■現行カングーは“買う”クルマではなく“飼う”クルマ
僕はクルマ好きだが、擬人化するのはあまり好きじゃない。あくまで機械として、あるいは商品として眺めるようにしているし、今後もそうしていくつもりだ。もちろん、魅力的なクルマには感情移入することもある。愛車ならていねいに洗車をしてあげたり、手放す時には悲しい気持ちになったりもする。でもニックネームを付けたり話しかけたりすることはない。どこかで相手は機械だと思っているからだ。
そんな僕でも、「こんなクルマを買ったら話しかけちゃうかもしれないな」と感じさせてくれるのが、ルノーのカングーだ。そういう意味では“買う”ではなく“飼う”という感覚に近いクルマなのかもしれない。
本題に入る前に、まずは現行モデルのアウトラインを説明しよう。ボディサイズは全長4280mm、全幅1830mm、全高1810mm。両側に手動式のスライドドアを持つ2列シート5人乗りのハイトワゴンで、1.8mを超える全幅と全高によるスクエアなスタイルは、広々した室内空間と頼もしい積載力を生みだしている。
2列シート車のほとんどは快適に座れるのは4名までだが、カングーの後席座面は3名掛けを前提とした形状だから真ん中に座る人も快適だ。さすがに大柄な大人が3名並ぶと肩と肩が触れあってしまうが、女性や子どもを含めた5名なら快適なドライブができる。
そんなカングーを買う人は国産3列シートミニバンからの乗り換えが多いという。もちろん家族構成や使い方によっては3列シートならではの多人数乗車も大切な機能のひとつだが、3列目シートを畳んで荷室として使うことが多い人にとって、カングーのパッケージングはかなり合理的だ。
シートの座り心地が絶品なのもカングーの魅力だ。座面のクッションが分厚く、サイズもたっぷりしていて、剛性もある。座った瞬間の座り心地もいいが、長時間乗ると疲れにくさが身に染みて分かる。ちょっとした高級車に匹敵するシートだ。
カングーは、フランス本国では販売の約半分が乗用車仕様で、残りの半分が商用車仕様。表皮は違うが、どちらも基本的にはコストをたっぷり掛けた同じ構造のシートを付けている。「商用車なのに、なぜこんなにシートがいいんですか?」とメーカーの人に聞いてみた。日本の商用車のシートは、手抜きとまではいわないがコスト重視のものがほとんどだからだ。すると、なぜそんなことを聞くんだ? と怪訝な顔をしながら、「乗用車よりも乗車時間が長い商用車に疲れにくいシートを奢るのは当然だろ?」という答えが返ってきた。
さらに突っ込んで聞くと、カングーは日本の郵便局に当たるラ・ポスト(フランス郵政グループ)に採用されていて、労働組合が疲れやすいクルマは「ノン!」と主張するのだそうだ。従業員をどんなクルマに乗せるのかも労働条件や福利厚生の一環という考え方が労使双方に定着しているわけだ。日本の企業はクルマに乗って働く人をもっと大切にするべきだし、労働者ももっと声を挙げるべきだと思う。
話を元に戻そう。現行カングーのエンジンは、初期モデルは1.6リッターの自然吸気ガソリン(105馬力)だったが、その後、1.2リッターのガソリンターボ(115馬力)に置き換わり、2021年には限定車として1.6リッターのディーゼルターボ(116馬力/MTのみ)が加わった。残念ながらディーゼルターボを積む限定車は発売後すぐに完売となったが、距離を走る人にとってディーゼルならではの足の長さと経済性は大きな魅力になるだろう。
1.2リッターターボは最近のダウンサイジングターボらしく下から豊かなトルクを発生し、1.5トンのボディをそこそこ軽快に走らせる。フットワークにキビキビとした動きは期待しない方がいいが、濃厚な接地感と、穏やかながらも正確なステアリング特性、頼りがいのある高速直進安定性、速度を上げれば上げるほどフラット感が増す乗り心地などがドライバーと乗員を常にリラックスさせてくれる。
■カングーが愛されていることを実感できるカングージャンボリー
ということで、ここまで機能面を駆け足で解説してきたが、それだけではカングーの魅力の半分しか伝えていないことになる。冒頭で書いた“買う”のではなく“飼う”クルマ、つまり家族の一員である愛すべきペットのような存在だからこそ、カングーは機能的に優秀なミニバンが多数存在する日本でも大成功を収めた。カングーの何がそんな不思議な魅力を生み出したのか? 感覚的なものなのでなかなか文章化するのは難しいのだが、あえていうなら“不完全な部分”を持っているのが良かったのではないかと僕は考えている。
残念ながら、2020年と2021年はコロナ渦で中止になったのだが、毎年5月に山中湖でカングーのイベント「カングージャンボリー」が開催されている。11回目となる2019年は1714台のカングーと5019名のカングーファンが集まった。
会場で驚いたのは、1714台ものカングーが集まったのにもかかわらず2台として同じカングーがいなかったこと。新しいボディカラーが毎年追加されるため色とりどりであることに加え、キャンプ用に室内を大改造したカングーに始まり、ペットが寛げるスペースを作りつけたカングー、電気工事用の工具や部品などを整然と収めた働くクルマ仕様のカングー、好みのステッカーを1枚貼っただけのカングーに至るまで、すべてのカングーがオーナーの個性を反映している。同じ顔をした人間がふたりといないように、カングーもそれぞれのオーナー色に染められているのだ。
これは本当に素敵なことだと思う。どこにも手の加えようがない完成されたクルマだったら決してこんなことは起こらないだろう。むしろ不完全でスキだらけで、だからこそ手を加えたくなるような余地が残されているクルマだからこそ自分色に染められる。それが“両側スライドドアを備えた5人乗りハイトワゴン”という杓子定規な定義では決して読み解くことのできないカングーの魅力だ。
■スキがないように見える新型カングーも“愛されキャラ”なのか?
そんなカングーが13年ぶりに本国でフルモデルチェンジした。基本コンセプトは継承しているが、外観はモダンに、内装はより上質になり、最新の運転支援システムも装備。ボディサイズもひと回り大きくなった。日本導入時期は明らかにされていないが、おそらく2022年中には入ってくるだろう。
まだ写真でしか見ていないので印象は変わるかもしれないが、完成度が高まり質感も向上した反面、スキのないクルマになったように見える。これはライバルであるプジョー「リフター」にもいえることだが、もはや気軽にステッカーを貼ったり荷室に棚を作り付けたりするようなキャラクターのクルマではなくなったのかもしれない。そう考えると新型カングーが現行カングーのように愛される存在になれるかどうかが気になるところだ。
けれど、実は現行カングーが登場した時も同じようなことをいわれていた。初代のような可愛らしさがなくなってしまった、と。にもかかわらず多くの人々に愛される存在になったことを考えると、新型カングーにも写真を見ただけでは伝わってこない“愛されキャラ”が秘められていることを期待したい。
文/岡崎五朗
岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
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