■いつの時代も妥協のない姿勢で作られてきたランドクルーザー
もし僕が、“パリダカ”として知られるダカールラリーに出場することが決まり、マシンを自由に選べるとしたら、迷うことなくランドクルーザーにする。ほかに選択肢はない。即決だ。事実、ランドクルーザーは同ラリーの市販車部門で無敵を誇っている。岩場や砂丘といった過酷なコースを走り切る走破性、耐久性において、ランドクルーザーの性能は他を圧倒している。つまり、ランドクルーザーは世界で最もタフな市販車ということだ。世界最大の自動車メーカーであるトヨタは数多くの車種を抱えているが、自他ともに認める“圧倒的な世界一”なんてクルマはほかにない。いや、日本車全体を眺めても存在しないだろう。
これを書くとトヨタは嫌がるだろうが、中東の紛争地帯のニュース映像には必ずといっていいほどランドクルーザーが登場する。ボディに“UN(国際連合)”と大きく書かれたランドクルーザーもあれば、武装勢力の幹部が乗っているのもランドクルーザーだったりする。もちろん、武装勢力への販売はしていないが、闇ルートを使ってでも彼らはランドクルーザーを手に入れる。どんなクルマに乗るかが命に関わるからだ。
紛争地帯以外にも、世界にはクルマのトラブルが命に関わる場所はたくさんある。アフリカ、南米、オーストラリア…。そんな場所でもランドクルーザーは絶大な信頼を勝ち取っている。「どこへでも行き、生きて帰ってこられる」を最上位の開発コンセプトに置くランドクルーザーは、過酷な条件下において、生活を、仕事を、命を託すことのできる最高の道具として世界から認められ、また、他に選択肢のない孤高の存在として求められている。そういう意味で、トヨタの歴史の中から最も偉大な1台を選ぶとしたら、僕は迷わずランドクルーザーをピックアップする。「カローラ」でも「クラウン」でも「2000GT」でもなく、だ。
そんな存在だからこそ、トヨタはランドクルーザーを妥協のない姿勢で作り続けてきた。思い起こせば2008年のリーマンショックで赤字転落したトヨタは、その後、明らかに強烈なコストダウンを推し進め、その影響で商品も劣化していった。先代カローラに試乗した時は、その殺風景な内外装に驚き、真っ直ぐ走らない走行性能にも落胆させられた。さらにコストダウンの矛先は看板車種であるクラウンにすら及び、これはもう本格的にヤバいことになっているなと感じたものだ。そんな中、ランドクルーザーだけは“本物”であり続けた。ランドクルーザーは比較的モデルチェンジサイクルが長いため、リーマンショックの影響をあまり受けずに済んだというラッキーな面もあったが、マイナーチェンジでも容赦なくコストダウンをするのが当時の流れだったことを考えると、やはりトヨタの中でランドクルーザーだけは特別な存在だったんだろうなと思う。
その後、経営が持ち直したトヨタが、豊田章男社長の「もっといいクルマをつくろう」という掛け声の下、素晴らしいクルマを作るようになったのはご存じの通りだ。安普請だったカローラも、今やフォルクスワーゲン「ゴルフ」に追いつき追い越せというレベルになってきた。そんな状況の中で登場したのが新型ランドクルーザーだ。好調なトヨタが世界一タフなクルマをさらに磨き上げてきたとなれば、いやがおうにも期待は高まる。
■信頼性や耐久性を第一とするランドクルーザーの新機能
300系と呼ばれる新型ランドクルーザーは、従来の200系の後継モデル。ランドクルーザーのフラッグシップという位置づけとなる。3列シートも用意する大柄なボディに、VIPが乗ることを想定した充実した装備と上質なインテリア、そして威厳のある顔を与えている。燃費よりも走破性と信頼性を重視するクルマだが、やはり世の中の動きを無視するわけにはいかなかったのだろう。新型は従来の4.8リッターV8エンジンに代え、3.5リッターV6ターボエンジンを採用。性能と低燃費の両立を図ってきた。海外向けのみに用意されてきたディーゼルエンジンの国内投入も朗報だ。
「燃費を重視するならなぜ電動化をしなかったのか?」と思う人もいるだろう。トヨタはTHS(トヨタ・ハイブリッド・システム)という優れた機構を持っている。しかし「どこへでも行き、生きて帰ってこられる」というランドクルーザーの使命を考えると、THSはふさわしくないという結論に至ったという。まず、信頼性の担保に若干の懸念があったこと。また、これがおそらく最大の理由だが、THSはその機構上、後退時にはモーターのみの駆動となる。砂地やぬかるみでスタックしかけた時、これでは脱出もおぼつかなくなる。かといって、マイルドハイブリッドシステムは部品点数の増加やコストアップに対して燃費のうまみが少ない。そこでダウンサイジングターボという選択肢に至ったと考えるのが正解だろう。
現代化はダウンサイジングターボだけはない。ACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)に加え、ランドクルーザーとしては初めて車線維持アシスト機能が付いた。カメラで読み取った車線情報を元にステアリング操作をアシストしてくれるシステムは、電動パワーステアリングと組み合わせるのが常識だ。しかし、ランドクルーザーは信頼性の高い油圧式パワーステアリングを使っている。油圧パワーステアリングでどのように操舵支援をしているのか。実は油圧システムのほかに、わざわざ操舵支援用の電動パワーステアリングを取り付けているのだ。これなら万が一電動パワーステアリングが故障しても油圧式パワーステアリングは残るため、走り続けることができる。ランドクルーザーに新機能を付けるとはこういうことだ。信頼性や耐久性とトレードオフになるとしたら絶対に採用されない。
