■パワーと燃費を両立する画期的なVCターボ
今回は、日産自動車が世界で初めて実用化に成功した量産型可変圧縮比エンジン、VCターボについて書いていく。このエンジンはクランクシャフトとコンロッド間にアクチュエーターで作動するリンクを設けることで圧縮比を14〜8まで無段階にコントロール。パワー重視の低圧縮比・高過給と、燃費重視の高圧縮比・低過給を状況に応じて切り換える画期的なシステムだ。
世界中のエンジン開発者が幾度となくチャレンジしては失敗を繰り返してきた可変圧縮比機構をモノにしたこと自体、大きなニュースだが、とはいえ技術とはそれ自体が目的ではなく、ある目標を達成するための手段に過ぎない。エンジン自体が存亡に危機にあるとささやかれる昨今、VCターボにはどんな意義があるのか? そこから解説していかなければ、この画期的エンジンを正しく評価することはできないだろう。ということで、少々長めの前置きからスタートさせていただく。
世界がカーボンニュートラルに向かっている今、クルマの電動化は間違いなく加速していく。しかし、ひと口に電動化といっても戦略は国やメーカーによってさまざまだ。公表しているタイムラインやEV比率などディテールは異なるものの、電動化戦略は大まかに以下のふたつに分けることができる。
(1)まずはエンジン車からハイブリッドカーやプラグインハイブリッド車への乗り換えを促進し、EVは無理のない範囲で徐々に増やしていくべき、と考えるソフトランディング派
(2)エンジン車はもちろん、ハイブリッドカーやプラグインハイブリッド車も走行中に二酸化炭素を出すのだから、速やかにEVシフトをするべきだ、と考えるハードランディング派
メーカーでいくと、(1)を代表するのがトヨタ自動車やステランティス、(2)を代表するのがテスラやボルボ(2030年のフルEV化を表明)だ。国別では、日本やアメリカが(1)、欧州は(2)となる。もちろん、(1)と(2)の間にはグラデーションがあって、例えばホンダはエンジン廃止を宣言したが、そのタイミングは2040年とボルボより時間的余裕を大きくとっていることから(1)寄りの(2)となる。また、経営トップがことあるがごとに(2)に近い発言をしているフォルクスワーゲンも、実のところ100%EV化の時期は発表していない。EV普及の足かせとなっている充電インフラの未整備、高い価格、長い充電時間、短い航続距離、バッテリー原材料の不足といった諸問題を考えれば、特に世界中のありとあらゆる人々を対象にビジネスをしている巨大メーカーが拙速な100%EV宣言するのは非現実的である。
■エンジンはまだまだ二酸化炭素削減に貢献し続ける
「そんな悠長なことをいってたら、二酸化炭素なんてゼロにできないじゃないか!」と主張する人もいる。しかし、完璧主義(原理主義ともいう)は逆に二酸化炭素削減のスピードを遅らせることになりかねない。分かりやすくするため極端な話をしよう。
仮に来年、2022年からEV以外の販売は認めないという法律ができたとしたら、多くの人は、今、所有しているエンジン車に長く乗り続けるだろう。当然ながら二酸化炭素削減は一向に進まない。しかし、エンジン車と同じ使い勝手を持つリーズナブルな価格のハイブリッド車も認めれば、ガソリン車からハイブリッドへの乗り換えが進んで二酸化炭素の削減も進む。
そこで重要になってくるのがエンジンだ。ボルボは当然として、ドイツ勢もエンジン開発のプライオリティを下げてきている。しかし、ハイブリッドやプラグインハイブリッドの効率を決定づけるのはエンジンの熱効率だ。もちろんハイブリッドシステムの性能も無関係ではないが、エンジンの効率が低ければいくら優秀なハイブリッドシステムを組み合わせようとも、燃費低減=二酸化炭素削減効果は限定的なものになってしまう。今から20年後になるのか30年後になるのか、あるいは40年後になるのかは分からないが、世界中を走っているクルマのほとんどがEVに取って代わられるまでの間、エンジンは二酸化炭素削減に貢献し続けるのである。
燃料の持つエネルギーのうち何%を動力に変換できるかを示す数値がエンジンの“熱効率”だ。30年前のエンジンの熱効率は30%前後だった。それが次第に引き上げられ、現在はトヨタ、ホンダ、マツダ、スバルが40%をわずかに超える領域で激しいつばぜり合いを演じている。たったの10%と思うかもしれないが、3割以上の改善が燃費に与える影響は極めて大きく、ここが海外メーカーに対する大きなアドバンテージにもなっている。
