ラスボスがガチギレ!?新BEV戦略から見えてきたトヨタのすごみ☆岡崎五朗の眼

■2030年に350万台のBEV販売を目指すトヨタ

去る2021年12月14日、トヨタが「BEV戦略に関する説明会」を開いた。そこで発表された内容は次の通り。

(1)2030年までに30車種のBEVを市場投入
(2)2030年にグローバルで350万台のBEV販売を目指す
(3)レクサスは2035年に100%のBEV化を目指す

この発表を受け「ついにラスボスが登場したな」とつぶやいた人がいた。また「トヨタのガチギレ」と表現した人もいた。

実はトヨタは、2021年5月の2021年3月期決算説明会の際に「2030年には200万台のBEVとFCEVを販売する見通し」だと発表していた。トヨタの年間販売台数は約1000万台。今後9年でそのうちの20%をBEVとFCEVにするというのは、かなり思い切った発表である。

というのも、この連載で常々書いてきたように、特にBEVは優れた部分もあるものの、車両価格の高さ、製造時のバッテリー調達の難しさ、充電インフラの脆弱性といった弱点があるからだ。仮に車両価格を低く抑える目処がつき、大量のバッテリー調達が可能になったとしても、ユーザーが欲しがらなければ販売台数は伸びない。いい換えれば、ユーザーが欲しがるような商品を開発し、生産し、それを快適に使えるインフラを整備して初めて、EVの大量販売が可能になるということである。

そういう意味で、2030年にBEV+FCEVで200万台という数字はかなりチャレンジングだというのが僕の印象だったのだが、世間はそうは見なかった。多くのメディアは「世界はすでにBEVへ舵を切ったのに、トヨタはたったの200万台でお茶を濁そうとしている」とか、「ハイブリッドと水素に依存したトヨタはBEVに消極的だ」という的外れな批判記事を書いた。

これも繰り返し書いてきたことだが、トヨタは決してBEVに消極的ではない。BEVもカーボンニュートラルに向けた有力な選択肢だといい続けている。ただしBEVの開発に全リソースを集中するのではなく、ハイブリッドもプラグインハイブリッドも水素エンジンもFCEVもBEVもすべてやる、といっているだけである。

そりゃそうだ。世界には自宅で充電できない人や、BEVは高くて買えない人、そもそも充電インフラが全く整備されていない地域に住んでいる人たちがたくさんいる。そういった人々に「クルマによる移動の自由」を提供するためにも、トヨタはBEV以外の選択肢を残そうとしているのだ。

ただし、先進国に住む裕福な人々が買うプレミアムブランドはこの限りではない。充電器つきの一軒家を所有し、購入予算も潤沢なら、BEVでも問題ないだろう(タワマン住まいの富裕層はその限りではないが)。ましてや複数所有なら、1台をBEVにしても運用に困ることもない。テスラに加え、ボルボやメルセデス・ベンツがオールBEV化の方向を打ち出しているのはそういうこと。レクサスの100%BEV化もその文脈で解説できる。

しかし、世界中のありとあらゆるところに住む、ありとあらゆる人を対象にビジネスを行っているトヨタのようなブランドが、オールBEV化したら日々の生活に支障をきたす人がたくさん出てくるのは避けられない。もちろん今後の技術革新次第では、BEVがそういった人々の日常の足となっていく可能性もある。しかし、それがまだ見えていない現段階でBEVだけに絞るのはあまりにリスキーだし、それを求めるメディアはあまりに想像力が足りないといわざるを得ない。

また、大型トラックはともかく、乗用車でFCEVや水素エンジンが成功するかどうかは、正直なところ微妙だというのが僕の考えだ。しかし、水素を原料としたe-fuel(液体燃料)やバイオ燃料の製造コスト削減が進めば、内燃機関を利用したカーボンニュートラルも見えてくる。例えばe-fuelの価格がガソリンの3倍程度まで落ちてくれば、ガソリンと1:1で混合したものを50km/L走るハイブリッド車に使うことで、それほど無理のないコスト負担で100km/L走るクルマと同じCO2(二酸化炭素)排出量を実現できる。100km/Lであれば、ほぼほぼカーボンニュートラルとみなしてもいいのではないだろうか。「敵は炭素であってエンジンではない」(豊田社長)のである。

■トヨタは全世界のリチウム埋蔵量の10%を確保済み!

