最終進化形「NSXタイプS」の異次元の走りに見たホンダの意地☆岡崎五朗の眼

■スーパーカーはクルマ文化の成熟度を示すバロメーター

ホンダのNSXは日本車唯一のスーパーカーだ。「いやいや、スーパーカーはイタリア製に限るよ」とか、「最低でも8気筒以上じゃないとスーパーカーとは呼べないよ」という異論反論もあるだろう。が、少なくとも僕の中でのNSXは、フェラーリやランボルギーニ、マクラーレンと同じく“車界スポーツカー属スーパーカー科”に分類されるクルマである。地をはうようなフォルム、エンジン縦置きミッドシップ、ふたり乗りというキャラクターは、“速いハコ”である日産「GT-R」とは決定的に違う。

こういうクルマを出してくれたホンダには、ひとりの日本人としていくら感謝してもしきれない。イタリアにはフェラーリとランボルギーニが、イギリスにはマクラーレンが、ドイツにはアウディの「R8」が、アメリカにはシボレーの「コルベット」がある。実用性とは対極にあるこの種のクルマの存在価値は趣味性だ。趣味とは成熟した社会が生み出す文化といい換えることができる。つまり世界に通用するスーパーカーが存在しているかどうかは、その国のクルマ文化の成熟度を示すバロメーターでもあるのだ。中国や韓国にスーパーカーが存在しないのは決して偶然ではない。

しかし、残念なことに最終進化形であるタイプSを最後に、NSXはその生涯を終えることになった。全世界で350台、日本向け30台のタイプSはすでに嫁ぎ先が決まっていて、米オハイオ州の専用工場で間もなく生産が始まり、2022年12月にはそれも完全終了となる。

現行NSXが誕生したのは2016年。5年という寿命はあまりに短すぎる。マイナーチェンジをするなどしてなんとか延命できなかったのだろうか? もちろんそういう選択肢もホンダ社内では議論されたという。しかし、販売台数が目標である年間1500台の3分の1にとどまったことに加え、北米で近く実施される新たな環境規制(ガソリンタンクからの揮発成分を限りなくゼロに近づける)がとどめを刺した。新規制をクリアするにはガソリンタンクを新たに設計、製造する必要があり、それにはふたケタ億円の投資が必要になる。しかし、上述した販売不振もあり投資の回収見込みがつかないことから、継続は不可能という経営判断が下されたのだ。

このところホンダの4輪事業は不振が続いていて、同社の利益のほとんどは2輪事業が稼ぎ出している。加えて、三部敏宏社長が打ち出した2040年の“脱ガソリンエンジン”には莫大な開発費と人的リソースが必要になる。いくらホンダのDNAを表現するものだとはいえ、F1も、軽スポーツカーの「S660」も、そしてNSXも、今のホンダには続けていく余裕がなかったということである。

F1は、日本グランプリの中止で地元でのお披露目ができなかった。S660も、内外装を小変更した特別仕様車こそ出たものの、それが完売するとひっそり姿を消した。しかし、NSXは違った。たった350台のために「ここまでやるのか!」というほどの大幅改良を施してきたのだ。風洞で徹底的に空力を詰め、エンジンとモーターをパワーアップし、開発チームを市販車開発の聖地であるドイツ・ニュルブルクリンクに送り込んでサスペンションも鍛え上げた。これはもう間違いなく赤字覚悟の大サービスである。

この大赤字プロジェクトにゴーサインが出たことそのものが、ホンダのNSXに対する思い入れを如実に示している。たった5年で生産終了したことに僕は当初苦々しい思いを抱いていたが、タイプSに乗って「ここまでやったのだから納得しないわけにはいかないな」と思った。

■路面に吸いつくような安定感は2019年モデルを凌駕

試乗の場となったのは、北海道にあるホンダの鷹栖プルービンググラウンド。これまで日本メーカーだけでなく世界中の自動車メーカーのテストコースを走ってきたが、ニュルブルクリンクを模したという鷹栖のワインディングコースは、タフネスさに加え、美しさという点でも世界屈指のテストコースだ。

そこで対面したタイプSは、ひと目で従来とは異なるモデルであることが分かるデザインに身をまとっていた。中でも最大の識別ポイントは顔つき。ボディ同色の樹脂パーツで鼻先が延長され、その先端にホンダのエンブレムが付いている。より低くシャープになり、精悍な印象だ。

エアインテークも冷却性能と空気抵抗を考慮した形状になり、新形状のリップスポイラーや大型化されたリアディフューザーと相まって空力性能を向上させた。これら空力性能の煮詰めは2020年から稼働し始めた最新式の風洞実験室で行われた。ここでは200km/hを超える超高速域での実験に加え、クルマの角度を変えた状態での計測も可能で、これにより高速コーナーでの安定感も向上したという。実際、200km/hオーバーでのコーナリングも試したが、路面に吸いつくような安定感は明らかに2019年モデルを上回っていた。

3.5リッターV6ターボにモーターを組み合わせ、さらにはフロントにも独立した2個のモーターを持つパワートレーン“SH-AWD”は従来通りだが、エンジンはターボのブーストアップやインタークーラーの性能向上により22馬力プラスの529馬力に。フロントモーターはギヤ比を20%低めると当時に制御ソフトのパラメーターを変更して出力も高め、システム総合出力は従来の581馬力から610馬力になった。

増強されたパワーに対応すべく、タイヤはコンチネンタルの「スポーツコンタクト6」から、より剛性とグリップの高いピレリ「P-ZERO」に換装。トレッドもフロントで10mm、リアで20mm拡大した。

走行シーンに応じて「QUIET」、「SPORT」、「SPORT+」、「TRACK」の4種類からセッティングを選べる“インテグレーテッド・ダイナミクス・システム”は、可変ショックアブソーバーの減衰力、電動パワーステアリング、SH-AWDの駆動力配分に変更を加えている。

【次ページ】こだわり空力性能が実現した異次元の走行性能

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