そんな中、これまで40%を超えられていなかった日産自動車が驚きの発表をしてきた。熱効率を50%まで引き上げる目処が立ったというのだ。ただしエンジン単体での50%はさすがに難しく、彼らが展開するハイブリッドシステム“e-POWER”との組み合わせが前提。駆動輪とエンジンが機械的につながっていないe-POWERのエンジンは発電専用なので効率のいいエンジン回転数や負荷をキープしやすい。日産が“STARC燃焼”と呼ぶ高圧縮比&超リーンバーンで46%という優れたベース性能を実現し、そこに排気熱回収やe-POWERによるエンジン負担低減効果を加えての50%という筋書きだ。現行型「ノートe-POWER」の燃費は29.5km/Lだが、熱効率50%のエンジンを組み合わせればトヨタの「ヤリス ハイブリッド」(36km/L)に負けない燃費になると日産は説明している。
■フィーリングはエコエンジンとスポーツエンジンのいいとこ取り
さて、とてつもなく長い前置きはここまでだ。結論からいうと、可変圧縮比機構を持つVCターボは、50%という夢の熱効率を実現するためのキーテクノロジーのひとつである。e-POWERのエンジンは発電専用だが、一定回転数でユルユル回っているわけではなく、フル加速時にはエンジン回転数を高めて発電量を増やすので効率のいい領域から外れてしまう。その点、VCターボを使えば一定速走行時は低過給かつ14という高圧縮比で低燃費運転し、加速時は高過給&8という低圧縮に切り替えエンジン回転数を抑えたまま十分な発電量を確保できる。バッテリー容量を増やしてもほぼ同じ効果が得られるが、高価かつ重いバッテリーを増やすよりもエンジン側で稼ぐ方が現状ではコストパフォーマンス的に有利だというのが日産の判断だ。
日産は2018年から北米市場で2リッター直列4気筒のVCターボを販売。ラージセダンの「アルティマ」(252馬力/38.7kgf-m)や、インフィニティ「QX55」(272馬力/39.7kgf-m)などに搭載している。さらに次期「エクストレイル」には、新開発の1.5リッター3気筒のVCターボとe-POWERの組み合わせが採用される可能性がある。STARC燃焼は全面的には採用していないと思われるが、燃費と走りの両立は十分期待できる。というのも、先日、この1.5リッターVCターボに通常のCVTを組み合わせた北米版のエクストレイル=「ローグ」のプロトタイプに試乗したのだが、想像をはるかに超える仕上がりだったからだ。
スペックは1.5リッターながら最高出力204馬力、最大トルク31.1kgf-mとかなりのもの。巡航時は圧縮比を14まで引き上げて燃費を稼ぎ、フル加速時には圧縮比を下げてノッキングを抑えつつ、ターボを十分に効かせた力強い加速を演じてくれる。燃費指向のエコエンジンと出力指向のスポーツエンジンが同居しているかのようなフィーリングだ。
加えて、可変圧縮比を実現したリンク機構にはエンジン振動の低減効果があり、3気筒でありながら4気筒どころか6気筒のような滑らかさを備えていることにも驚かされた。普及してこそのエコだと考えれば、燃費だけでなく「欲しいな」と思わせる気持ち良さが重要なのはいうまでもない。
今回はテストコース内での試乗だったため燃費は計測できなかったが、エンジニアによると現行エクストレイルの2リッター車よりいいという。CVTを組み合わせたパワー志向のタイプでそれだけの燃費を実現しているということは、燃費寄りのセッティングを施したe-POWER対応タイプならかなりの低燃費を期待できるはずだ。ノートe-POWERの仕上がりぶりから想像すれば、気持ちのいい加速フィールとエンジン車をしのぐ静粛性を期待していいだろう。もちろん、将来的にSTARC燃焼がフル導入されれば、さらなる燃費向上を見込める。
「アリア」や軽EVの投入を予定するなど日本メーカーの中では最も積極的にEVを推進している日産だが、一方でエンジン開発にも積極的に取り組んでいることがお分かりいただけたと思う。いまさらエンジン開発などムダだという声もあるが、5年後、10年後には、ハイブリッドやその燃費を支えるエンジンの研究を止めてしまったメーカーと、コツコツとエンジン開発を進めているメーカーとの間に、商品競争力で大きな差が出ているような気がしてならない。次期エクストレイルにVCターボとe-POWERの組み合わせが搭載されるかどうかについて日産から公式アナウンスはないが、期待を込めて「発売がとても楽しみだ」といっておきたい。
文/岡崎五朗
岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
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