■こだわり空力性能が実現した異次元の走行性能
まずは市街地走行を前提としたQUIETモードで走り出す。エンジンを始動させず、できる限りモーターのみで走るモードだが、それでも従来型は少し大きめにアクセルペダルを踏み込むとすぐにエンジンが始動していた。しかしタイプSは少々の上り坂でもモーターのみで走ってしまう。発進時の力強さも明らかに増している。フロントモーターのギヤ比低減と、バッテリーに蓄えた電力をより積極的に使うようリセッティングした影響だ。
ドイツのカントリーロードを模したコースに入ったところでSPORT+モードを選択。比較のために用意されていた2019年モデルと比べると、ショックアブソーバーの減衰力もタイヤの縦バネも上がっている(硬め方向)のだが、驚いたことに乗り心地は全く悪化していない。シワ状の凹凸が連続する路面でもサスペンションはなめらかに動き、何よりバネ上の上下動がスッと一瞬で収まるのが気持ちいい。硬くはなっているが、ドライで気持ちのいい、いかにもスポーツカーらしい乗り味に進化したということだ。
ペースを上げていくと、SH-AWDのセッティング変更がはっきりと分かる。開発を指揮した水上聡氏は「巻きつくようなコーナリングを狙いました」というが、まさにそれで、タイトコーナーでアクセルペダルを踏み込んでいっても、タイプSはラインがふくらむことはなく、外側の前輪を増速させることによる“トルクベクタリング効果”によって、まるでレールの上を走っているかのようなオンザライン感覚のコーナリングを楽しめる。平均的なスキルの持ち主なら自分のドライビングテクニックが上手くなったような感覚を味わえるだろうし、上級者であれば、物理法則をクルマが覆して異次元のコーナリングをするという、従来の経験則では説明のできない新鮮なドライビングプレジャーを満喫できるはずだ。もしこの独特の感覚に馴染めないなら、SPORTモードを選択すればいい。トルクベクタリング効果は薄まり、アクセルのオンオフによる姿勢制御を積極的に使えるようになる。
カントリーロードを抜け、よりハイスピード領域での運動性能を試せるハンドリングコースへと移動する。ここで推奨されたのがTRACKモードだ。このモードではエンジン、モーター、スロットル、9速のデュアルクラッチ式トランミッション、SH-AWD、電動パワーステアリング、横滑り防止装置といったすべての項目が最もスポーツ寄りにセットされる。いわばサーキットでコンマ1秒を削り取るのに最適化されたモードだ。
中高速コーナー主体のこのコースは起伏に富み、前方がブラインドになっているところや、クルマが上下に大きく揺すられるポイント、さらにはジャンピングスポットまである。そんなタフなコースをタイプSは信じられないほどのスピードとスタビリティを保ったまま駆け抜けてくれた。重量物を車体中心に積むミッドシップではあるものの、必要以上にシャープな動きは抑え込まれ、ターンイン時の振る舞いは正確そのもの。だからねらい通りのクリッピングポイントにきちんとつける。
そこからステアリングを戻しながらスロットルを踏み込んでいくわけだが、SPORT+モード時のような、踏んでも曲がり続けるという独特の感覚は薄まり、前輪と後輪のグリップ限界を探りながらアクセルペダルの踏み込み量とステアリングの戻しをバランスさせていくといったドライビングスタイルになる。当然、乗りこなすにはそれなりのテクニックが必要になってくるが、すべてがバッチリ決まった時の快感たるや最高である。もちろん、こうしたドライバー中心のドライビングスタイルではあっても、その背後には複雑な制御が入っているのだが、それらがあくまで黒子に徹しているのがTRACモードの醍醐味だ。
もう一点、「スゴいな!」と思ったのが濃密な接地感だ。スムーズな路面だけでなく、荒れた路面でも接地感が全く失われない。水上氏によると、サスペンションのセッティング変更に加え、空力性能のブラッシュアップがかなり効いているとのこと。いわく「40km/hでも空力性能の向上を体感できる」そうだ。正直にいえば、僕の鈍い体内センサーでは70〜80km/h以下では分からなかったが、水上氏を始めとするホンダのスゴ腕集団が、風洞実験だけでは飽き足らず実際にテストコースを走らせて煮詰めていったというこだわり空力性能が、タイプSに異次元の走行性能を与えているのは間違いない。
■NSXを“最後の日本製スーパーカー”にしてはいけない
これほどの走りの実力を見せつけられると、返す返すも生産終了を惜しまずにはいられない。実際、用意した350台の生産枠は受注開始直後に埋まってしまったという。中でも日本向けの争奪戦はすさまじく、申し込み時に2794万円の全額一括払い、1年間は売買不可といった厳しい条件にもかかわらず30台が瞬殺。3台の販売枠を持つあるディーラーには150件の申し込みがあったという。中には値上がりを見込んだ財テクとして申し込んだ人もいるだろうが、できることならガレージに眠らせておくのではなく、たまにはワインディングやサーキット走行を楽しんでくれたらいいなと思う。
決して成功作とはいえなかったNSXだが、最後の最後に登場したタイプSの素晴らしい性能は、日本唯一のスーパーカーとして歴史にその名を刻むことになるだろう。2040年の脱ガソリンエンジンに大きく舵を切ったホンダが再びこの領域に参入してくるかどうかはなんともいえない。が、できるだけ早く世界をあっといわせるような電動スーパーカーを出してきて欲しい。フェラーリもポルシェも、それを作り続ける“人”がいるから素晴らしい商品を作れるわけで、開発をストップしたらノウハウの継承が途絶えてしまう。NSXを“最後の日本製スーパーカー”にしてはいけない。
<SPECIFICATIONS>
☆タイプS
ボディサイズ:L4535×W1940×H1215mm
車重:1770kg(カーボンセラミックブレーキローター装着車)
駆動方式:4WD
エンジン:3492cc V型6気筒 DOHC ターボ+モーター
トランスミッション:9速AT(デュアルクラッチ式)
エンジン最高出力:529馬力/6500〜6850回転
エンジン最大トルク:61.2kgf-m/2300〜6000回転
モーター最高出力(前/後):37馬力(1基当たり)/48馬力
モーター最大トルク(前/後):7.4kgf-m(1基当たり)/15.1kgf-m
価格:2794万円(完売)
文/岡崎五朗
岡崎五朗|多くの雑誌やWebサイトで活躍中のモータージャーナリスト。YouTubeチャンネル「未来ネット」で元内閣官房参与の加藤康子氏、自動車経済評論家の池田直渡氏と鼎談した内容を書籍化した『EV推進の罠』(ワニブックス)が発売中。EV推進の問題だけでなく脱炭素、SDGs、ESG投資、雇用、政治などイマドキの話題を掘り下げた注目作だ。
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