感の演出はさすがである。アクセルペダルを踏み込むのが気持ちいい。
510馬力というパワーは、公道ではとてもフルに使い切れるものではないが、かといってこのエンジンに意味がないとは全く思わない。なぜなら、ゆっくり流していても楽しさを感じられるからだ。アクセル操作に対するエンジンの反応が心地良く、中回転域でのフィーリングや音も官能的。まさに、クルマと対話を楽しむ感覚を味わえるのだ。
そんなM3で気になるのは、クーペモデルであるM4との違いだろう。2台はボディ形状こそ異なるものの、メカニズムはほぼ共通だ。しかし、M4とは大きく異なる点がある。それは実用性である。
M4は2ドアなのに対してM3は4ドアだから、当然のごとく、リアシートの乗降性に優れている。加えて、頭上スペースのゆとりなどリアシートの居住性にも優れている。いい換えれば、M3はファミリーカーとしてのニーズにも対応できるということ。リアルスポーツカー以上の走行性能と刺激を持ち合わせながら、日常的に使えるクルマ、それがM3なのである。
そんなM3に、今、大きな変化が訪れようとしている。まずは本国で“2021年夏以降”と予告されている4WDモデルの追加だ。M3はデビュー以来、後輪駆動のみのラインナップだったが、ついに4WDが追加されるのだ。そのねらいはもちろん、ハイパワーをしっかりと路面へと伝え、さらなる速さを身に着けることにある。とはいえ、ベースとなるのは後輪駆動であり、必要に応じて前輪にも駆動力を送る一方、2WDモードも用意するなど、ダイナミックなドリフト走行も楽しめるシステムとしている。
そしてもうひとつは、こちらもM3史上初となるステーションワゴンの追加だ。M3のステーションワゴンは、3代目の時代に試作車が作られたものの、結局、市販には至らなかった過去がある。それがついにカタチとなるのだ。デビューは2022年後半とされている。4WD仕様とともに、日本への導入を期待したいところだ。
デビューから35年が経った今でも、M3は高性能スポーツモデルとしての確固たるポジショニングをキープしている。と同時に、M3はしっかりと、新しい1歩を踏み出そうとしているのだ。
<SPECIFICATIONS>
☆コンペティション
ボディサイズ:L4805×W1905×1435mm
車重:1740kg
駆動方式:RWD
エンジン:2992cc 直列6気筒 DOHC ターボ
トランスミッション:8速AT
最高出力:510馬力/6250回転
最大トルク:66.3kgf-m/2750~5500回転
価格:1324万円
文/工藤貴宏
工藤貴宏|自動車専門誌の編集部員として活動後、フリーランスの自動車ライターとして独立。使い勝手やバイヤーズガイドを軸とする新車の紹介・解説を得意とし、『&GP』を始め、幅広いWebメディアや雑誌に寄稿している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
【関連記事】
速くて刺激的だけどゆっくり走っても楽しい!BMW「M4」の真価は官能性能にあり
廉価版でもあなどれない!495万円〜のBMW「318i」は走りも装備もこれで十分
大胆マスクも案外カッコいい!BMW「4シリーズ」にはクーペの醍醐味が満載です
- 1
- 2