しかしトヨタは、BEV+FCEVで200万台という数字を発表したわずか7カ月後に、BEVだけで350万台と、さらに数字を上乗せしてきた。その狙いは何か? 「世間の雑音をシャットアウトし、自らが信じる道を歩む環境を整えたい」と考えたから、というのが僕の推測だ。

中には「ついにトヨタもEVに舵を切った」と書くメディアもあったが、それは明らかな誤りで、あらゆる手段を使ってカーボンニュートラルを目指すというトヨタのマルチソリューション戦略にはいささかの変化もない。雑音をシャットアウトするために、発表数字を200万台から350万台に変更しただけの話である。

と書くと、「批判を封じ込めるためにトヨタは大風呂敷を広げたのだ」と思う人も出てくるだろう。確かに、5月の200万台発表からたったの7カ月で350万台に増やす(しかもBEVだけで)ことなど、普通に考えれば不可能だ。しかし、トヨタはできもしない数字を吹聴する企業ではない。ではどうやって350万台という数字を弾き出したのか?

関係者に取材すると、BEV+FCEVで200万台という数字は、全世界の販売店にリサーチをかけ「これくらいなら売れる」と判断した“販売見込み台数”であり、今回の350万台は、マーケットが望めばそれだけの台数を生産できるという“生産キャパシティ”のことらしい。つまり、5月の段階においてBEV単体で350万台という数字はトヨタ社内に存在していたと考えるのが妥当だろう。「200万台=販売見込み台数ではどうやらご不満なようなので、だったら350万台=生産キャパシティをお示ししますよ」というのが今回の発表というわけだ。

事実、トヨタは関連会社の豊田通商を通じて2006年からリチウム鉱山の権益確保に乗り出していて、全世界埋蔵量の10%(!)をすでに確保済みだという。15年も前に現在のようなBEV祭りと、それに伴うバッテリー原材料不足を誰が予想していただろう。しかしトヨタは15年も前から着実に手を打っていた。空恐ろしいほどの準備万端ぶりである。

と同時に、大量のハイブリッド車生産によってモーターやパワー半導体への知見も深めてきた。そして、合計30車種にも及ぶ圧巻の商品展開計画を見せつけられた今、「トヨタはBEVに消極的」、「トヨタは完全に出遅れた」といった批判は完全に説得力を失ったといえるだろう。さらに、ここが最も重要なポイントだが、トヨタはBEVマーケットが伸びても対応できるし、BEVが予想より伸びなくても超優秀なハイブリッドを用意している。市場がどちらに転んでもトヨタは対応できるのである。

2030年にグローバルで350万台のBEV販売を目指す…急進的なEVシフトによってハイブリッド潰しを狙っている欧州にしてみれば、これは予想外の反撃だったのではないだろうか。まさに虎の尾を踏んだ格好である。「メディアが余計な批判をするものだからトヨタが本気になっちゃったじゃないか。全く余計なことをしてくれたもんだ…」という彼らの恨み節が聞こえてきそうだ。まさにガチギレしたラスボスの登場である。

文/岡崎五朗 写真/三橋仁明(N-RAK PHOTO AGENCY)

岡崎五朗|多くの雑誌やWebサイトで活躍中のモータージャーナリスト。YouTubeチャンネル「未来ネット」で元内閣官房参与の加藤康子氏、自動車経済評論家の池田直渡氏と鼎談した内容を書籍化した『EV推進の罠』(ワニブックス)が発売中。EV推進の問題だけでなく脱炭素、SDGs、ESG投資、雇用、政治などイマドキの話題を掘り下げた注目作だ。

 

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