EVのリーディングブランドとなったテスラのスゴさとイマイチなところ☆岡崎五朗の眼

■テスラの株式時価総額はトヨタの2.5倍

テスラ モデル3

今をときめくEVメーカー・テスラ。2019年は37万台、2020年は50万台、2021年は上半期だけで38万台と、右肩上がりの成長を続けているが、それ以上に急ピッチで伸びているのが株価だ。

80兆円(2021年9月現在)という株式時価総額は自動車メーカーの中ではダントツの1位。ちなみに2位は年間約1000万台を販売するトヨタ自動車の32兆5000億円である。僕が初めてテスラに乗ったのは2012年7月。その時の株価は6ドルだったが今や700ドル超え。「あの時買っておけばよかった」と嘆いてみても後悔先に立たずなのが株である。

もう少しだけ数字の話を続けるがご辛抱を。2020年のテスラの売上高は3兆5000億円、純利益は800億円。対するトヨタは売上高30兆円、純利益は2兆4000億円。つまり、マーケットは販売台数で20分の1、売上高で8分の1、純利益で30分の1のテスラに、トヨタの2.5倍の値段を付けているというわけだ。

もちろん、株価は現状のビジネスのみで決まるわけではなく、将来の成長期待も含まれる。人類に課されたカーボンニュートラルという大きな問題を前に、世界で最も多くのEVを販売している実績や優れた技術力への期待が集まっているということだろう。また「テスラの株価が高いのは、自動車メーカーではなく再生可能エネルギー企業だからだ」という意見もある。事実、テスラはEVのほかに定置用バッテリーや太陽光パネルも販売している。どちらも今後大きな伸びが期待できる分野だ。

テスラの家庭用蓄電池「パワーウォール」

しかし、EVはテスラだけが作れるわけじゃない。今後は世界中の自動車メーカーがテスラをターゲットに続々と新型EVを投入してくる。また、定置用バッテリーや太陽光パネルでテスラが他の企業を圧倒的にリードしているかといえばそんなこともない。成長分野に特化した企業であることを差し引いても、現在の株価はちょっと説明が付かない水準にある。世界的なカネ余りの中、環境やEV関連に資金が押し寄せ、「上がるから買う」、「買うから上がる」という状況が出来上がったと見るのが妥当だろう。

■EVならではの静かさや瞬発力は大きな魅力

テスラ モデル3

とはいえ、火のないところにバブルは起こらない。イーロン・マスクというカリスマ経営者の壮大なビジョンに多くの人々が共感したのも事実だし、生み出すプロダクトがきわめて魅力的だったのも間違いない。

テスラ以前のEVは、価格を下げるためにバッテリー容量を減らし、航続距離を稼ぐために出力を落とすという、ダイエット食品のようなクルマだった。ところがテスラは初のモデルである初代ロードスターを開発するに当たって、“18650”というパソコンにも使われている汎用バッテリーをフロアに敷き詰めるという斬新な方法でバッテリーコストの低減に成功。同時に、豊富な電力量を使って目の覚めるような加速性能も実現した。

テスラ ロードスター(初代)

これにより「EVは遅くてつまらない」というイメージを払拭。次に投入した「モデルS」でも、スポーティかつ流麗なデザインと長い航続距離、強烈な動力性能が多くの人を虜にした。

テスラ モデルS

さらにはSUVとミニバンのクロスオーバーである「モデルX」、そして価格を抑えた「モデル3」、「モデルY」などを次々と投入し、スバルを射程圏内に入れるほどの準量産メーカーへと成長してきたのである。

テスラ モデルY

テスラのEVの魅力はいろいろある。物理的なスイッチを極限まで減らし、大型タッチスクリーンでほぼすべての操作を行うスタイルや、オンラインアップデートによる性能向上といったアイデアは、既存メーカーのクルマを“過去の遺物”に見せてしまうほど斬新だった。

テスラ モデル3

また、テスラには、ある種Appleのような美へのこだわりも備わっている。白い内装に赤のロボットが整然と並ぶカリフォルニア州のフリーモント工場。その最終検査ラインの床には美しい竹材が使われているが、これは「美しい製品を検査するには美しい環境が必要だ」というイーロン・マスクの考えが反映された結果だという。EVのデザインについては賛否両論あると思うが、少なくとも僕は街を走っているモデルSやモデル3を見る度に「カッコいいな」と感じている。

走行性能に関しても、メルセデス・ベンツやBMWのような“味わい深さ”こそないものの、ハンドリングや直進安定性、乗り心地といった基本性能に不満はない。「BMWのスポーティなステアフィールは最高だよね」とか、「メルセデス・ベンツの安心感はやっぱり神だ」とか、そういうコダワリのクルマ選びをする人以外は、むしろ前述した斬新さや、EVならではの静かさや瞬発力に大きな魅力を感じるのではないだろうか。そうそう、テスラ専用の超高速充電器網を自前で整備しているのも、ユーザーの使い勝手を高める取り組みとして高く評価したい。