■新デバイスの搭載で岩場でも驚くほどの快適性をキープ
今回の試乗はオンロードとオフロードで行った。オンロードで乗ったのはガソリンエンジンを積む「ZX」。ドライブフィールはとにかく安楽で、安心で、豊か。重量は約2.5トン。重心も高く、サスペンションもオフロードでの走破性や耐久性を重視したタイプだが、直進安定性はきっちり出ているし、ステアリングも遅れなく素直に反応してくれるから、リラックスして運転していられる。
驚いたのはワインディングロードでの身のこなしだ。さすがに軽快感はないものの、小舵角から大舵角までリニアな効きを示すステアリングと自然なロール特性によって、コーナーの入口から出口まですべてがきれいにつながる。この種のクルマの場合、ステアリングを素早く切りすぎるとグラリとロールが起こったり、戻す速度が速すぎても揺り戻しが出やすかったりするが、その辺りの躾(しつケ)が抜群に上手くいっている。だからドライバーは安心して運転していられるし、余計な揺れが少なくなる分、同乗者もリラックスできる。この辺りは先代に対して大幅に改善された部分だ。
フレーム式のリジッドアクスル車にありがちなバネ下のブルつきをほぼ完璧に封じ込めていることにも感心した。もちろん、フレーム式のメリットであるロードノイズの抑え込みは100点満点。3.5リッターV6ターボも必要にして十分以上の仕事をきっちりしている。結果として、新型ランドクルーザーはラグジュアリーセダンから乗り換えても満足できるだけの快適性を手に入れている。
オフロード試乗は3.3リッターV6ディーゼルを積む「GRスポーツ」で行った。急勾配、モーグル、岩場、渡河などかなりハードな設定だったが、ランドクルーザーはどんな場所もあっけないほどラクに走り切ってくれた。
決してコースが簡単だったわけではないことは、比較車両として用意されていた「ランドクルーザープラド」で同じコースを走った時に実感した。特に急勾配の岩場を登っていくセクションでは、プラドは何度かスタックしかけ、苦労の末にようやく登り切る感じだったが、新型ランドクルーザーは“クロールコントロール”のスイッチをオンにした上で、フロントフードに隠れた前方路面を映し出すカメラを見ながらグリップしやすい場所にタイヤを乗せていくだけでOK。特別なテクニックは必要ない。
しかも、GRスポーツが搭載する“E-KDSS(エレクトロニック・キネティック・ダイナミック・サスペンション・システム=電子制御式スタビライザー)”は、こうした状況での接地性をさらに1ランク高めると同時に、ボディの揺れも少なくしてくれるため、ゴツゴツの岩場でも「え?」と思うほどの快適性を維持してくれる。短時間ならともかく、荒れた路面を1日中走り続けるような状況では、疲れ方に大きな違いが出てくるに違いない。GR(トヨタのモータースポーツブランド“Gazoo Racing<ガズーレーシング>”の頭文字)というとスポーツカーのイメージが強いが、ランドクルーザーの場合はよりオフロード性能に振った設定になっているのだ。
新型ランドクルーザーの価格は510万円〜800万円。売れ筋はガソリンエンジンを積む7人乗りの「ZX」(760万円)とのことだが、僕のお気に入りはフロントに“TOYOTA”のロゴを付けたGRスポーツ、それも経済性に優れたディーゼルエンジン搭載モデルだ。価格はシリーズで最も高い800万円となるが、世界一のタフネスさを備えた唯一無二の存在であることを考えると、それでも安いと思えてくる。事実、新型ランドクルーザーは大人気で、最低でも2年待ちという長いウェイティングリストができている。まさに、世界が待ちわびていたクルマなのである。
<SPECIFICATIONS>
☆ZX(ガソリン)
ボディサイズ:L4985×W1980×H1925mm
車重:2500kg
駆動方式:4WD
エンジン:3444cc V型6気筒 DOHC ターボ
トランスミッション:10速AT
最高出力:415馬力/5200回転
最大トルク:66.3kgf-m/2000〜3600回転
価格:730万円
<SPECIFICATIONS>
☆GRスポーツ(ディーゼル)
ボディサイズ:L4965×W1990×H1925mm
車重:2560kg
駆動方式:4WD
エンジン:3345cc V型6気筒 DOHC ディーゼル ターボ
トランスミッション:10速AT
最高出力:309馬力/4000回転
最大トルク:71.4kgf-m/1600〜2600回転
価格:800万円
文/岡崎五朗
岡崎五朗|多くの雑誌やWebサイトで活躍中のモータージャーナリスト。YouTubeチャンネル「未来ネット」で元内閣官房参与の加藤康子氏、自動車経済評論家の池田直渡氏と鼎談した内容を書籍化した『EV推進の罠』(ワニブックス)が発売中。EV推進の問題だけでなく脱炭素、SDGs、ESG投資、雇用、政治などイマドキの話題を掘り下げた注目作だ。
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