■メーカーとしての成熟度が足りていない

テスラ スーパーチャージャー

ということで、ここまではテスラをほめ続けてきたわけだが、販売台数が50万台を超えてきた今、上述した“ほめポイント”だけでは通用しなくなる段階にテスラは足を踏み入れ始めている、というのが僕の考えだ。

例えばアフターサービスの不備。日本には重整備を行えるサービス工場が数カ所しかない。Twitterで話題になっていた北海道に住んでいるモデル3ユーザーのエピソードを紹介しよう。納車後3カ月で故障し走行不能に。テスラに連絡すると横浜のサービスセンターで修理をすると。保証期間内なので引き取りと修理はもちろん無料なのだが、修理後は引き取りに来ていただくか20万円で届けます、といわれたという。普通の自動車メーカーではちょっと考えられないことだ。実はこの話には後日談があって、Twitterで話題になったからかどうかは分からないが、後日、北海道までの輸送も無料で行うという申し出があったという。そういった、よくいえば臨機応変、悪くいえばいい加減なところを含め、メーカーとしての成熟度が決定的に足りていないのが現状のテスラだ。

それに追い打ちを掛けるのが故障の多さだ。JDパワー社による2020年の初期品質調査ランキングで、テスラはダントツの最下位になった。リアシートがきちんと取り付けられていないとか、左右のドア内装が違っていたとか、現代のクルマでは考えられないようなひどい不具合も報告されている。身の丈を超えた急速な販売台数増加に生産現場が追いついていないのは明らかだ。また、不具合が生じたタッチスクリーンの保障期間を一方的に半分にするという暴挙に出たことも報じられている。

マイナーメーカーだった時期はそれでも許された。古いイタリア車やフランス車のファンがうれしそうに、愛車の故障自慢するのと同じ理屈だ。しかし、テスラはすでにその域を超え、普通の人が普通に買うメジャーメーカーになりつつある。であるなら、今のままでいいはずがない。サービス体制の充実や品質の向上に取り組まなければ、ユーザーからの信用を失い、必死に築き上げてきた人気は低迷するだろう。自動車ビジネスとは魅力的なクルマさえ作っていれば成功できるほど簡単なものじゃない。

■安全性や性能設定に対する考え方には疑問が

テスラ モデルX

安全に対する考え方にも疑問を感じる。テスラは“オートパイロット”とか“FSD(フルセルフドライビング=完全自動運転)”というネーミングを自動運転機能に付けているが、中身はレベル2、すなわち運転支援であり、ドライバーは常に周囲の安全を確認しつつ、危険が迫ったら自分で運転操作をする必要がある。にもかかわらず、ドライバーが関与しなくてもいいようにとれるネーミングを付けるのは誠実ではない。実際、アメリカではオートパイロット作動中の事故が複数発生していて、問題視したNHTSA(米国道路交通安全局)は本格的な調査を開始した。

さらに、個人的にはテスラの売りである強烈な発進加速にも諸手を挙げて賛成はできない。最も安くて性能の穏やかなグレードでも、モデル3の0-100km/h加速は5.6秒とホンダの「シビック タイプR」をしのぐ。ハイパフォーマンスグレードになれば3.3秒とスーパーカー級だ。高価な高性能車であればそれ自体がドライバーを選別する役割を果たすが、普通のドライバーが乗るクルマに“ド・ドドンパ”のような加速性能を与えるのが果たして正解なのか。

テスラ モデル3

もちろん、ドライバーがきちんと運転していれば問題はないが、人間はミスを犯す。0-100km/h加速10秒のトヨタ「プリウス」ですら、ペダルの踏み間違いによる事故が多発していることを考えると、あの加速力で踏み間違えたら大変なことになりかねない。大量生産を前提としたモデル3のようなクルマの性能設定はもう少し慎重になるべきではないだろうか。

また、本当に地球環境のことを考えているのなら、大量のバッテリーを搭載して強烈な加速性能を発揮するという、「電気だったら使い放題でもいいでしょ」というこれまでの方向性(それも当然あってもいいが)とは逆の、より小さなバッテリーでより長く走れるイノベーションにも期待したい。

テスラは間違いなく魅力的なメーカーだ。古い概念を覆す素晴らしいアイデアや技術は本当に素晴らしいと思う。そんな魅力を維持したまま、スタートアップ気質から抜け出して社会と顧客に対してより誠実な企業になれば、真の意味でのスターになれるだろう。

文/岡崎五朗 

岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

 

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